欲望の果て
「美沙ちゃん、芹沢は見てのとおりこの世界では初心だからいろいろ手取り脚取り教えてやってくれ」
「あっ・・はい・・でも私なんかで良かったんでしょうか?もっと他にも綺麗な人が沢山この店には・・」
「いやいや・・智香ママの見る目は素晴らしい!私も長年数々の夜の店を仕事の為に回ってきて色々な夜の蝶を拝見させて頂いたが
・・美沙ちゃんのようにピュアな美しさの女の子は初めて見たよ、まるで智香を初めて見た時のように美しい」
「そんな・・専務さん褒めすぎですよ」美沙は少し照れたようにうつむいた、
「そうでしょ、赤城さん、私が男前の芹沢さんの為にうちの店の秘蔵っ子を紹介したんだから・・美沙ちゃんは今日福岡から上京したばかりでまだこっち(東京)には不慣れだけどこの銀座に慣れた子よりも光るものがあるから紹介したのよ、大事にしてあげてね」
「良かったじゃないか!若い子は良いぞ!芹沢!」紹介された純一郎よりも赤城の方がノリノリである。
「あら、赤城さん・・年増な私はお嫌いになった?」ちょっと意地悪そうに智香は赤城に向かって言うと、赤城は智香の肩に手を回して抱き寄せて智香の耳元で何か囁くのだった
このような場に慣れていない純一郎はどうすれば良いのかわからずただ赤城と智香のじゃれあいの様子を目のやり場に困りつつ見ていた。
そんな様子を見て美沙は純一郎に軽く持たれながら
「今日は初めてなのに3度も会えましたね、これって偶然なようで運命的な感じもしますまた会えるでしょうか?・・私今日福岡から出て来て東京では一人ぼっちなんです・・」
「そ、そうなんだ、ホント偶然だよね」純一郎は美沙のしなやかな体に寄られて胸の高鳴りは押さえる方法がわからず思わずまたグラスを一気に飲み干した。
「でも、一人ぼっちじゃないよ・・」思わず純一郎は言葉が出てしまった自分が何を言っているのか考える間もなく自然にそう発していた
「えっ・どうして?」美沙は純一郎方に上目遣いで見た
「今日、僕と出会ったから・・一人じゃない
、また会えるし・・また会いたいから」
「嬉しい・・」美沙は純一郎の腕を組んで身を寄せた。
「芹沢さんて、こういう世界不慣れみたいだけど本当はものすごく慣れていたりして・・
酔って出た言葉でも嬉しいわ」美沙は小悪魔的に純一郎に言った、純一郎は純粋に夜の世界に引き込まれていった・・今までに経験してきた夜の世界の感覚には無い淡い思いと共に美沙に引き込まれていくのだった・・智香の思慮が的中したかのように純一郎と美沙は短い時間で直ぐに意気投合し終始楽しそうに話をしながら飲み交わしていた、その様子を横目に見ながら赤城も楽しそうに智香との時間を過ごした、赤城は時折くる右胸の奥辺りのシクシクとした痛みを押さえる為に帰り際に胃薬を流し込んだ。
「そろそろ今日は行くか」
「あら、もうお帰り・・もっとゆっくりしてくだされば良いのに」智香は赤城の腕にしがみつくようにしながら言った
「ゆっくりしたいところだけど・・芹沢はそろそろ愛妻の待つ家に帰らせてあげなければ昨日欧州より帰ったばかりで初日の今日にいきなり午前様では俺が恨まれてしまう、欧州もそうだが仕事でお前を引っ張り回している俺は涼子さんには嫌な上司だろうな」
「そんなことないですよ、涼子も赤城専務の僕らの結婚式の時のスピーチには絶賛していましてね、あれ以来いつも専務の事を出来る男だって言っていますよ」
「そうか涼子さんはそう言ってくれているか・・やはり彼女は男を見る目があるな、芹沢、永い間欧州でご無沙汰だったんだからしばらくは夜のサービスも頑張れよ、」赤城は妙な手つきをしながら純一郎に言った
