狂い咲き乙女ロード ラストダンス
綺麗な真っ白い指先に戸惑いながらも鍵を渡した。鍵を受け取ると彼女は満足そうに微笑んで、同じようにポケットに仕舞い込んだ。
「君は、誰? 何者なんだ?」
先ほどから胸中に去来していた疑問をぶつけてみた。ここの鍵を持っているということからすれば、部の関係者ということは間違いあるまいが。すると彼女はクスクスと可笑しそうに声を漏らした。
「何がおかしい」
「ふふ、質問は一つになさい。一度にあれこれ尋ねられても、わたくし聖徳太子ではございません」
そう言ってオーバーに手を広げて見せた。くそ、いちいち癪に障る娘だ。
「話を逸らすな! 少しは目星がついてるんだ。君もミニコミ部の一味なんだろ?」
「一味とは失礼な物言いですわね。それから、わたくしの名前は『きみ』ではございませんことよ?」
「だからそれを訊いて」
「ま、わたくしは貴方の事をよく存じ上げていましてよ? 本山田武さん?」
余裕たっぷりの笑顔、いや、ただの笑顔じゃない。この娘の笑い方は冷たい。まるで氷のような――そんな微笑。対峙しているだけで体温が奪われていくような気がする。
「初めまして、でよろしいのでしょうね。本山田さん? わたくし、ミニコミ部にて部長職を務めさせていただいております、不肖、立花由利恵と申します。以後お見知りおきを」
一口で言い切るとスカートの端を摘んで恭しそうに礼をした。
彼女が、
彼女こそが、『百合』か。
これが百合の女王、立花由利恵との邂逅だった。
//////////////////////////////////////////////////////////////////////
「これでお互い自己紹介は済んだ――ということでよろしいかしら?」
彼女はそう言うと再び冷たい微笑みを浮かべた。そして後ろ手を組むと背を向けた。その冷たさ以外にも、僕はある種の気味悪さを感じていた。
上手くは言えない。だが何となく似ているのだ。
僕と、彼女が。
それは一つの確信だった。
「しかし本山田さん、よいのですか? こんなところで油を売っていて。可愛いボーイフレンドがお待ちじゃないのかしら?」
「君なのか? 千秋に妙なことを吹き込んだのは」
「妙なこととは失礼ですね。貴方に言えた義理ではないでしょう。だって――」
そこで言葉を切ると顔だけで振り返りながら、
「貴方が佐藤君を壊してしまったのですから」
僕の罪を叩き付けた。言葉も出なかった。全て事実。全ては僕が、僕の意思で犯した罪だ。
「わたくし、少しばかり佐藤君と交流がありましたの。急に不登校になったと風の噂を耳にしまして、お見舞いに伺っ」
「そこで何をした、何を言ったんだ」
「別に。大したことは何もしていませんわ。少しばかり彼の魂を解放しただけ」
「魂を…解放…だと?」
「そう。彼が秘めていた女性化願望を解放してさし上げたのですわ。彼には確かにその種の願望があった。裏返しとして否定しながらも――ですけれど、そんな相反する気持ちを抱えることで彼なりにバランスがとれていた。そのバランスが貴方によって崩されたことで、彼の心の扉が閉ざされかけていました。だから、解放してあげた。自らの願望を抑えつける必要などはない――とね」
「だからってあんな振り切れた風になることが解放だってのか? あれで」
「は――幸せじゃないとでも貴方が言い切れますか? 幸福の基準なんて人によって違う。他人に自分の定規を当てはめて物を言うなどとは笑止千万! あはは、笑ってあげます。トラウマを抱えて引きこもるよりかは幾分マシだとは思えませんこと? 例え他人からは奇異に写ったとしても、それが彼にとってたった一つ冴えた生き方であるのならば、誰もそれを止めることは出来ない――わたくしはそんな風に思います」
「だとしてもだ! それは僕だってわかってない訳じゃない。でも」
続く言葉は、口元に伸びてきた二本の指によって遮られた。
「わたくしと手を組みませんか、本山田さん?」
「……どういう意味だ?」
「似たもの同士仲良くやりませんか、そういう意味ですわ」
似たもの同士――その一言が響いた。
僕と彼女。
「同じエゴイスト同士仲良くやろうじゃありませんか。破壊者と修復者――、案外お似合いかも知れませんよ?」
そう言って僕ににじり寄って来た。その瞳の色は、漆黒。どこまでも冷たい。それでいて溢れ出るような妖気を放つ魔性の瞳。気を抜けば飲まれる、そう直感した。語気も口調も先ほどまでとは違う。これが『本当の』立花由利恵か。百合の女王という仮面を脱ぎ捨てた彼女は、一匹の魔性であり修羅だった。
「わたしが佐藤君を『直した』のは、別に同情でも何でもありません。単にわたし一個人の都合に過ぎません。あなたが一個人の都合で二人の人間を壊したのと同じようにね」
「お互い自らのエゴに忠実である点に於いて似ている――、ということか」
「そう。わたしにも色々と事情がありまして。その為には例えこのような些事とはいえ、綻びを見逃すわけにはいかないのです」
「立花さん。君は一体何を企んでいるんだ?」
「そうですね…いいでしょう。貴方になら話しても不都合はなさそうですし。ただ――」
「ただ?」
「貴方に質問しておきたいことがあるのですよ。それに答えて頂けますか?」
「わかった。この際だ、何だって答えるよ」
「ならば始めましょうか。――――
――――全てを終わらせるために」
そして、全ての謎が明かされる時が来た。
彼女の口から語られた計画に僕はただ驚嘆していた。
ミニコミ部の破壊と再生。それこそが立花由利恵の目的だったのだ。歪みながら肥大し過ぎた百合派、部内改革への障害となる薔薇派の両勢力を壊滅、これらを成す為に協力せよというのが彼女からの申し入れである。
しかし僕にはどうにも理解出来ないことだった。薔薇派が彼女にとって邪魔になるのはわかる。しかし百合派までも叩き潰すというのは何故だ? 彼女のシンパも多数存在しているはず。そのことを尋ねてみると、
「飽きてしまった――というのが一つ。二つ目はあそこには本当の百合の精神の持ち主は存在しないというのがわかってしまいましたから。所詮は虚飾の百合。イミテーション・ラブには何の価値もありません。ごっこ遊びに興じている暇がなくなってしまいましたしね。」
などといった答えが返ってきた。なんとも勝手な言い分ではあるが、わからないこともない。百合派の少女たちは、あくまで百合という形式に憧れていたのだろう。恋に恋することと同じように。
「我々が成すべきことは二つです。一つは百合派内部の急進勢力の掃討。もう一つは新体制を確立すること」
「それってまさか…」
「そう。我らの手で新生ミニコミ部を作るのです。具体的に言うならば、立花由利恵、本山田武、佐藤千秋、そして森裕子の四名でね」
「!!!」
「だからこそ、貴方の力を借していただきたいのですよ。本山田さん?」
そう言って手を差し伸べてきた。
ああ、なんだか見たことのある光景だ。
あの時はこんな風になるなんて想像もつかなかった。
手を差し伸べてくれた少女を僕は壊してしまったけれど、
作品名:狂い咲き乙女ロード ラストダンス 作家名:黒子