SPLICE 翼人の村の翼の無い青年 <前編>
「申し訳ありません、スプライス様に使っていただく部屋を片付けてきますのでこちらで少々お待ちください」
その案内されたリビングから直につながった部屋の一つへ姿を消す。
いつの間にやら果汁らしきものの入ったカップが前にあった。
カティサークが姿を消して改めて部屋をぐるりと見回した。
四角い部屋で、一面は今しがた僕達が入ってきた出入り口(扉は無い)とその隣に本棚。
その出入り口から見て左一面はほぼ窓。これは家の出入り口と同じ方向らしくほぼ同じ光景が多少角度を変えて見える。窓の無い部分にやはり本棚。
出入り口正面一面は全て本棚。
最後の一面は三つ扉が並んでいた。
今カティサークが入っていったのは三つの扉のうち一番右、つまりこの部屋への出入り口に一番近い扉だった。
そうやって一先ず暫く生活するであろう家のつくりを見ながら、スプライスは手近な本棚を覗いてみた。
先ほど見た通りいくつかの言語がバラバラに入っている。
僕に分かるのは…2つほどだろうか。
しかしそれを目で追うだけでも、実は支離滅裂なような本の並びが整理されていることが段々分かってきた。
同じようなタイトルのものがまとまって置かれているようだ。
一冊だけ手にとってみた。
書かれている言語はこの大陸で一番広く使用されている言語。
タイトルは『境界における均衡と犠牲』。
表紙から1ページ、2ページと捲るとどうやら大地の神を信仰する一族について天空神の信者的視点より書いた書物らしい。
カタッ
音がして顔を上げるとカティサークが部屋から出てくるところだった。
「あ…」
勝手に人様の家のものに触れてしまったとあわてて戻そうとする僕を見て苦笑する。
「よろしければ好きなだけお読みください」
「…そう?」
戻そうとした手を止めて、本を再び手元に戻す。
本を抜いた箇所の隣の本がかすかな音を立てて傾く。
それを見て改めて思うが、この部屋にある本棚はきっちり書物が詰まっていて隙がなかった。
「これ全部カティサークの本?」
それならばどうやって手に入れたのか…カティサークはこの村から出れば禄に活動も出来ないようなのだが。
「いいえ、父の物です」
「…なるほど」
カティサークの父親がどんな人なのか想像も付かないが、カティサーク自身が集めたと言うよりは何か納得できる。
「この本全部読んだ?」
なんとなく読書が似合いそうな雰囲気があると感じて、なんとなく、聞いてみた。
カティサークはこともなげに「はい」と答える。
「別の部屋にもありますが、この家の本は全て読みましたよ」
「…何種類の言語があるの…?」
見たことも無い言語もある。
もしくは遠い過去に見たことだけあっても忘れたような。
「… たしか6、7種だったと思います。」
これだけ本があるのならば、貴重な物も中にはあるかもしれない。
見る限りでは文化研究というジャンルにまとめればシックリくるようなものばかりだった。
家にある本は滞在中は好きに読んでいいといわれ、部屋へ案内すると言うカティサークの言葉に従うことにした。
が。
案内された部屋も、壁の一面が本に埋め尽くされているような有様だった。
「圧迫を感じるならば目隠ししますが…」
「うぅん、いや、大丈夫」
ベッドと机と本棚と。
それしかない部屋だった。
それしかないが…やはり本棚の存在感はすごい。
「父が使っていた部屋です。布団は新しい物と交換してありますから安心してください。こちらの本も好きなだけ読んで頂いて大丈夫ですよ」
「ありがとう」
つい本棚に意識が行きがちな僕に配慮してか、そこでカティサークは部屋を出て行こうとした。
「ただいまーっ!」
カティサークが部屋を出て行こうとしたところで表から元気な声。
女性の声だ。
(…忘れてた!)
この家はカティサークとその姉の二人暮しだと言っていたことを。
さっきまでは『カティサークの姉とはどんな人だろう』と考えていたのに、あまりにもすごい本棚に気を惹かれてしまって失念した。
「姉が帰ってきたようですね」
と僕に一声かけてから
「お帰りなさい」
部屋の扉を開けて姿をあらわす。
僕の位置からだと相手の姿は見えなかった。
まだこちらの部屋に来ていないのだろう。
「なぁに?また本あさってたの?」
声を聞く限り、カティサークとは違いおっとりした雰囲気は感じられない。
少し高めで突っ張ったような感じがする。
「お客様だよ」
「客?」
相手が近づいてくるような気配がする。
まだこの部屋の前に着くには間が有りそうだ。
「村長様からウチに暫くお泊めするように言われたんだよ」
僕の方から姿を現そうとカティサークの背後よりリビングに出た。
次の瞬間、漆黒の翼を持った有翼の女性が入室。
漆黒の翼。
この村に入って幾人もの有翼人を見たけれどこれほど見事な黒は初めて見た。
「…!」
その女性もさすがに僕の姿を見て驚いたようだった。
一目で分かる僕の身分。
「神官…様でしたか」
明らかに改まる口調。
しかし。
村長の時と違って、フレンドリーを装った内側の堅苦しさというものは現れてこなかった。
「お世話になります、ト・スプライスです」
カティサークが向き直って僕に紹介する前に自ら名乗る。
神官と獣族といえば神官のほうが上のようだけれど、僕は有翼人たちを預かる天空の神の神官ではないし、この家は元々この二人の家で僕は間借りする側。
僕のほうが先に挨拶するべきだろうと思ったのだ。
少し胡乱気なつり上がり気味の目と視線が合う。
胡乱気なのにまっすぐに射られるようでドキリとした。
「今回、天空の使神官様の従者を選定…なんて偉そうなことを命じられてきましたが、僕自身は大海の神官です。堅苦しく生活もできない性質(タチ)なので『スプライス』と気軽に呼んでください」
言おうとは思っていたが、まさか最初の段階で口にするとは自身思わなかった。
ただ、この女性には先に言っておくべきだと思ったのだ。
「あぁ、そう……大海の神官スプライスってわけですね……」
と口にして、僕がうなづくのを見てから微笑む。
髪の色も青と緑の中間のような色で、カティサークとは似ていない顔立ちだと思ったが頬の筋肉を緩めてあげるとカティサークと似ていると感じる。
「挨拶ありがとうございます。私はこの家の家主、ヴィラローカです」
……?!
「ウ・ヴィラローカです。カティは頭文字が無いんですよ」
ヴィラローカ。
ヴィラローカ。
その響きだけが頭の中を往来する。
「…変わった名前ですね…」
かろうじてそれだけ口に出せた。
「カティの名前ともども父親がつけたんですけどね」
「変ですよね」と笑う。
確かに響きはこの地方らしくない。
いや、そうじゃない。
それだけではない。
「…スプライス様?」
カティサークが心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。
「いやっ、ごめん、なんでもない。ちょっと疲れているみたいだね」
「そうですか。では夕飯までお好きな場所でゆっくり休んでください」
カティサークの言葉に礼を言う。
ヴィラローカがじっと僕のほうを見ているのが分かった
カティサークの容姿は、極普通の人間だった。
白目の肌に茶色の髪。パッチリとした大きい目に金色の瞳。
作品名:SPLICE 翼人の村の翼の無い青年 <前編> 作家名:吉 朋