ペンギンズ・ハッピートーク~空想科学省心霊課創設の経緯~
「新堂さん。私は、白藤夢姫です。こんな形で、また貴方に会えるなんて思ってもいなかったけれど……、どうかそんなに怒らないで。あの指輪、……とても嬉しかった」
ペンギンから発された声は、どう聞いてもエンデのものではなかった。エンデの声よりもか細く、涙に震えているような女性の声だった。『あの指輪』、という言葉が出た瞬間、新堂は嗚咽を漏らし、机に泣き伏してしまった。それは、彼が、ペンギンの言葉を白藤夢姫のものだと認めたことを意味していた。
「ううっ……うう、夢姫……」
「私のために泣いてくれて、ありがとう。新堂さん」
ペンギンは慈しみに溢れた声を、彼の背中にかけた。新堂は机に突っ伏したまま何度も肯いている。しかし、それで納得しなかったのが、初老の夫婦だった。彼らは新堂の隣に立ったまま、ペンギンとエンデを指差して罵倒した。
「まだ若い新堂さんはだませても、私たちはだまされませんよ……! この嘘つき女!」
「そうとも。悲しみに暮れる人間をだまして、どうしようと言うのだ!」
激昂する二人だったが、次の瞬間のペンギンの言葉に、色を失ってしまった。
「おばさん。私を殺したのは、あなたです」
潮が引くように、初老の夫婦の顔が青ざめていくのが分かった。泣き伏していた新堂もそこで顔を上げ、不信と疑惑の目で、彼らを見上げた。
「な、何を言うの……言うに事欠いて、……私が……」
反論しようとするおばの唇は、わなわなと震えている。おじの方は、最早言葉も出せないほどに憔悴している様子だ。ペンギンはしかし冷静に、言葉を続けた。
「新堂さんはよくあのトンネルを使っていたから、私たちはいつも、あの近くで別れることにしていました。あの日、あの晩も、私はK市へ車で帰る新堂さんを見送るために、あのトンネルの近くまで行っていたんです。新堂さんがあのトンネルへ入ってしまって、私も、近くの駅へ向かおうとした矢先……。おばさん。あなたが現れて、私の首を絞めていったんです」
「なっ……なっ……何を言って」
「私を殺したのは、おばさんです」
ペンギンはそう、しっかりと言い、それから口を閉じた。
「わっ……わっ、私は、あの子の死亡推定時刻には、家にいました! 証人だっています!」
「タクシーの運転手さん、ですね?」
今まで黙っていたエンデが、ようやく口を開いた。
「そ、そうです! 夫を家まで届けてくれたタクシーの運転手が、私がその時家にいたことを証言して……」
「『声』だけです」
「え?」
「その時、タクシーの運転手さんは、確かにあなたの『声』は聞きました。でも、姿は見ていない」
「…………!」
おばおじ夫婦は傍目にも分かるほどうろたえて、後ろの机に腰を打った。
「ここからは、あたしの推理になりますが。おばさん、あなたは夢姫さんを殺し、その死体をトンネルの中に運び入れて、近くの公衆電話へ向かった。そこで、ご自宅の電話に繋げた。その頃おじさんは会社からタクシーで帰宅し、その料金を取ってくるからと言って、タクシー運転手を家の前に待たせ、わざと玄関のドアを半分ほど開いておいた。携帯電話で連絡してタイミングを測ってから、コール音をミュートにしてあった家の電話の受話器を取り、ハンズフリー状態にして、おばさんと会話をした……。タクシー運転手さんにも聞こえるような、大声でね。大方、料金が何円足りないだとか、あなたはしっかりしていないからだとか、今その場におばさんがいるかのような会話をしたんでしょう。家の前、それもタクシー車内にいる運転手さんには、それが電話から聞こえてくる声だとは分からなかった……こうして、そこにおばさんがいたというアリバイができた」
エンデはすらすらと推理を披露し、おばおじ夫婦の反応を窺った。彼らはエンデの言葉の最中もずっとぶるぶると震えていたが、その言葉が切れると同時に、唾を飛ばした。
「そんなのは全て、あなたの憶測でしょう!」
しかしエンデは相変わらず堂々とした態度を崩さず、余裕の笑みまで浮かべていた。
「おじさん、あたしの顔を覚えていませんか?」
「…………?」
突然そう問われたおじは、困惑した表情でエンデを見つめた。
「どこかでお会いしましたっけ? …………あっ」
おじは驚愕し、目を見開いた。エンデは面白そうに笑い、メガネを外してウインクして見せた。
「どうもお久しぶりでーす。スナックカリメロのユリコです」
語尾にハートでもついていそうな語調だ。……何となく、話が飲み込めたような気がする。おじは膝をがくがくと震わせた。
「あああ」
「ちょっとあなたどうしたのよ。スナックって何の話?」
「ああ、いやそれはその」
おばに睨まれ、周囲の人間から微妙な目つきで見られ、おじはあたふたと額の汗を拭く。エンデは再びメガネをかけた。
「どんなやり取りをしたかは些事なので置いておきますけれど、あたし、おじさんの携帯の着信履歴・メールの送受信履歴を見させていただきました。そしたらなーぜーか、その時刻家にいたはずのおばさんの携帯電話と、メールを交わした記録があったんですよ。これっておかしなことだと思いません?」
「そ、それは……そうよ、夫が携帯電話を家の中で失くしたって言うから、私の携帯電話からメールして着信音を……」
「それはおかしいですね?」
エンデは首をかしげた。
「おじさんを家まで送り届けた運転手さんは、おじさんが家に入る直前に、スーツのポケットから携帯電話を取り出したところを見ているんですよ」
「っ……」
おばは息を呑んだ。おじはと言うと、既に肩を落とし、じっと机の上を見つめている。形勢で言うと既に決着は着いているようなものだが、それでもまだ、実質的には着いていないのだ。エンデとおばの攻防は続く。
作品名:ペンギンズ・ハッピートーク~空想科学省心霊課創設の経緯~ 作家名:tei