SPLICE 翼人の村の翼の無い青年 <前編>
あらかじめカティサークに言われてはいたが、翼人の村に近づくにつれて…感覚が少しずつ戻り、行動の制約が少しずつ解除されるのだ。
無表情だった顔面に血の気が上り、穏やかに微笑むかのような表情を形作る。
ただ黙々と歩いていただけの動きにも、柔らかさが感じられるようになる。
その目蓋が開き瞳の色を見たときは少し感動さえした。
金色の瞳が僕を見据え
”そんな顔立ちをされていたんですね”
と声をかけられて
「声はいつ?」
と思わず問い返してしまったほどだ。
声が発せられたのは遠方に村はずれにある家だろうか、木々の間から一軒目がポツンと見えた頃だった。
「到着しました…改めましていらっしゃいませ、ト・スプライス様」
事前に感じていたとおりの明るくすっきりした響きのある、穏やかな声音だった。
***
カティサークに案内されて向かった村長の家は村の中央より少し奥まったところにあった。
それまでの間幾人もの村の住人と出合ったが、僕が意外に感じたのはカティサークに対する接し方だった。
獣族の村は閉鎖的だと言うのが一般的な認識だが、同じ村の住人とはいえ明らかに異質なカティサークへ気軽に声をかけ、隣に立つ僕の姿に驚きながらも物怖じするわけでもなく挨拶をしてくる。
僕も額の文様は隠してあるし服装も天空の神官のように見えるものを着ている。はっきり言って窮屈な服だ。本来は天空の神官ではなく大海の神官であると知られれば態度も変わるのかもしれないが…そうでもないかもしれないとも多分に感じた。
「ようこそおいでくださいました」
既に今回の件について伝わっていると言う村長へ対面したときも、そのにこやかさに僕のほうが一瞬戸惑ってしまうほどだった。
「まだ村の者でも一部しか知りませんが、すぐに知れ渡るでしょう。…今回は我が村の者から選出していただけるとのことで名誉だと感じております」
今回選出するのは、タ・ルワール様付きの従者。
使神官が現出して数百年、その存在はさすがに広く知れ渡っている。
通常の神官の従者よりも名誉とされているようだ。
ちなみに獣従者は常に必要なものでもないが、ト・スクーナ様よりタ・ルワール様は置くことが多いように感じられた。
「ごゆっくり滞在なさってください。つきましては、恐れ入りますが滞在中は先ほどの青年の家へ滞在願えるでしょうか。村の者に公平に機会を与えてやりたいのです」
それは村長も含んでのことだろう。
カティサークなら有翼人ではないから従者となる資格が既にない。
また…やはり全て聞いていると言う村長は、大海の神官である僕をあまり傍においておきたくないもかもしれない。
通常なら村でも高位の者の家へ宿泊させてもらうのが常だ。
僕としても暫く滞在する事になるだろう事は見えていた為、生活は少しでもリラックスして送りたいと思うから村長から離れたところで生活できるのは有り難い申し出ではあった。
今回わざわざ僕(ト・スプライス)をこの村へ派遣したのには訳があるという。
この通常の獣族とは異質なフレンドリーさがその理由なのかとも感じた。
一方、カティサークの存在も気になる。それも理由かもしれない。
そう考えながら村長宅より出たところでカティサークが佇んでいた。
「お話は伺いました。狭い家ですがご案内します」
先ほど通りニコリと微笑んでいる。
村長の話ではカティサークは姉と二人暮しだそうだ。
それを聞いてみると
「失礼の無いように言っておきます」
どんな姉なのだろうか。
カティサークの家へ向かい、村の中を案内されながらぽつぽつ話を聞く。
カティサークの家は村でも奥のはずれにあるということだった。
姉の事は「よく言えば大雑把、悪く言えばガサツ。あとは会えばわかる」と言う事で、他愛の無い話が中心だった。
例えば家のつくり。
どの家も家の中に最低一本は木を通している。
この村自体が半ば森に埋もれるようにして成り立っているから、森を破壊しないようにこのつくりなのかと思ったら逆なのだそうだ。
翼ある者特有の高所好きがあって、それぞれの木をそれぞれの家でキープするためにこのつくりになったのだという。
どれも巨木で高さも相当ある。確かにそれらの木の枝は人が一人二人は休めるだろう丈夫さが感じられた。
殆どがそのようなツリーハウスで下に二階建てほどの家がもう一件入るのではないかというほど高い家もある。
ただ、低い家も無かったわけではない。
村長の家はツリーハウスというよりは高床式と言った方がいいつくりだった。
有翼者は上から行くからいいのだろうが、翼のない者は階段を上がらなくてはならないし、場合によってはその階段も簡易作りの梯子のような物だったりと不親切と感じてみたり。
「…飛べなくなったらどうするんだろう?」
そんなことも考えた。
「一時的に怪我などで飛べないだけなら家の中に篭る事がほとんどですが、長期的に飛べないとなればそのための家へ移ったりしますよ。ただ中心部は殆ど高い家ばかりですけどね」
と言うことは、高さの低い家を見たければ必然と村のはずれへ行けばいいということか…
「カティサークの家は…?」
翼の無いカティサークの家ならば高さも必要ないだろうが、形式的な高さはありそうだ。
「確りした階段が付いているので大丈夫ですよ。高さも無いですから」
…本当だろうか。
また、どの家も天井が高く、扉が大きい。
特に玄関となる扉は最も大きかった。
これは巨大な翼を持つゆえにこのようなつくりになるとのことだった。
更に気になった事と言えば、その高所に在る家の下に釜戸があることだった。
木で出来た家の中に火をできるだけ持ち込まないために外にあるのだそうな。
一応家の中にも簡易の釜戸があるそうだが、普段は表の物をつかうらしい。
そんなこんなでカティサークに対して大分気持ちもほぐれた頃、その家に着いた。
目の前にある階段は10段くらい。
幅は僕が横になれるかなれないか。
カティサークの言っていた通り確りした階段の付いた他の家と比べれば高くない家がそこにはあった。
それぞれの家にあるという木も家の中にはなく、そっと寄り添うようにしてそびえている程度。
「ただいま」
カティサークが声をかけるが返答は無い。
特に待てとも言われなかったのでカティサークに続いてその家に入る。先ほどの村長の家と比べても明らかに違う内装であることが分かった。
入り口の大きさこそ他の家と同じくらいだが、天井の高さはそれほど無い。
それ以前に土間のようなところがあって、キッチンがあった。
先ほどの話だと室内が簡易キッチンで、外が本格的なものだということだったけれども、確かにこの家も外にキッチンを持って入るが、使用頻度は屋内のほうが高いように見受けられた。
そしてリビングと言うのだろうか、誰の部屋でもなく一家の憩いの場とでもいうのであろう共有スペース。床に直にクッションがいくつか置いてあった。
翼人は普通なら翼が邪魔で椅子で生活する。
それらとは違うが、僕の目を奪ったものがあった。
巨大な本棚がそこにはあったのだ。
本はぎっしり詰まっていた。
しかも見ればいくつかの言語が混じっている。
獣族の家らしくない…カティサークは獣族ではないが。
作品名:SPLICE 翼人の村の翼の無い青年 <前編> 作家名:吉 朋