欲望の果て
「違うわよー近いうちにそっちの方へ行くから食事でもどうかなーって思ってね」
「こっち(静岡)来る事あるの?涼子ちゃんに会えるならイイ店を手配しなくっちゃ・・担当の手術の日程だけ避けてくれれば大丈夫だから、それかディナーならいつでもOKだよ、その後は夜の海が見えるbarで過ごすのも良いかも・・・」
和彦は学生時代のマドンナ涼子に会えるのと思うと嬉しくてしょうがなかった
というのも学生時代に少しの期間ではあったが2人は深い恋愛関係にあった・・しかし和彦は病院を継ぐために日々医学部で遅くまで学び海外留学までもこなしたエリート医学生だったので涼子の恋愛観にはモノ足りなかったという方が正解かもしれない・・和彦は元々物事を深く探求するのが好きだったので一つの研究にハマると何日も研究室に籠るというのも平気であった、その成果もあってか大学に入学して2年を過ぎたあたりには海外よりの招待留学でも優秀な成果を残し、卒業後も若くして国内の国立医療センターから数々のラブコールを受けていた。現在に至っても心臓のバイパス手術においては若くして国内での権威とも呼ばれていた。そんな研究熱心な和彦によって心の隙間を作られた涼子は素朴な優しさのある純一郎に引かれたのだった、そんな涼子と純一郎が深い中になるまでにはそんな時間もかかる事無かった、変な話だが和彦にとっては医学研究こそが最高の恋人であり彼の欲求を一番に満たす材料なのかもしれない、だから涼子が初めて純一郎を彼に紹介した時でも自分が涼子と付き合っていた事をすっかりと忘れた様子で素直に喜んだ。詳しい話は会った時にという事で涼子は電話を切った。涼子は電話を切ってから少し考えてテレビボードの引き出しの一部にしまってある生命保険証書を開いてみた
死亡時2億円・・・
涼子は少し薄笑いを浮かべると生命保険証書を元の位置にしまった、手は震える事も無く落ち着いた様子で・・・。
女というモノは男と違って未練なく次の人生を歩めるというのが世の常のような気がする男の方が別れに関しては割り切れず未練たらたらで情けない気もする実際に高齢の夫婦の死別の場合でも夫が先に亡くなった場合は妻は割と一人で長生きするものだがその逆だと割と男は妻の後を追うように間もなく亡くなるパターンが多い・・生きるという事に関しては生命を生み出す女性の方がパワーがあるのかもしれない・・。涼子はその夜横に寝ている純一郎を見ながら着信ランプの付いた携帯の画面を遠目に見ていた“ミサ”着信タイトルが画面に流れる・・・もう寝ました〜?
画面の明かりが落ちると涼子は純一郎に背を向けるようにして寝入った。
数日後、涼子は和彦の元を訪れた、静岡には昼頃に着き和彦と富士周辺をドライブした
「涼子ちゃんこの辺の富士樹海は自殺の名所でね〜夜になったら出るんだよ〜」
「え〜本当!自殺は多いって聞くけど出るの!?」
「出る出る!昼間でも!」
「もー変な事言わないでよ、寒くなるじゃない!そんな事言うならこうしてやるわ〜」そう言うと涼子は和彦の太腿の辺りを悩ましく手を這わせた・・
「あっ・・駄目だよ涼子ちゃん」和彦は急所を突かれたように声をあげた
「運転中にそんなことしたら事故っちゃうじゃん」
「じゃー止まったら良いじゃない・・昔みたいにね〜」小悪魔的に涼子は和彦に言うと上半身ををそのまま和彦のもたれた
「オイオイ、涼子ちゃんイケないよ、君はもう人妻なんだから学生時代のようにはねー」
「イイじゃない誰も見てないし・・久しぶりに会ったんだから固い事言わないで学生時代に戻らせてよ気分だけでも・・」
「何かあったの?純一郎と上手くいってないのかい?あいつは優しいしイイ奴だろ?僕みたいに研究オタクじゃないし」
「イイ人かあ〜仕事と時間が純ちゃんを変えちゃったかな〜多分カーくんの知っている純ちゃんじゃないかもだよ今は・・・」
「そうなのか〜てっきり僕は2人は上手くいっているものかと・・」
「悪くは無いかな〜でも良くも無いかもよね単に一緒に住んでいて戸籍が一緒になっているだけかな・・生活に困ってるわけでもないから贅沢なのかもしれないけど」
「う〜ん結婚生活を知らない僕には何とも言えないかもだけど・・結婚生活ってイイもんじゃないの?まあ良い悪いの尺度や定義はわからないから決めようがないか・・」
そう言うと和彦は樹海入る脇道に車を走らせた・・
「凄いだろ・・少し中に入ると別世界だよ」
ゆっくりと樹海に続く未舗装の道に車を走らせながらうっそうとした樹海を見回した、未舗装の道が酷くなりそれより先は車も進めなくなった、車を止めると2人とも外へ出てみた
「ここで自殺者が多いのもあるんだけど、もうひとつは樹海に入りこむと方向感覚が無くなるんだ、しかも磁場の影響でコンパスや携帯の電波も無用になってしまうんだ、だから自殺を考え直して元に戻ろうと思っても戻れず連絡を取ろうと思っても取れず・・遭難ってパターンも多いかな。プロのハイカーでも難しいみたい」そう言って樹海の薄暗い空を眺めると自分が何処になるのかさえ分からなくなる感じがした。幸い車で入れる所まで来たので車で戻ればそれで済むのだがもし歩いて来ていたとしたら・・・薄暗い樹海の中で木漏れ日から差す光が涼子を照らしていた、涼子は額に手を当てて眩しく差す光を仰ぎ見ていた、和彦はおとぎ話に出てくる森の泉に光と共に現れる女神に涼子を写しみた気がした・・和彦が涼子の背後から抱きしめてうなじにキスをすると2人は自然に交わった・・
ドライブの帰り途に涼子は和彦の病院に立ち寄り持ってきた資料を和彦に見せた。 資料を観ているうちに和彦の表情が険しくなった
「う〜んこれはかなり進んでいるな、それに最悪な事に患部はすい臓のようだ・・」
「それってどうなの?今の医学なら大丈夫なんでしょ?」涼子はすい臓が無理だと言う事を知りつつも何も知らないふりで聞いてみた
「いや、すい臓だけは手が出せないんだ出したとしても大して効果は無いに等しいよ、確か涼子ちゃんのお父様もすい臓癌で亡くなられたんじゃなかったかな・・まあもっとも直接うちで検査をして僕が観たわけではないから何とも言えない面もあるんだけど・・言える事は直ぐにでもこの検査の主をここに連れて来て精密検査をしないと日々進行している事を考えると怖いモノがあるね、
この画像から判断すると2.8cm程度だから半年で握りこぶしぐらいにはなってしまう可能性があるね、そう考えると永く持って1年半、早ければ半年でアウトだね、でっ?誰なのこの検査資料の主は?涼子ちゃんの知り合いかい?」涼子は半年と聞くとさすがに愕然とし、その場に力無くへたり込んだ・・
「オイオイ、大丈夫かい?その様子からみるとこの検査資料の主は・・・純一郎かい?」
涼子はショックでうなずく事も動く事も出来なかった・・。
「その様子だと的中だな、本人は知っているのかい?これぐらいだとそんなに自覚症状はないんだけど右胸の奥当たり、背中を押されたような鈍痛があると思うんだ」
涼子は少し落ち着きを取り戻すと和彦に答えた
「いえ、何も言ってないわ、本人はいつも元気よ」