「いやあ、もう専務そんな気はお互い起こりませんよ、涼子は新次郎の方にお熱がいってますから・・僕はせっせと稼いで家に運ぶ働きアリさん状態ですから」
「何を言ってる芹沢、まだまだ若いんだから二人でも三人でも作れ!なんなら上司命令をだしちゃうぞ」赤城は席を立ち腰を振りながら芹沢に向かっておどけて言って見せた。
「なあ、ママ俺なんかまだまだ現役だよな」
そう言って智香に同意を求めると
智香は笑いながら
「あら専務、まだ現役だったんですか?そっちの方はもう引退かと思っていました・・さっきもコソコソお薬を飲んでいるみたいだったから・・」
そんなやりとりがしばらく続けて宴はお開きとなった美沙と智香に送られて二人はクラブ彩を後にした
「赤城専務今日はありがとうございました、明日からまた宜しくお願い致します。」
「何、そんな改まって言わなくても良い、俺は欧州でお前が成功してくれて嬉しくてな、それに室長は夜の戦略も必要だし、さっきの店なら気兼ねなくどんどん使ってくれ、あのママなら接待も上手く運んでくれるからどんな客でも安心だ、接待が不慣れな芹沢でも店に客と行くだけでOKってわけだ。」
「すいませんそこまで気を使って頂いて」
「次期、室長に接待方法も引き継ぎをしておかないとな、これも重要な業務だからな、しっかり頼むぞ」赤城は純一郎の肩を軽く叩きながら言うと、
「はい・・自信はありませんが頑張ります」
そう答えた純一郎に笑いながら赤城は
「まあ、そう固く考えるな、お前ももっと楽しめばいい、今日の女の子、え〜〜と誰だっけ?」と赤城は額に手の平を当てながら古畑任三郎のようなポーズで言った
「み、美沙さんです」直ぐに純一郎が答えると赤城は笑みを浮かべて
「おっ、もう気に入って名前もしっかり覚えたようだな、良かった良かった」と言うと純一郎は
「そういうわけじゃ・・」と全部を言いかける前に赤城が言った
「気にもならん店の女の名前を覚える男はいないぞ、あの子は良い子だ、上手くやっていけよ」そう言うと純一郎と一緒に駅に向かうのをやめ近くに来たタクシーを止めて赤城は乗り込み、純一郎と別れた。
純一郎はとりあえず今から家に帰る旨を涼子にメールした、返事は直ぐに来なかったがしばらくしてメールの着信があったので純一郎は確認して見ると、
「今日は芹沢さんに会えてとても楽しい時間を過ごせて幸せでした、広い東京で偶然の出会いから再会出来るなんて夢のようでした、ありがとうございます・・お帰りもお気をつけて・・クラブ彩美沙」
純一郎は学生のラブレターのように周囲に誰も見られる事のないメールでもドキドキしながら読み妙に周囲を気遣った、メールを読む衝動のうち純一郎は美沙の事ばかり考えるのだった、出来る事なら今からまた店に戻って美沙に会いたいがさすがにそうするわけにはいかずメールの返信で精いっぱい我慢した
「メールありがとう・・また近いうちに店に行きます、今日はありがとう」純一郎は送信後浮かれ調子で家路についた、電車に乗っていてもそわそわ、にやにやした純一郎は周囲の他人にとってはむしろ異様に見えたかもしれない、そんな浮かれた純一郎の胸ポケットでは涼子の返したメールの着信ランプがチカチカと点滅しているのだった。
都内近郊の高層マンションに住んでいる純一郎が玄関に着いたのは午前0時を少し過ぎた頃だった
「ただいま」
「あら、お帰りなさい・・もう帰ったの?も〜うメール見なかったの?お風呂のタイミング合わせようと思って駅に着いたらメールしてって入れておいたのに・・」