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 受験は元々孤独な作業だと思う。けれど、商業高校の受験はそれ以上に孤独になる気がするのは俺だけだろうか。
 4月の真新しい新鮮な空気をぶち壊すような担任の声が、こんなに憎らしく思えたことは今までなかった。
「来週までにご家族とよく相談して、提出するようにね」
 優しげな顔立ちに不釣り合いな優しくない言葉。男性教諭の顔を見るともなしに眺め、けだるいため息が花粉混じりの空気に溶けた。
 手元のプリントを見やる。そこには「第三回進路希望調査」の文字がおどっていた。
 コノヤロウ、今すぐにでも踏み潰して逃げてしまいたい。
 二年生の頃から漠然と将来自分が何をしたいのか考えてきたけれど、その度にとんと、答えが出た試しがなかった。
「なあ、第一希望どこにする?」
 窓際の前から三番目、俺の前に座っていた友人の声に気づくまでに、時間がかかった。
「あーうん、どうしような」
 まるで答えになっていない声が出てしまったのは、考えずに言葉が滑り落ちてしまったからだ。
「俺はさ、下の子が多くて家計に余裕ないらしいから、就活して大人しく就職する気でいるんだ。実質、選ぶ余地無しってやつ、黒田は?」
 俺の机に自分の調査票を広げ、シャーペンで一番上の欄にでかく「就職!」と書き勇んでいる男の名は西田。確か、ボランティア委員会に所属していた。控えめな茶髪は校則違反ギリギリなんだろうが、自毛と言い切って服装検査を切り抜けているらしい。募金活動の折によく朝早くから正門に立って、いそいそとすばしっこく動きまわっていた。こいつの実家はこの町では珍しい大家族で、弟と妹が下に4人もいるものだから、学費が足りなくて大変なんだろう。上って損な役割だよなとつくづく思う。俺の家は2人兄弟だ。それでも家計は苦しいのに。
「まだよくわかんねーや、帰ってからもう一度、相談してみるつもり」
 誰に、とは言わなかった。
「黒田の家は今年弟が中三になるんだっけ? そうしたら俺たちと同じ三年生だな! 家に二人も受験生がいたら親が大変だろうなあ」
「んなことない。単純に兄弟の多いお前のほうが大変だろ」
「どの家も他人のことが見えないものだから、良く見えるだけだよ。俺から見ればお前の家だって、良い様に見えるもん」
 高校生の会話とは思えない世知辛い談笑に、別の野郎の声が重なる。
「おいおい、二人して何をしかめっ面してんだ」
 容赦なく俺の首を締め上げてくる腕は、未だ春先だというのに随分と日に焼けて浅黒い。慌てて回されてきた腕を外そうと首に指をかけると、すんなりそれは外れてしまった。戯れるなら、もう少しソフトにしろよ。
「沢木」
 突然の闖入者に、俺と西田の声が重なる。沢木はボーズ頭をぺち、と叩きながら俺たちと同じように机上にプリントを広げてみせた。奴は野球部のレフトだかどこだかを守っていると、いつか聞いたことがある。
 基本的に、この高校には二年以降のクラス替えというものが存在しないので、二年時のクラスメイトはそのまま三年に持ち上がる。西田と俺と、沢木はその頃からの馴染みだった。班が一緒になったことをきっかけに、こうして休み時間や放課後、他愛ない会話を咲かせるくらいには親しい仲だ。
「あれ、沢木は特待も推薦も使わないつもりなの?」
 西田は悪気なく言ったんだろうが、一瞬沢木の表情が固まる。見逃しておけばよかったとすぐさま後悔する。
あ、これはまずいかもしれない。
 思った俺は、何気なく、フォローの言葉を挟む。
「そういやこの間、俺やっぱ専門に進むわとか言ってたもんな」
 そうなんだよ、と沢木がいつもの調子を取り戻す。それほど気にしてはなさそうだ。元来うじうじ悩み込むタイプではなかったので、大丈夫なのだろう。
「うん。まあ、その、なんだ……。特待や推薦で進学できる生徒はお前らが思ってるよりずっと少ねぇもんなんだよ。ウチの学校サッカー部に比べて弱小だし、勝たなきゃ学校の名前もクソもねーからさ。下に出来の良い妹いるから、親の期待とか進学はそっちに任せるつもり」
 沢木は何気なく言ったつもりだろうが、俺と西田は少し、いや、だいぶ面食らってしまう。こんなにさらりと言えるセリフなのか、それは。
 運動部してる奴らって皆、こうして何も考えてないようで色んなことを考えているもんなのかな。
「この学校、就職にはそこそこ強いけど進学には不利だし。部活も続けば8月以降行くけど、」
 その後の言葉はさすがに、続かなかった。
 まあ、言いたいことはよくわかる。それを言葉にするところまでは躊躇われる気持ちも、俺なりに想像はついた。
 三人とも、この進路調査票に書いた進路がそのまま未来の自分の進路になるなんて、思っちゃいない。けれど、否応なく提出期限が迫ってきてしまうから、少しでも興味のある、現実的な目標を嘘のように綺麗に並べ立てているだけ。意味なんてどこにもないんだ。
 皆それをどこかでわかっていながら、目を背けてまっとうな4月の空気を吸い込んでる。


作品名:ありふれた連絡網 作家名:しゅのん