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【短編】Lost Our SweetHeart

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 ケンジという名前だけで目的の人間を捜すのには時間と酷い手間がかかった。ムツキの友人はケンジに関する情報をまだ僕以外の誰にも話していないらしい。僕は警察より先にケンジを見つけるつもりだった。僕は絶対にケンジを、そしてその横にいるであろうムツキを見つけたかった。……たとえそのムツキがもう何も喋らなくなっていたとしても、僕は必ず彼女を見つけようと思った。

 ムツキが最後に見かけられた場所の近くのバーで僕はケンジの話を耳にした。時折ケンジと呼ばれる男性が店に来るのだそうだ。スーツ姿の長身のサラリーマンのようで、寡黙で自分のことはなかなか話さないらしい。僕は焦る気持ちを抑えてバーテンに礼を言って店を出た。夜風が冷たい。この二月の寒空の下、バイクで家に帰るのは辛そうだと思った。でももしかしたらムツキは今頃もっと冷たい思いを、と思うと体が更に震えた。

 ムツキの友達が言っていた。ムツキは彼氏のことが本当に好きだとよく口にしたと泣きながら彼女は告げた。全ての思い出を彼女に楽しそうに話すのだと。手作りのクッキーを喜んでくれただとか、夏の海を見に行っただとか、他愛もない話題を本当に楽しそうにムツキは彼女に語ったのだと言う。僕は胸が締め付けられる思いがした。これからの未来、もう彼女との思い出を作ることはできないのだろうか。




 そのとき、僕の横を長身の男が通り過ぎて行った。




 それはバーで聞いた「ケンジ」の姿に酷似した人物だった。僕は突然のことに息を呑み、怪しまれぬようにバイクを留めて彼の後をこっそり尾行する。この男がケンジなのか、何が何でも確かめたかった。

 男が自宅と思われるアパートに入った。古くも新しくもないアパートの一階に彼は住んでいるようだった。彼がドアの向こうに行ったことをじゅうぶんに確認してから、僕は部屋の表札を盗み見た。表札には小さく「田原兼治」と書かれていた。

 呆然としている僕の背景で事態はますます恐ろしいことになっていた。僕はひしひしと予感が現実になっていくのを感じていた。ケンジだ。ムツキを連れて行った、ケンジがここにいる。きっと、ムツキもここにいる。生きているかはわからないけれど。
 僕は拳を握りしめ、ケンジの部屋のドアを叩いた。

 だが、僕のノックはどうもケンジには聞き取れなかったようである。なぜなら僕がノックをしたまさにそのとき、女性の悲鳴が部屋の中から響いたからだ。

 ムツキだ。

 僕がドアを開けるより前に乱暴に扉は開かれた。中から転がるようにして裸足のまま飛び出して、ムツキが夜の道に飛び出していく。


 間に合った!


 だが僕はそれを喜ぶより先に行動に出た。僕は持っていたナイフでムツキを追おうとしていたケンジの腹部に深く突き刺した。ケンジは驚いたような顔をして僕の顔を見て、それから息絶えた。彼の手に握られていた包丁がかたりと乾いた音を立てて、夜道に転がった。



「……カネハル?」




一度は逃げたものの僕らのおかしい様子に気がついて戻って来たのだろう。僕の背後でムツキの声がした。


「……ムツキ!」


 僕は目の前の光景にまだぼうぜんとしているムツキを、力一杯抱きしめた。