ありふれた連絡網
昨日の晩に、背骨がじりじりと炙られるような焦りを感じた。
射上に入り、弓を手にしても、矢の手入れをしてみても、落ち着かない感じは変わらなかった。
中学から続けてきた弓を、高校に入学してからも毎日欠かさずに続けてきた。社会人に混じり、午後18時から19時半までの練習に当てるこの時間が、何よりも好きだった。
けど、今夜はどうしてか、落ち着かない。
10人が一度に入ることのできる射上の前から5番目、近所のおばさんだろうか、少し恰幅の良い女の人の真後ろに一礼をし、射位(射場内の弓を射る位置)に移動する。
弓構え、取りかけを済ませ、弓を引き始めた時にはもう遅かった。
「あっ」
俺の放った矢は、真っ直ぐ的に届くことなく、矢道(弓道施設内の、射場から的場までの矢が飛ぶ場所)へ突き刺さる。
思わず、体勢を崩し、右頬に手をやる。じんじんと痛む頬から察するに、矢を放った瞬間に弦が頬にかすったんだろう。頬を擦るなんて、弓を始めたばかりの、初心者の頃にしか経験してこなかったから、俺はただ呆然と、その場に立ち尽くしてしまった。
「ちょっと黒田くん、キミ、大丈夫かね?」
声につられて背後を見る。すると、道場で弓道教室を開いている、甲賀範士が心配そうな顔で俺を見つめていた。かすった頬を見て、言う。
「君が初矢で頬を擦るなんて、珍しいこともあるもんだ。はやく擦った場所を冷やしてきなさい、跡が残ると治るまでに面倒だからね」
「……はい」
今日はついてない。大人しく、言葉に従うことにする。もともと焦っていた自覚はあるけれど、まさかこんなことになるなんて。
結局、その晩の練習はそれきりになった。せっかくの練習時間が勿体無いと感じた。
俺は今年で高校三年になる。中学では部活として弓道をしてきたけれど、高校へ入学してからは弓部が校内に無かったこともあり、自分で教室へ足繁く通っては、個人練を続けてきた。受験の時期が近くなったら、この教室通いも数ヶ月間、休むつもりでいたのだ。
だから、この学校帰りに教室へ通うことのできる1時間半は、たったそれだけの時間でも、俺にとっては誰にも邪魔されない大切な時間だった。
氷と水の入ったビニール袋をゴムで縛り、男子用の控え室でパイプ椅子に座り頬を冷やしながら、盛大にため息を吐き出し、肩を落とす。
そういえば中学の頃、同じように頬を擦った時も、先輩に注意されたっけ。
「黒田は矢筋に感情が乗りやすい。気が散っている時には射上に立つな、怪我するから」
毎日あたり前のように顔を合わせ、注意やお説教を喰らってきたことを思い出す。
わかってますよ、それくらい。
「ついてねぇ」
ホント、ついてねぇ。