狂い咲き乙女ロード ラストダンス
もしこの手を握り返したなら戻れるのだろうか?
彼女の笑顔は戻ってくるのだろうか?
立花さんが僕にした質問は唯一つだった。
「貴方は誰を愛するのですか?」
即座に答えることが出来ない自分が確かにいた。
千秋に恋をしたのは事実。
彼女に好意を抱いたのも事実。
だが――――僕はそれでも選べない。
だって僕らはまだ友達にさえなっていないからだ。
互いを利用し合って傷ついたりしたけれど、
きっと今なら間に合うはずだ。
全てを取り戻してみせる。
そして僕は手を握り返した。
「君と手を組むよ。だが勘違いしないで欲しい。君の野望とやらには興味が無い。僕はあくまで自分のためにやらせてもらう」
僕の言葉にも立花さんは満足そうな笑顔を浮かべた。
「それこそお互い様ということです。わたしも貴方も」
そして固い握手を交わし、ここに一つの同盟が誕生した。
新生ミニコミ部。
その第一歩を僕らは踏み出した。
それから僕の日常は慌しく動き出した。立花さんの手腕は恐るべきもので、あっという間に部室に巣くっていた薔薇派残党を叩き出し、新生ミニコミ部の活動拠点を築いた。僕らは少しずつ来るべき時に向けて準備を整えていった。いつ森さんが帰ってきても大丈夫なように。しかし僕らは水面下で忍び寄る影には気付いていなかった。ただ、ようやく廻り始めた歯車に満足していた。
仇敵とばかりに思ってきた立花さんとも割とすぐに打ち解けることが出来た。
立花由利恵。彼女は確かにエゴイストである。どうしようもないわがままお嬢様であることを本人も自称していたが、正直根性が曲がっているとしか思えない。今回の抗争の経緯について大体彼女から話は聞かせて貰った当初はただ驚くばかりだったが、冷静に考えてみれば何のことはない、この抗争自体が彼女がわがままを通さんとした故のものなのだ。百合ごっこに飽きてしまったからといって、その首謀者があっさりと手のひらを返してしまったなら、反発が起きるのは当たり前である。そのことを部室で二人になった時に尋ねてみると、
「まぁそれはそうなのですけどね…」
「それはそうだけどってさ、ちょっと自分勝手過ぎない?」
「わたくしは悲しいほどにわたくしの為にしか生きられないのですよ」
「なんのこっちゃい…とにかくだ、要はこのゴタゴタは君と坂本さんたちの喧嘩ってことなんだよね?」
「そういうことになりますね」
「そんで僕と千秋はそれに巻き込まれてるってわけ?」
「そうだと思いますよ。多分」
「ひでぇ」
などといった会話があった。彼女は悪い人ではないが困った人である。付き合い始めてからそれが身に染みた。抗争の原因を作った張本人とつるむ破目になった身の因果を、僕は嘆かずにはいられなかったが、この時期は比較的呑気なものであった。放課後になれば部室に集まって色々と打ち合わせたり、学校を退けてからも寄り道をしたりと、一般男子高校生的青春を謳歌している自分にびっくりしたものだった。美少女と美少女(少年)の三人で過ごす時間はとても楽しいものだったが、同時に何で僕らはこうも平気な顔をしていられるのか、という疑問が常にあった。
改めるまでもないが、僕らは壊れていた。
二人の人間を壊した僕。
二人の人間に弄ばれた千秋。
多くの人間を弄んだ立花さん。
そんな三人が仲良しゴッコに励んでいるわけで――
これを壊れていると言わずに何て言うんだ? だが、螺子の外れている僕らはそれなりに日々を過ごしていたのである。
それからさらに一週間が経って、部の準備のほうも一通り終わり、残すは森さんの復帰を待つのみとなった。いつものように放課後になって部室に行くと立花さんは既にいた。軽くお互い挨拶を交わしてから、出しっぱなしのパイプ椅子に腰を下ろした。
「佐藤君は今日も来れなそうですか?」
立花さんが尋ねてきた。「今日も」というのが大事である。
「生活指導に呼び出されてるみたいだよ。どーせまた派手にやらかしてくるだろうから、今日は出て来れないんじゃないかな」
「そうですか…ふむ」
「何か話でもあったの?」
「いえ、別にそういうわけではないんですが、そろそろ皆で裕子を説得に行こうかなぁとか考えていたのですよ」
「なるほどね…」
「時期尚早だと思いますか?」
そう言われると困ってしまう。
わかっていないわけじゃない。避けられないことだってのは重々承知している。だが、心のどこかで先送りしたいというのは情けない話だが確かにあったから、どうしても言葉が紡げず黙り込んでしまった。立花さんも腕組みをしながら目を伏せる。しばしの沈黙。自分という人間の器量の無さが虚しくなる。だが「すぐにでも行こう」などとは言えそうになかった。森さんに会えたとしても、多分どんな顔をすればいいかわからないのだ。しかしいつかは必ず償いをしなければならない。僕はまだ自分の言葉を探している段階だった。
「よしっ」
沈黙を破ったのは立花さんだった。伏せられていた瞳は開かれ、そこからは何かしらの決心が見て取れた。「まさか」と、僕が声をかけるより早く立ち上がって鞄を掴むと、
「今からちょっと行ってきます。それじゃ御機嫌よう!」
そう言って部室を駆け出していった。一人取り残された僕は、パイプ椅子の背もたれに思い切り身体を預け天井を仰ぎ、
「あー、すげぇカッコ悪いわ、僕って」
そんな風に自虐的に呟いてみるのが今の僕の精一杯であった。ださいなぁ。でも仕方ないよねと嘯くしかない。もう帰ろうかな。テーブルの上にあった適当な紙に「立花、本山田の両名帰宅します」と書いてから、僕も部室を後にした。
家の近所に着く頃には日が暮れかけていた。冬が近づいてきているのを感じる。そろそろ冬物を出さなきゃなー、などと考えていると、突如ポケットの携帯が鳴った。誰じゃと訝ってディスプレイを見てみると、「森裕子」とある。一瞬にして頭がパニックになってしまった。どうしよう。というか何事? いきなり電話って何さ? たくさんの疑問符が頭を支配しつつあった。出るべきかシカトするべきか――ええい、日本男児の意地を見せろよ武。世界に誇れよジャパニメーション。意を決して通話ボタンを押してみた。
「もしもし、本山田です」
『 』
繋がることには繋がっているが、何だか凄まじい物音がするばかりで声は聞こえてこない。
「もしもし、森さんなの? もしもし!」
『も、本山田……く』
「森さん! 森さんどうしたの、ねぇ!」
そこでぶつりと電話が切れてしまった。何かがあったのは間違いない。どうしよう。助けを求めている感じだったな。こりゃ一大事かも知れない。家に帰って身支度を整えたら立花さんに連絡しなきゃ――そう今後の段取りを決めると、家に急ぐことにした。
ドアの前まで着いて、嫌な予感がしていた。胸騒ぎが止まらない。もしかして百合派のトチ狂った連中が何か仕掛けてきたのではないか? そう考え出すとキリがなかった。案の定ノブを回してみると鍵は開いていた。
「…………嫌やのう」
作品名:狂い咲き乙女ロード ラストダンス 作家名:黒子