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千歳の魔導事務所

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「確かにありますけどね。小学校低学年くらいの頃だったと思います。テレビ番組でそんな特集をやってて、その夜眠れなくてお母さんと一緒のベッドに潜り込んだ覚えがあります」

「またそれは可愛らしいエピソードだこと」

 ふふっ、と背中越しでも赤嶺さんが笑ったことがわかる。子ども扱いされたようでちょっとだけ耳から頬にかけての体温が上がった気がしたが、こっちを向いていなければ見えることも無いだろう。

「まぁそれはさておき、なんとなくイメージでいい、死後の世界とやらがあるとしたらそこへ行く君はどんな姿をしている?」

 死後の世界の自分の姿……? そんなものは聞くまでもなくこの自分の姿だ。死神になったり天使になったり、そんな事を考えるほど私の頭はファンタジーじゃない。
                                                ・・・・・・・・・
「そう、大体の人は生前の自分の姿を想像するだろう、服も当然着ているだろうね。じゃその死後の自分、一体何でできている?」

「なにでって……想像でしかないですからそんなのわかりませんよ。なんかこう……霊的な何かじゃないですか?」

 イメージしたのは幽体離脱。死に直面した人がよく体験するというアレだ。床に伏している自分を離れたところから見てる、そのとき自分は他の誰にも感知されることはない霊体でいて、基本的に短時間で元の体に戻るという話。まぁ戻らない例もあるのだろうが、そんな話は聞いたことが無い。そりゃあ無いよね。戻らなければ話されることはないからね。

「『霊的な何か』限りなくアバウトな答えだがある意味正解でもある。ソレを示したくとも適切な名詞がわからなく、仕方なくそれに近しい言葉を以て表現せざる得ないことはままある。今、与那城ちゃんはイメージしたソレを『霊的な何か』と言ったわけだね」

 そんな色々考えて言ったわけではないけれども。表現のわからないものといえば、今赤嶺さんが書いている文字も私からしてみれば『英語っぽい文字』と表現するしかなく、こんな掴みどころの無い会話をしているとその文字が何か不気味な呪文のように見えてきてしまう。

「そうですけど……じゃあその『霊的な何か』がさっき言ってた『魔力』だっていうんですか?」

 だとすると割りと簡単な話だった。だけど。

「そうは問屋が……」

 赤嶺さんが言った――そして妙な間。

「……下ろさないんですか」

 おろさないのよー、と。文字を書き終えたらしくこっちを向いてにまっと笑う赤嶺さん。どうもこの人にさっきからからかわれている気がしてならない。

「そんな仰々しいものでもなくて、そんなものはただの『精神』でいいんだよ、生物が生物であるためのもの。無生物と生き物との絶対的で決定的な違い、それは『精神』があるかどうかだ。そんな目に見えない、存在の証明もままならないもの。だが確実にあるその『精神』を『精神』たらしめるもの、それこそが『魔力』なのだよ」

 なのだよって言われても抽象的でよくわからない。しかしホワイトボードを背にスーツでなにか説明する女性と、それを聞いている制服女子高生、傍から見たら塾かなにかの個人授業のように見えるだろう。話している内容はともかく、状況は似たようなものだ。

「……まだよくわからないって顔をしているねぇ」

 だってまだよくわからない。

 赤嶺さんは言う。

「ではここで一つ問題だ。過程や方法はどうでもいい、今、まさにここで君の完璧な複製を作ったとして、ではその複製、正常に活動することができるか?」

 よくわかってないって言ってるのにさらに混乱させるようなことを投げかける赤嶺さんは、ことのほか楽しそうにみえた。

「クローン、てことですか?」

「いや、クローンとは違う。今まで生きてきてここにいる君を、なんらかの方法で血肉から細胞の一片に至るまでここで『コピー』するんだ。そーいう考え方で」

 つまりゼロから私をもう一人作るんじゃなくて、できあがった私をもう一人作るということか。……でもそれは、それこそ過程や方法の問題だが手順が違うだけで結局は変わらないんじゃないか?

「それでも……やっぱり普通に『生き物』として行動できるんじゃないですか?」

 私が私と会話したりするような、そんな漫画みたいな展開を想像したが、やっぱりそんなことは妄想の中だけの話なのであって。

 赤嶺さんはホワイトボードを離れ、私の向かいに座りつつ答える。

「ところがこの場合、その『コピー』の与那城ちゃんは活動しない。ちょっとアレだけど、言ってしまえば与那城ちゃんの死体のようなものになってしまうんだね」

 あぁ、なんだか穴だらけの理論のような気がするけどなんとなく掴めてきた。

「体をコピーしただけで、そこに『魔力』と『精神』が存在しないから、ですか」

「そういうことだね、うん、なかなか理解が早くていいね。ちなみにクローンだったらそのクローン独自の精神が宿るから問題ない。あくまでクローンは使用済み設計図を予め用意するだけで、その後の成長に関しては普通の生き物と大差ないのだからね……っと、ちょっと話がずれたか。つまり『魔力』と『精神』は密接な関係にあるということが言いたいのであって、精神を保護し安定させる役割として魔力が存在するわけだ」

「だから魔力がなくなると精神に異常をきたすというわけですか」

 そういうことだね、と満足そうに微笑む赤嶺さん。どうやら赤嶺さんの個人授業は終わりを迎えそうだった。時刻は午後八時を回っていた、そろそろ帰ろうかと思い、紅茶を一息に飲み干したところで――。

「ちなみに魔力に関しては割りと重要な国家機密だったりするから、くれぐれも他言無用でお願いね。もし知ってることことがバレると変な研究機関に拉致られることになるから気をつけてね」

 だったらなんで教えたんだと、恨みがましい視線と半ば妄言としか思えない言動に対する奇異の視線を赤嶺さんに送る。そんな私の感情を知ってか知らずか、赤嶺さんは立ち上がり私に少し待つように言い渡して部屋の奥の扉に消えていった。

 正直な話、魔力云々の話しはほとんど信じられなかった。それまで普通の一般人として暮らしてきた私には縁のない話だと思っていた。だけどつい昨日、赤嶺さんと出会ってから少しずつその常識が侵食されていくのが自分でもわかった。

 自分が恐かった。少しわくわくしている自分が恐かった。

 赤嶺さんが奥の扉から出てくる、その両手に抱くような形で何か持っているのがわかる。

「それは……人形……ですか?」

 赤嶺さんが持ってきたのは等身の高い、厚めのシャツとオーバーオールを着たどこか牧羊的な雰囲気のある人形だった。イタリア辺りで小麦でも狩らせたらさぞ映えるに違いない。

 ただその袖からみえる腕とこちらに向いた顔は人のそれではなく、凛々しい顔つきの、それこそ黄金の小麦畑を思わせるかのような毛並みをした猫だった。翠色の瞳はまるで生きているかのような意志を宿しているようで、実際の生き物を剥製にしたかのようだった。

 再び私の前に座った赤嶺さんはそれをテーブルに立たせた。
作品名:千歳の魔導事務所 作家名:こでみや