SPLICE 翼人の村の翼の無い青年 <前編>
カティサークも自分の格好よりも僕の話を聞くことを優先したらしい。
…まぁカティサークの性格ならばそうか。
「別に何って程じゃないんだけど、一応僕の性別…」
どう見ても男だし、実際そうでもあるんだけど…
「僕神官だけど『体性決儀』受けてないんだ。でもって、『大海の神官』だから…」
そこまで聞いてカティサークは「あぁ、そのことですか」とにっこり笑う。
「知っていましたよ。スプライス様が両性具有体であること」
さすが博識…てのは関係ないか。
それよりも、知っていたことに僕は多少驚いた。
この村の人の多くが僕を『男』だと判断しているようだったのに。
「…もしかして昨日のことですか?」
まさにソレ。
ヴィラローカの火急の事態とはいえ、事前の説明もなしにディープなのをいただいてしまった。
「男とキスしたって思ったら気持ち悪いかなぁーっと、その辺りを少しでも緩和できたらなぁーっと…と、思って」
そっちの趣味も無いのにソレでは不幸だろう。
アノヒトほど寛容ならば違うのかもしれないが……アノヒトの場合『寛容』とも違うか。
「さらに、それはファーストキスとかだったら大層申し訳ないなぁーとか」
僕の話に思い出しもするだろうが、嫌そうな顔せずに聞いてくれる。
人にこんな懺悔じみたこと言うなんてどれくらいぶりだろうか。
使神官相手の場合を抜かして。
「…あぁ」
僕の下手に出るような物言いに、カティサークの笑顔が少し変わる。
露骨に嫌そうな表情に変わったわけではない。
「そういえば、ファーストキスでしたね」
あっさりと。
「…うそぉ?!」
それは…
「それどころでもなかったですが、そういえばそうでした」
その表情は苦笑なのだろうか。
なんか申し訳ないことをした。
「気にしてないので大丈夫ですよ。それよりも姉が助かったのは全てスプライス様のおかげです」
まぁ、僕としてもそっち優先かな。
「…っくし!」
おっと!
「カティ早く家の中入ろう。それ洗濯物?干しておけばいい?僕干しておくよ」
洗濯物を干す場所なら知っている。
腕から濡れた服を奪うようにとって、階上へ押し上げる。
「え、大丈夫ですよ!」
「カティが風邪でも引いたらヴィラどうするの!」
後ろ髪ひかれるようなカティを家の中にまで押し込む。
細い外見どおり軽く力ないから…
なんでここにきて、この姉弟と接してアノヒトを思い出すんだろうか。
更に翌日、ヴィラローカが怪我をして3日目。
再びカティサークは朝から出かけていった。
ヴィラローカのことは心配そうにしていたけれど、昨日欲しかった薬草が見つからなかったそうで今日は別の場所に行ってみるとのことだった。
ヴィラローカのことが心配で奥の奥まで足を踏み入れられないのだろう。
行きに時間が掛かる場所ならば、当然帰りも時間が掛かる。
もちろん僕だって出かける気にならなかった。
使神官から仕事を任されて来たはずだったんだけど…とは言え、期間も特に決まっていない。
期間が決まっていないのならば尚更ブレースをよこせばよかったのに今回は僕が特別に指名された。
ということは、僕が来ることに意味があったはずなのだ。
その意味も探さなければならないだろう。
多分…この姉弟のことなのだろうかな。
ちなみにタ・ブレースというのが、『天空の使神官』の元に仕える神官の名前だ。
『大海の使神官』に仕える僕(ト・スプライス)と同じような立場にある。
しかしと言うのも変だけれども、この家にいて暇と言うことは無かった。
本が山のようにある。
結構面白い本も見つけてしまった。
歴史書としてあるのだけれど…知っている人が出ていたり、もしくは自分自身が体験したことだったり。
長く生きている故だろう。
そういえば、別に隠しているわけではないけれど僕の年齢も言っていなかったなぁ…
どうでもいいか。
そして本を読みながらも折を見てヴィラローカの部屋へ様子を見に行く。
幾度か行くけれどやはり起きる様子は無いか…
「……ん?」
何も変化など起こらないと思って部屋を出ようとした或る時、不意に気配が変わった。
「起きた?」
振り返るとうっすらと目蓋を開けてぼんやりと天井と見ているヴィラローカの姿があった。
その視線がこちらに流れてきて、天井を見つめた時と同じような視線で見つめてくる。
カティサークとおなじ金色の瞳だ。
パッとみた外見上、この瞳の色以外二人に似ているところは見つけられない。
顔の輪郭等にているかもしれないけれど。
「スプライスだよ」
僕の声にこたえるように、ああ、とうなずく。
覚醒してきているようだ。
「……っ」
「あっ」
意識の覚醒と共に、痛みも感じるようになったらしい。
「カティに言われていた薬湯もってくるから無理しないで」
「ごめん」
ちょっとぶっきらぼうだけど、今まで聞いた声の中で一番弱い口調だった。
僕は笑ってお湯を沸かしに行く。
…そういえば準備もしてなかった。
水はキッチンへ汲んできていたので急いで火をつけて沸かす。
一度キッチンを借りていて良かったと思いながら、湧いた湯をコップに移してカティサークより渡されていた薬を溶かしいれる。
「…痛い?」
カティサークに言われていた通り飲ませた後、わずかに苦しそうな表情を見て聞いてしまう。
痛いと分かったところでどうにも出来ないんだけど。
「痛いってより、最近ハンモック殆ど使って無くてね。体が慣れてないかも」
そういえば、見るからにそうだった。
「お願いがあるんだけどいい?」
「いいよ」
大体予想は付く。
それは思った通りで。
ヴィラローカは翼を消すと、僕に下のベッドに寝かせてくれるようお願いしてきた。
結構傷ついていた翼が瞬時…というわけではないけれど全く消えてしまう。
見ている方としては、翼が小さく小さく縮小されていき、ある程度まで至ったところではじけるように掻き消えた。
その掻き消え方は…黒と白の違いこそあれ『あの人』の翼と同じようだった。
あの人の翼は翼人のものと違って魔法で出来ているようなものだったから、消すのも簡単だったようだけど。
翼のないヴィラローカは軽く、僕の胸ほどの高さのハンモックから軽く持ち上げて足元のベッドへ寝かせた。
こう腕の中にして感じたのは、大きさ…身長は本当に『あの人』位だということだろうか。
「アリガト」
僕が掛ける前に、自分で掛け布を引き上げてしまう。
そういえば、カティサークは僕の性別を知っていたけれどヴィラローカはどうなのだろうか?
ヴィラローカの表情からするに、僕にはどちらかといえば同性に対するような親しさが感じられる。
ということで、聞いてみた…
「あ、そうだったの?考えてなかった」
そういうことか。
まぁ、僕もなぜかヴィラローカにはそういう性別というものを感じないのだけれども。
上半身の露出の高い服を着ているから女性だと判断している…というくらいだろうか。
その日からヴィラローカは家で養生ということで、昼でも家に三人いるような状態になった。
カティサークはもともと余り外出しない方らしい。
他にできることが無いので、薬師の真似事をしているというがそれも人が必要になってやってくることでも無い限り開店休業のようだ。
作品名:SPLICE 翼人の村の翼の無い青年 <前編> 作家名:吉 朋