ありふれた連絡網
西田が突拍子のない「提案」を叩き出してきたのはこの3日後の、放課後のことだ。
「なあ、俺たち三人だけの連絡網を作ってみないか?」
「は? 連絡網?」
西田の目がきらきらと輝いている。それはまさしくボランティア委員会、西田拓巳の顔だった。正義感と余計なお世話を足して二で割った顔。この顔につかまったら最後、逃げることは容易ではなくなる。
「黒田と沢木と俺で、三人の連絡網を作ろう。んで、進路について困ったり、何かあったらメールするなり電話するなりして連絡取り合う、みたいな……どう?」
「それだけ?」
ちょっときつい返答になってしまうが、問いかけずにはいられなかった。連絡網って、小学生でもあるまいし、何のメリットがあるって言うんだ。
ガタガタと机を引っかきまわし、帰り支度を進める周りの生徒の姿に逆らい、俺の机を囲む二人の空気が異常な空気に張り詰めて、なんだか妙な感じがした。落ち着かない。そう、あの道場で頬を擦った晩のように、落ち着かなかった。
「そんなの、連絡網作らんでもケータイがあればなんとかなるんじゃ……」
「絶対に連絡網のほうが面白いって! なんか秘密っぽくて面白いし」
いや、面白いかどうかは基準にならねぇから。
ずっと話を聞くばかりで押し黙っていた沢木がとつぜん口を開いた。動いた拍子にガタガタと、他の奴らとは違う理由で机が鳴る。
これは、イヤな予感がするぞ。
二年の頃からいつもそうだった、西田が悪巧みをして、沢木が便乗する。尻拭いもツッコミも、全部俺の仕事。
去年、二年時の文化祭直前の時期だったか。西田が「みんなの部活が終わってから、校内鬼ごっこしようぜ」と言い出したことがあった。三人とも所属している部活なり委員会が違うので、そんな意味のわからない提案に誰も乗るわけないと思ったのに、最終的に参加者は30名を超える数になっていたことを覚えてる。西田の情報網、おそるべし。ボランティア委員会で知り合った顔なじみの先輩を通して、演劇部と男子バレー部の生徒を巧みな話術で丸め込み(名が拓巳なだけに、漢字違うけど)そのまま放課後鬼ごっこを大成功させた野郎とはこいつのことだ。沢木も、野球部のノリの良い奴を上手く乗せて便乗しやがった。俺はなんとなく参加しないつもりでいたのに、当日巻き込まれたくちだった。結局、無断で放課後の校内を走り回っていたことが用務員を通じて担任や顧問に明らかになり、一週間の体育館掃除を言いつけられる羽目になったことを、俺は忘れていないぞ。
三年生になってまで、こんな不毛な役割を押し付けられるのはまっぴらゴメンだ。
「いいなあそれ!」
ほらきた、声がデカい。
「ちょっと静かにしろよ」
「わり。いやーそれいいと思うぜ、俺的に! 三人だけの連絡網とかワクワクするし! 夏体まで練習に忙しいから、課題のやり方とか、教えてもらえると有難いし! なっ、黒田」
「なぜ俺に同意を求める?」
「黒田数学得意じゃん、簿記とかその他諸々教えてくれよー」
「ヤだよめんどくせぇ」
しかし、西田は沢木の言葉に全力でうんうんと頷いている。頷く奴の茶髪が風に揺れた。根元が黒く伸びてきている。見苦しいから早く染めろ。てか、自毛じゃねぇじゃんやっぱ。
「いいねえ、いいねえそれ! 俺は現国と英語それなりに得意だから、そっち系はまかせろ」
威張って言うセリフか。二人とも理数系苦手ってことは、全力でアテにされるフラグじゃねぇか。
「なーなー、やろうぜ連絡網! なあなあなあなあ」と言いながら、ガタガタと椅子を揺らす二人の声が鬱陶しい。その椅子お前らのじゃねぇだろ。
「ね、期間限定でやってみようよーお試し期間3ヶ月くらいで、マジで嫌になったら直ぐに止めてくれて構わないし、そしたら黒田にもあんまし迷惑かけないだろ?」
縋る声は苦手だった。弟が一人いるから、俺はこういう率直な甘えにとことん弱い。捨てられた子犬の目で俺を見るな。
拾って世話をする羽目になるのは誰だと思っているんだ。
そして沢木、お前の顔はダメだ。三白眼が奇妙にねじ曲がって、なんか気持ち悪い。捨てられた子犬っつーよりこいつの場合、野放しにされたドーベルマンだ。
「はあ」
ため息混じりに空を振り仰いだ俺のことを、きっと誰も責められないはず。
こんな場合にどう動くことが正解なのかを、先生方は会議内で指導案として顔つき合わせて話し合うべきなのではなかろうか。つくづくそう思う。懇願されるのは本当に苦手なんだ。
切り抜けようにも、逃げ場がない。こいつらは男子だ、男子トイレにも逃げられない。
どうする、俺。ライフカードはもう2枚しか残ってないぞ。
ちなみに、そのライフカードのうち1枚は「そのまま放っておく」で、もう一枚は「全力で止める」だ。一枚目のほうはたしか、去年の校内鬼ごっこ事件の時にも使った気がする(そしてことごとく失敗に終わった)な。まあ、どうでもいいけど。
余計な体力を消費したくないので、前者に一票を投じよう。もしこの時、朝のコンビニで買っておいたコロリーメイトバナナ味が残っていたら、俺の選択は変わったのかもしれないが、そんなもの、後の祭りだった。
だいたい、転がる日常なんてそんなもん。