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僕の奥さんの話なんですけどね

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僕は木々に覆われた公園のベンチに座り
新緑の隙間から空を見上げた。

もう、昼も過ぎたというのに食欲はなく
あるのは眠気と脱力感だけだった。

小さな公園の隅っこのベンチから覗く空は
狭くて、遠くて、青くなくって
今の僕の心にはぴったりの空だった。

平凡な毎日が幸せであり、
僕の隣には、僕の大好きな奥さんが
いつも笑顔で寄り添って
二人で何もかも分かち合い
歳を重ね、墓に入っても
ずっと一緒だと信じていた。
いつ、どこで、歯車が狂ってしまったのだろう。
初めての不安が胸を苦しくする。

やだ、やだ、やだ、こんなのやだ。

僕はただ駄々っ子のようにしかめっ面になって
頭を掻いた。

なんで、普通じゃダメなんだよっ!
イライラした。
大好きな奥さんにイラついた。
どうして今頃、僕を苦しめるのさ?

僕は知らぬ間に、公園のベンチで風が冷たくなる時間まで
眠り込んでしまった。

会社から家に帰るまでの電車の中で
「そうだ、探さなきゃ」と、やっと思い立った。
だけど、僕は驚くことに奥さんの友人の電話番号など
誰ひとり知らなかった…。

いつものように、玄関の鍵を開け、ドアを開けると
昨夜とまるで同じように、リビングに明かりがついている…

帰ってる…。

「おかえり」
キッチンから、けして明るいとは言えないが
怒ってもいない、暗くもない様子の奥さんの声が聞こえた。

「た……ただいまぁ」
僕はとりあえず、奥さんの機嫌を損なわないよう
至っていつもと変わらないように振舞うことにした。

昨夜の無断外泊のことは聞かないでおこう…。

その夜は、金目の煮付けや筍の煮物、少し手の凝った
僕の好きな和食だった。

奥さんは僕と一度も視線を合わさず
黙々と食べる。
僕は何度も喉に飯がつかえそうになりながら
食事を終えた。

僕は奥さんが帰ってきた安心感と寝不足と
炭水化物のせいで、
急に眠気が押し寄せリビングのソファーで
歯も磨かずにすぐに眠りに堕ちた。

翌朝、奥さんが僕のそばにたって
たった一言

「ごめんね」とつぶやいたが、僕は寝ぼけまなこで
半分くらい夢の中だった。



「ピンポーン」家のチャイムが鳴った。

「ごめん」また奥さんが言った。


家具屋が二人がかりで、真っ赤なソファーを配達してきた。


「へ……? どうしたの?」

「だから、ごめんてばぁ」



奥さんの最初の「ごめんね」は何の「ごめんね」だったのか…
僕は想像はしない。

僕は奥さんに
僕の大好きな奥さんに、あの夜の出来事を尋ねる勇気は
なかったし、本当のことは知らないほうが良いこともあるんだ。



僕はリビングの真っ赤なソファーを見るたび
あの日のことを思い出す。




(僕の奥さんの話しなんですけどね/了)