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千歳の魔導事務所

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「与那城ちゃんは普通の女の子だよ。今日まで魔術はおろかオドの存在すら知らなかったくらいの一般人だったんだ。だからそれじゃあんまり危なっかしかったから今日ここに連れてきたってわけ」

「マジか。よく今まで連中に見つからなかったな……それで、俺を紹介したっていうことはこの子これから「キャーーーーーー!」

 絹を引き裂くような、なんていう程でもないが十分な悲鳴。誰の? 私のだよ。

「ステキですステキです! なんですかこれすごい! え、どうやって動いてるんですかこれ機械? 手品? 腹話術!? 生きてるみたいじゃないですかすごい! 触っていいですか? やだかわいー! すごいー!」

 いやホント、なにこれすごいかわいい。

「……良かったね。動いても気に入ってくれているようで」

 赤嶺さんが困ったように笑っていた。レオは私の胸元で迷惑そうな顔をしている。

「で、与那城ちゃん。これは提案なんだけど」

 レオをいじる動きが一瞬止まる。その瞬間を見計らっていたのかレオはするりと私の手をすり抜け跳躍し、赤嶺さんの肩へまた着地した。そこが定位置なのだろうか、いいなぁ。

 私は姿勢を正して答える。

「はい、なんでしょうか」

「おぉ……切り替えは良いのね。まぁその、さ、うん。ここでバイトしてみない?」

 言われて私は考える。丁度バイトも探していたし、赤嶺さんには助けられた恩もある。

 何より面白そうだ、と私の全身は満場一致だった。

 怪しい事務所の怪しい女所長に、返事をするのには五分もかからなかった。








 昼食から事務所に戻った私達は各自のデスクに着いてそれぞれの作業をしていた。所長は作業室ではなく入り口から入って正面の、この事務所で一番大きな机で書類の整理をしているようだ。机の上には色とりどりのファイルが並べられていて、時折所長は私に書類の在り処を聞いてくる。

 主にこの事務所での私の仕事というのはこういった書類の整理整頓、庶務雑務。時折所長の怪しげな実験にも協力させられたりするが基本的にはそんな感じだった。

 私の専用の机というものも有り、それは所長の机からみて左手、丁度垂直の向きになるように小さく存在していた。ちなみに応接用ソファというのはその二つの机からの視線が丁度交差するような位置にある。

 私は今日はもう午前中に一通りの仕事(掃除だけど)は終えていたので、自分の机で英語の教科書の和訳なんかをしていた。

 特に事務所として急ぎの仕事もなく、かといって個人的な用事もないときの日常的な風景ではあった。

 しかしそんな日常も、そろそろ忙しくなってなくなってしまうのかな、という予感が私にはあったのだった。そしてそれは恐らく、所長にも。

「で、どうだったんだい収穫の程は?」

 まず言葉を発したのは私でも所長でもなく、私の机の上の隅っこで肩肘を突いて寝転んでいる、猫の顔をした北欧風の人形だった。動く猫人形、レオだ。

 私は所長を一瞥するが、所長は聞こえていないかのように書類の整理を進めている。レオも明らかにこっちを見て言っているので、私はノートに書き込む手を一旦止める。

「あんまり良くないっぽい。今日見た人の七割は魔力、無くなってたよ」

 そう、あくまで七割だった。十割ではなかった。

 残りの三割の人は普通に魔力を纏っていたし、特に変わったところも無かった。ただ魔力の無かった人々にも、二週間前とは違うある違和感があった。

 魔力が無くてもその他の変化が見られなかったのだ。要するに疲れていたりくたびれた様子が無かったのだった。

「きっと犯人は二週間前とは同一人物だろうけど、やり方が上手くなったって事なんだろうな。にしても七割ってまたすげぇ人数だな、そんだけのオド集めて一体なにしようってんだろうなぁ?」

 レオが両腕を頭の後ろに組んで枕にするように仰向けに体勢を変えながら言う。

 七割というとこの舞樫市(まいかしし)の人口が約十一万人らしいので、大体七、八万人というところか。尤も、被害者の集中している範囲も規模もわからないのでまだなんともいえないところなのだが。

「でもほっとけばいいじゃねぇか。どこのどいつが何をするかは知らねぇがそんな大規模な事しようとしてるんならいずれ連中が嗅ぎ付けて粛清にでもくるだろ。何もわざわざ突っ込んで危ない目に遭うのも馬鹿らしいじゃんか」

 それも尤もな意見だった。そして同じような事を私は昼食から帰る途中に所長と話している。所長はまだ書類とにらめっこしているので私が代わりにレオに答える。

「まずその『連中』がここに来るのを避けたいんだってさ。この件と関係が無くてもその人達の調査で私達がいるのがばれる可能性が少しでもあるなら、所長はその不安の芽を摘んでおきたいんだって」

「そーいうもんかね」

 くああ、と猫らしい、猫にしか見えないようなあくびをするレオ。聞いておいてどうやらあまり興味がないみたいに見える。

 連中、というのは私も良くは知らないが、どうも大規模で魔力の管理をしている機関の人間の事らしい。魔力というのは使い方次第では人間が滅ぶような恐ろしい事にも利用可能だという。だから悪用されることのないよう、管理する機関が実は世界中に存在しているとのことだった。

 優れた科学は魔法と変わらない、なんて誰かが言っていたけれど、なるほど科学が無秩序に悪用されることを考えたら、魔力も同じように管理されることにも納得がいくというものだ。

「でもさ、人数が増えてたのはともかく、魔力なくなってるのにみんな平気そうなのはなんでなんだろうね?」

 私が言うとレオの耳がぴくぴくと動く。この猫人形、大まかな仕草は人のそれのくせに耳やひげ、尻尾といった細かい部分は妙に作りこまれていたりして時々人形だということを忘れてしまう。

 動く時点で人形ではないというならばそこまでなんだけれども。一度猫じゃらしのおもちゃを持ってきたりしてみたが、彼の中身はやはり人間らしいので全く興味を示してもらえなかった。時々不要になったそのおもちゃで私の首筋を撫でたりしてくるから困る。

「それはあれだろ。オド……いや魔力? とにかくそれを根こそぎ奪ってもう回復しないような処理を同時にする方法でも編み出したんだろ。そうすれば体が魔力を回復しようとしないから余計な体力を使わずに済むとか、そういうことじゃねぇか」

「そうなのかなぁ。でもそれだと色々まずいんじゃない? 魔力ないと精神が安定しないんでしょ、それでこの人数が異常をきたしたらかなり大事になると思うんだけど。犯人はそれでもかまわないのかな」

「だったらなおの事、大人しく静観してればいいんだよ。本当に干渉する気なのか、千歳?」

 所長は手を止めてようやくこちらを見た。デスクワーク用のメガネを外して一つため息をつく。体重のかかった椅子の背もたれがギシギシと音を立てる。

「んー、確かに関わらないでおいてもいいんだけどね、その方がリスクも少ないだろうし。ただ今回のこれはちょっと異常だと思う」

「異常……ですか」
作品名:千歳の魔導事務所 作家名:こでみや