欲望の果て
「うむ、まだ大丈夫だ、メタボだのなんだの腹が出たりするとなりが悪いからな、ビジネスマンは見た目のスタイルも大事だ、自分の体形に気を使わずぶくぶく太っている奴にスマートな仕事は出来ないからな・・それに女子にモテナイ!」そう言うと赤城は専務室にある大きな姿見の前で手をあごに添えながらニヤリと笑った。基本赤城は見た目を大いに気にするタイプでいつもキマッていなければ気が済まないタイプだった。一般的に言うならばナルシストでもある。それとは対象に純一郎は自分では決められないタイプでスーツは店の人間か涼子に決めてもらう着せ替え人形のような感覚で着ているし、出掛ける前に洗面所で軽く髪を整える程度の作業しかしないタイプで、最近美沙と付き合うようになってアラミスのリキッドや制汗剤のスプレーを使うようになる程度だった。
「芹沢、俺は今週の会議で辞表を提出する、今月には事を起こそうと思う、お前はどうする、俺より少し時間を置くか?」
「いえ、専務そんなに間を開けずに、出来れば同時に動く方が成し得やすいかと思いますので出来れば同時に動こうかと」
「そうか、ではその手筈で進めてくれ、恐らくお前には常務派の引き留め説得や工作があるだろうから俺のように簡単に行かないかもしれないからな、何しろ取引先の実務者レベルではお前の方が求心力もあるだろうし、お前が動けば取引先もこの会社に大いに不信感を抱くだろう」
「その点についてですが主要な取引先には既に水面下である程度は伝えてあるのです、取引先で言えば大日本商事が動くなら右に習えと大日本商事を中心に動いてくれるようです」
「そうか、大日本商事が動いてくれるのか、それは大きいな、というよりここ(五菱商事)にとっては大きな痛手になるな、常務派の驚く姿が目に映る」大日本商事とは五菱商事にとっては国内シェアの半分の窓口を持つ老舗の大口取引先であったかつては五菱と国内においてライバルのように戦ってきたが激戦のあまりに疲弊し会社の存続まで危ぶまれる迄に至ったが純一郎の懐柔策によりほぼ傘下のように取り込む代わりに会社の存続と高い売り上げ数字は維持され社会的にも面目を保てるようになったのである。大日本商事にとっては純一郎側に付いた方が今後の会社の見通しは明るいとみて全面的に純一郎側を支援する事にし、嘗ての隆盛を再興したい野望も多いにあった、国外中心に拡大戦略を進めたい純一郎の話の中で国内を大日本に任せたいとの意向を聞きこれで敵型支配のような五菱の参加に甘んじて来た旧来の経営から脱却出来るチャンスと見ていた、もちろン大日本商事にとってもいつまでも純一郎の策の下にいるのではなく期あらば五菱と対等に戦ってきた時代のように我が身で隆盛を極めたいと考えていた。国外中心の純一郎の拡大路線と構想の中では必ず国内施策に隙が出来ると睨んでいた
大日本商事の社長、大貫一は純一郎の若き才には完敗を認めたがやはり戦後に焼け野原から自分で築いてきたモノをこのような若僧に崩されては死んでも死に切れないものがあり寝首を斯こうと狙っていたのも事実だった、五菱の内紛とも言える、赤城、芹沢の離脱は大貫にとっても千差一遇のチャンスだった、上手く行けば今までとは立場を逆転し傘下に五菱を置く事も出来るとも考えていた。
やがて日は過ぎその時は訪れた、赤城の辞表提出に知らされていない専務派の一部は保身の為に引留めを会議で強く求めたそれに対し常務派は大いに歓迎し会議は一時紛糾した、さらに純一郎も辞意を表明すると今度は常務派も動揺し慰留を強く求めさらに会議は紛糾した両者の具体的な退職理由が明らかにならないまま所謂一身上の都合で会社の営業数字を担う上で大黒柱的な2人が辞表を提出するとあってはどの会社であろうと会議は紛糾するものだろう、もっともこの会議で言葉をまだ発することなく会議全体を冷静に見ていた常務の水島直人はやはり来るべき日が来たという感じで会議室から見える東京の高層ビル群をポカンと見つめていた、快晴の空の元一筋の飛行機雲が流れていた、水島は口にこそ出さなかったが赤城が純一郎を引き連れて他社に動く事はある程度わかっていた、元々営業肌では無い水島にとって赤城の説得以上に純一郎を引留める言葉の力は持ち合わせていない事に自分自身ではよくわかっていたのであえて何も事も起こさず言葉も発せずただ粛々と事の運びを見つめていた。その水島が重い口を開き踊る会議に幕を下ろそうとしていた
「良いんじゃないか、皆さん今まで我が社に多大なる貢献をしてくれた2人に拍手を持って送り出そうではありませんか、もっとも2人を失う事は我が社にとって大きな損失でしょう、しかし我々に彼らを引留める権利はありません、クビにする権利を取締役会は持ち合わせていても慰留する権利はありませんし」クビに・・と言う所辺りで水島はジロリと赤城の方を見据えながら言った。
さらに珍しく水島の言葉は続いた、
「赤城専務においては我が五菱商事の創世期より今に至るまで育てて頂いたと言っても過言ではない、いつまでも赤城専務におんぶに抱っこでは無くそろそろ自立すべきではないだろうか?赤城専務には赤城専務のお考えと人生がある、ここは長年の労を労い感謝と賞賛で華々しく送り出そうではありませんか、それと芹沢君はまだまだ若くこれからも我が社を担ってもらいこの取締役会でも中心的人物に育って欲しかったのだが彼のエネルギーを受け止めるには我が社の器では足りなかったのであろう、彼にはこの度の欧州市場開拓でも大きな成果を出してもらった、彼は今以上のプレッシャーを求めて我が社を飛び立つわけですからその点においても賞賛をいただきたい。」そう言い終えると水島は純一郎の方を向き拍手を始めた、そのうちに常務派の取締役達が同じように拍手を始め、本心では無いながらも専務派の取締役達も拍手を始めた
赤城と純一郎は形式的な挨拶を手短に終えると会議は終了した。
会議が終わり広い会議室に一人水島は残りまた眼前に広がる高層ビル群と空を見つめた、空には先程の飛行機雲が崩れ新しい飛行機雲がまた一筋描かれていた。
自分の席で大きく深呼吸すると水島は立ちあがり会議上の大きな円卓の周りを歩き始めたそして赤城の席までくると円卓上においている赤城の名札をとり近くのゴミ箱に捨てた、そして純一郎の席まで来た時に立ち止まると純一郎の名札を手にとりしばらく眺めていた名札と純一郎の姿を交錯させながら名札を持ったまま自室に戻り純一郎の名札を自分のデスクに収めた。
会議室から出た赤城と純一郎も自室に戻りそれぞれの作業に移った
赤城は辞表提出を知らされていなかった専務派の取締役の対応に追われる事なった、一方純一郎といえば静かなもので別に誰から電話もあるわけでも自室に訪ねてくる事も無く普段の会議終了のように淡々と業務をこなしていたが赤城と芹沢2人の急な辞任劇は会議終了と同時に瞬く間に社内に広まりやがて賛否両論の意見を持って純一郎の元を訪れる者も現れ始め多数が慰留を求める声だった、いろいろ意見を言われつつも純一郎の意志は決まっていたので今までの感謝の挨拶と共に自分の思いを伝えた、一通り人の出入りが終わると戦略室長室が静かになると室長秘書の松下綾夏が珍しく私見を言った、