小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ありふれた連絡網

INDEX|2ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 



 昨日の晩に、背骨がじりじりと炙られるような焦りを感じた。
 射上に入り、弓を手にしても、矢の手入れをしてみても、落ち着かない感じは変わらなかった。
中学から続けてきた弓を、高校に入学してからも毎日欠かさずに続けてきた。社会人に混じり、午後18時から19時半までの練習に当てるこの時間が、何よりも好きだった。
 けど、今夜はどうしてか、落ち着かない。
 10人が一度に入ることのできる射上の前から5番目、近所のおばさんだろうか、少し恰幅の良い女の人の真後ろに一礼をし、射位(射場内の弓を射る位置)に移動する。
 弓構え、取りかけを済ませ、弓を引き始めた時にはもう遅かった。
「あっ」
 俺の放った矢は、真っ直ぐ的に届くことなく、矢道(弓道施設内の、射場から的場までの矢が飛ぶ場所)へ突き刺さる。
 思わず、体勢を崩し、右頬に手をやる。じんじんと痛む頬から察するに、矢を放った瞬間に弦が頬にかすったんだろう。頬を擦るなんて、弓を始めたばかりの、初心者の頃にしか経験してこなかったから、俺はただ呆然と、その場に立ち尽くしてしまった。
「ちょっと黒田くん、キミ、大丈夫かね?」
 声につられて背後を見る。すると、道場で弓道教室を開いている、甲賀範士が心配そうな顔で俺を見つめていた。かすった頬を見て、言う。
「君が初矢で頬を擦るなんて、珍しいこともあるもんだ。はやく擦った場所を冷やしてきなさい、跡が残ると治るまでに面倒だからね」
「……はい」
 今日はついてない。大人しく、言葉に従うことにする。もともと焦っていた自覚はあるけれど、まさかこんなことになるなんて。
 結局、その晩の練習はそれきりになった。せっかくの練習時間が勿体無いと感じた。
 俺は今年で高校三年になる。中学では部活として弓道をしてきたけれど、高校へ入学してからは弓部が校内に無かったこともあり、自分で教室へ足繁く通っては、個人練を続けてきた。受験の時期が近くなったら、この教室通いも数ヶ月間、休むつもりでいたのだ。
 だから、この学校帰りに教室へ通うことのできる1時間半は、たったそれだけの時間でも、俺にとっては誰にも邪魔されない大切な時間だった。
 氷と水の入ったビニール袋をゴムで縛り、男子用の控え室でパイプ椅子に座り頬を冷やしながら、盛大にため息を吐き出し、肩を落とす。
 そういえば中学の頃、同じように頬を擦った時も、先輩に注意されたっけ。
「黒田は矢筋に感情が乗りやすい。気が散っている時には射上に立つな、怪我するから」
 毎日あたり前のように顔を合わせ、注意やお説教を喰らってきたことを思い出す。
 わかってますよ、それくらい。
「ついてねぇ」
 ホント、ついてねぇ。


作品名:ありふれた連絡網 作家名:しゅのん