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千歳の魔導事務所

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 所長の表情は険しい。なにかに苛立っているようで、基本的に陽気な所長がそんな表情をするのは貴重だったので、私は思わず緊張してしまう。

「異常というか異端というか、あんまり根拠の無いことは信じたくないんだけど、嫌な予感っていうのかな、そーいうのがするんだよね……」

 言いながら天井を仰ぐ所長。私には異常も何もわからないのでとりあえずそうですか、と相槌をつくしかなかった。

「だからちょっとだけ今回は関わってみようと思う。あいつらに先を越されると今回はよろしくなさそうな気がするんだ」

「そうかい、まあここが嗅ぎ付けられるような事が無ければ俺は別にいいんだがな。くれぐれも慎重にな」

 さも他人事のようなセリフを口にするレオだが、そんな事を言うやつは大抵意にはそぐわない事を私は知っている。

 そのレオの言葉に少しだけ表情を柔らかくして所長は答える。

「何を言ってるんだレオ、お前も働いてもらうに決まっているだろう。お前がそうして止まることなく動いていられるのは一体誰のおかげだと思っている」

 言われてレオは眉をひそめて所長に猜疑のまなざしを向ける。

 その作りこまれた細部は手先足先尻尾先はおろか表情まで自由に動かすことができるようで、レオは意外と喜怒哀楽は激しかった。

「く……百歩譲っても魔力自体は孤都のものだがな。まあわかったよ、こんな体でできることだったら協力するよ、なあ孤都」

 言って翠色の目をこちらに向けるレオ。所長を見るとこちらを見て微笑んでいる。

「ま、できるだけやってみましょう。私にもできることがあれば」

 小さな好奇心が、私の表情や言葉ににじみ出ているのを、私は自覚していた。








 次の日。私は夏の街を駆け抜けていた。

 夏休みに入ってからというもの、外出といえばクーラーの効いた事務所か三駅離れた街へ買い物に行く程度しかしていなかった為、それじゃあまりにも不健康だろうということで、殊勝な私は自らの体の健康を想いまだ午前中だというのに気温三十度を越えようかというこんなクソ暑い中カッコイイ自転車でこんな事をする羽目になったのよこんちくしょう。

 もちろんそんな自身の健康などという酔狂な理由でここにいるわけではない。文明の利器に頼り切った現代っ子をなめるな。

 昨日事務所で話し合った結果、先ずは現状把握をすることが第一ということだったので、私の目下の担当として被害範囲の調査があてられた。その為私は(所長の)自転車を駆り舞樫市を奔走することと相成ったのだった。

 調査の仕方は至ってシンプルで、私は例の『かけると魔力が見えるメガネ』をかけて舞樫市内を中心に自転車で流していき、街の人々の魔力の残量をさりげなく見ていくというもので所長曰く、このメガネで魔力が見えなければそれは今回の被害者と見ていいそうだった。

 そしてとりあえず市内を見回ってみてそれ以上広範囲に及ぶようだったら、後はできる範囲で構わないとのお達しだった。まぁ軽い運動気分で回ってくれと。

 沈む気分とは裏腹に、このカゴがついてないハンドルが横一直線になっている完全なスポーツタイプの、所長愛用の自転車は軽快に生ぬるい風を切る。所長の苗字よろしくタイヤ以外のほとんどの部位が赤く、それなりのスタイルの人が乗っていれば格好のつきそうなものなのだが、いかんせん私がそうであるかは疑問なところではあったどうでもいいですけどね別にさ。

 この舞樫市は駅前こそショッピングモールを中心にそれなりに都会的に栄えた光景も見受けられるのだが、そこから自転車で二十分も行ってしまえば茶畑や管理林、何年も前から変化の無い更地やまさかの田園風景まで広がるステキな街だ。都会と自然とが共存する、ある意味恵まれた環境とはこのことを言うのかもしれない、私はこんな地元が割りと好きだった。

 だからこの地元で一体何が起ころうとしているのか、それが良いことなのか悪いことなのかさえもわからない現状は気持ちが悪く、何一つ日常と変わらないはずのこの風景もなぜか危うい、絵に描かれたような儚さをどこかで感じるのだった。

 途中、休憩がてらさりげなく公園に立ち寄ることにした。入り口付近に自転車を留め、日陰になっているベンチに腰を下ろす。公園内では小さな子供達が汗だくになりながら楽しそうに駆け回っていた。別の日陰になっているベンチのところにはこの子達のお母さん達だろうか、三人の女性が談笑していた。

 見るからに微笑ましい光景だった。だけどこのメガネ越しにそれを見ていた私は複雑な心境でその光景を見ることしかできなかったのだった。

 時刻はそろそろお昼ごはんを食べるに丁度いい頃合に差し掛かる。談笑していたお母さん達も気づいたのかそれぞれに子供達に声をかけた。

 私もそろそろ行こうかと自転車の後輪の止め具を足で跳ね上げた。そして最後にもう一度、公園を出ようとしている親子達に目をやると、些細な事かも知れないがある事に気づいた。

 親子達は手をつないで歩き出したところだった。その親子達は親一人につき子一人、全員で六人いてそれぞれ一人ずつ手をつないでいて、見たところその内の四人が魔力が無くなっていた。

 そして無くなっていない残りの二人というのが親子だったのだ。つまり四人が親子共々魔力が無くなっていて、無事の二人が親子関係にあるということだった。

 確かに、そういえば昨日ショッピングモールで見たときも沢山魔力が無くなっている人達がいる中で丸々被害を免れた家族が何組かいた気がする。その時は気にはしなかったが、もしかしたら何か意味があるのかもしれない。

 つまり魔力が無くなる事は家庭環境に少なからず関係があるということか、それともたまたま被害に遭わずに済んだだけか。

 今の時点では何もわからない。情報が少なすぎた。





 お昼は駅前のファストフード店で済ませた。夏休みということもあってか同年代の男子高校生やまだまだ垢抜けない女子中学生といったグループが見受けられた。彼らが騒いでる横で我関せずといった様子のサラリーマンのおじ様やOLのお姉さま方が黙々と本を読んだりコーヒーぽいものを飲んでいるといった様子だった。

 私も普段なら騒がしいグループの方に属するわけだが今日は残念ながら単独行動、若い子達を客観的に見てなんだかちょっとだけ羨ましいような気もする一方で、同属嫌悪なのかただ単に騒がしいのが目障りなのか、そんな気持ちにもなってしまった。

 せっかくの夏休みだし今度友達のミキでも誘って遊びに行こう、そういえば今年は海にも行ってないなぁ、今回の事がひと段落したら残りの夏休みは思いっきり遊ぼう。なんて事を楽しそうに騒いでいる彼らを横目に思ったりした夏の午後だった。



 早々にジャンクフードを食べきった私は、自転車を引いて少し大きめの駅前には必ずあるような、あの駅周辺の地図が書いてある案内板の前に来ていた。今日調査した範囲と、これから回るべき範囲を確認するためだ。と言っても午前中のうちに市内のめぼしいところはほとんど回りきっていて、後はちょっと一駅、二駅先まで足をのばした市外まで見てみるだけだった。
作品名:千歳の魔導事務所 作家名:こでみや