欲望の果て
「いらっしゃいませようこそクラブ彩へ」智香はゆっくりとお時儀をしながら2人に挨拶した傍らには美沙も同じく深々と頭を下げていた。純一郎はただ見た事も無い光景に驚かされ呆然と周囲を見渡していた・・
「どうした、芹沢、驚き過ぎて声も出ないか?そうだろうな銀座のクラブの別室にこんな空間が用意されているとは誰も想像出来んよ、しかし智香には驚かされる店の別室にこんな場所をつくってしまうのだから、俺も最初は驚いてどこか別の場所に連れて来られたと思ったもんだ、まあ芹沢今日は別世界だと思って楽しんでくれ」そう言うと赤城は手慣れた感じでリビングのように大きなソファーとテーブルでセットされた場所に落ち着いた純一郎も赤城の傍らに落ち着かない様子で座った、純一郎には広すぎて何が何だかよくわからなくなってきた。しばらくして美沙と智香がそれぞれの側に座った。シャンパンを開け乾杯をすませると純一郎が口を開いた
「いったいここは・・・」そう言い始めると直ぐに智香が答え始めた
「良いでしょ、芹沢さんここは選ばれた者だけが過ごせる空間よ幾ら銀座のクラブで由緒があるって言っても所詮は雑踏よ、でもここは違うわ、銀座のどの店よりも高く権力者を見下ろせる場所にあるの、高さだけじゃないわ、内装もお酒も、ここにいる男も女もね」
智香は優越感に浸った様子で赤城と純一郎を見据え、その様はかつての女帝西太皇を思わせた純一郎にはその智香の支配的な目の裏にある欲望染みた気配さえも感じられた、一介の商社マンごときをこのような大層な様子で向かえることを考えれば智香自身の考えではなくその裏で絵を描いている者がいるのは安易に読みとれた。智香は続けて純一郎に切り出した
「赤城専務からお話は聞いていると思うけど芹沢さんはどうお考えになって・・赤城専務の営業戦略と芹沢さんの行動力で今日の五菱はあるようなものでしょそれにしては貴方方の評価は低過ぎると思うの、営業実績なんて抽象的で物理的発明品を残す研究者のように発明対価で裁判も起こせないしそれを良い事に会社に安く扱われるのは馬鹿馬鹿しいと思わない?芹沢さんももっと評価受けて自由に市場を駆け回るべきなのよ、だから芹沢さんも赤城さんの移籍に協力してあげて欲しいのそれが芹沢さん貴方自身の為にもなると思うの」甘い囁きのようでどこか脅迫的な智香の言い回しに純一郎は不思議な感覚に陥ったが先程赤城から聞いた話の駄目押しのようにも聞こえこの場所において自分自身の返事を促したい2人の意図も洋々感じられた。
今ひとつ気にかかるのはこの移籍においてここまで智香が介入するのは何故なのか?単純に愛人関係の2人の協力プレイなのか、赤城の収入が増えれば智香に落ちるお金も増える
もちろん店の収益も増えるであろうし・・純一郎にはまだその程度の想像しか出来なかったがそれ以外の答えも見つかる余地も今は無かった。仕事の幅が広がる事に純一郎は何の疑問も無く五菱に特別な感情も無かったので純一郎は移籍については前向きに考えた、その趣旨を伝えると二組の男女は都心の最上階の楽園に溶け乱れ時間を過ごした。
純一郎の相手をしている美沙は智香がこの計画の為に福岡の繁華街からわざわざ引き抜いてきた女性でもあった、智香は赤城より純一郎の詳細を聞き出し性格、個性、妻である涼子の詳細をも調べて分析し福岡の繁華街で噂の美沙を自ら引き抜きに出向いた
美沙の幼少期は決して幸せとは呼べるものではなかった。大工の父親と中洲に小さなスナックを営む母親の間に生まれ、弟が一人いたが住んでいたアパートの火事により亡くしていた、火事の際に下りた保険金を持って母親は店の客と駆け落ちし物心つく頃には美沙は社会福祉法人が営む幼児院等に預けられて生活していた、親を事情により喪った者、親に捨てられた者、親に預けられた者・・・何れにせよ周りは全て他人である。もちろん母親の作った手作り弁当などは生まれてから食べた事もない、義務教育である中学に通う頃には世間で言う不良というモノに染まっていた、万引きや薬物使用、深夜徘徊などは日常茶飯事で施設側も美沙には手を焼き中学を卒業し早く社会で独り立ちさせて関係を断ちたいと思われるほどだった。中学を卒業すると美沙は派遣会社に登録し自動車の部品を作る工場で働き始めた、若者が少なく男色の濃いこの職場で美沙は持ち前の明るさ負けん気で一生懸命働き仕事の内容も認められると共に職場の仲間や上司にも好感を持たれた、同期の若者も次第に美沙に好感を持ち恋中になる者もいたが美沙には同期の男子はどうも子供っぽく本気で相手する気にはなれなかった、やがて美沙は上司と不倫関係に陥り末路は良くあるパターンのお金で精算された・・上司との不倫関係の問題もあり美沙は少しの間この工場を休む事にした、そんなある日派遣会社の担当者が美沙に頼みの電話を入れて来た、内容は派遣で入れているラウンジの女の子が休んでしまいどうしても人数不足で美沙に短期で良いのでラウンジに出て欲しいとの事だった・
美沙はラウンジにしろ水商売にしろ・・サービス・接客業はTVドラマで見た程度のイメージしかなくましてや年配のオヤジに媚びてまでお金を稼ぐのは馬鹿げていると思っていたのであっさりと最初は断った・・・しばらくして再度派遣会社の担当者から電話があった
「美沙ちゃん頼むよーどうしても人がいないんだ・・人がいないとなったらラウンジの支配人に僕殺されちゃうよ、今回だけ助けてよー」
「なんであたしがあんたの失敗の為に嫌な仕事を受けなくちゃならないのよ、勝手に殺されたら良いのよ」
「そんな事言わないでよー明日の新聞に博多湾にイケメン男子の水死体って出てたら沢山の僕のファンが悲しむじゃないか!」
「はあーアンタ馬鹿じゃないの!?そんなにファンがいるならファンに頼めば良いでしょアタシは嫌な仕事は嫌なの!何であたしがオヤジに媚びてヘラヘラ笑ってアホな女連中と同じ空気を吸わなきゃならないのよ!」
「ええー美沙ちゃんなら引き受けてくれると思ったのになー向こう(部品工場)でも頑張ってるから時給の良い此の仕事を紹介したのになーー残念だなーあー俺は世界一不幸な男だ明日の今頃は冷たい博多湾で魚につつかれてボロボロに・・・」
そこまで言いだした時に美沙はふと時給が気になったの聞いてみた
「でっ・・聞いてやっても良いけどちなみに時給は幾らよ?」
「1800エンだよ」
「せっ・・・せん・・・せんはっぴゃくーー!?」
美沙は金額の高さにびっくりした今までの自動車部品の工場では700円スタートで一番良くても850円、しかも機械音と油の臭いにダイカストの粉じん、むさ苦しい男連中に囲まれて一生懸命やっても時給1000円なんて到達すらしなかったのに・・・美沙のイメージでは水商売なんて軽く客に話を合わせて横に座っているだけで良いと思っているのでこの時給は天にも昇る思いだった。
「驚いた?でもこんなもんだよ最初はだんだん仕事覚えて店から指名出てきたら時給2500円ってのいうのもあるよ」
「そ、そうなんだ」美沙は動揺しながらも金額に踊らされた自分を隠すように
「アンタがそんなに困っているなら今回だけ引きうけてやってもいいわよ」