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千歳の魔導事務所

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 所長の主婦に対する偏見はともかく、言っていることには概ね同意だった。

「それで、どのくらいの人がやられてるのん?」

 言葉こそお気楽だが所長の表情は真剣だった。あ、お仕事モードな感じですか。メガネを外して私も優等生モードの頭を事務員モードに切り替える。

 切り替えたところでなにもないけど、そういう一線を引いたほうがほら、なんかかっこいいし。

「その前に、このメガネ別に壊れてないですよね? 確かなんか物理的に破壊されない限りは役割は失わないとか言ってましたけど」

「あぁ、それについては大丈夫だ。レンズ自体に加工が施されているし、フレーム部分もチカラが伝わりやすいように、そうだな、伝導体みたいなものでできていると思っていい。作り自体は単純なんだよそれは……てことはなんだ、まさかとは思うが」

「おそらくそのとおりです」

 合点がいったようでため息をつき、眉を顰めて腕を組み、まさに『それは困ったぞ』というようないいリアクションをする所長。

 ……このメガネはかけることで『物体の持つエネルギー』を視ることができる。言い方は多々あれど、私と所長の間ではそれを『魔力』と呼んでいた。

 それは普通ならば誰しもが持っているもの。通常ならこうして視る景色はエネルギーに満ち満ちているはずだった。しかし――。


「とりあえずここにいる人達みんな、魔力が根こそぎ無くなってます」


 事は割りと重大のようだ。

 一応首都圏でも片田舎。そんな小さな街での新聞にも載らないこの事件。後に思えばここから私、与那城孤都(よなしろこと)の苦労は加速していったのだった。








「気、オーラ、フォース、波動、妖力、巫力、生命力。オリエンタルパワーにオレの隠されたる第六のチカラ。与那城ちゃんもどっかで聞いたことあると思うけど、残念ながらそーいうものはね、実際に存在するんだよ」

 それは四月の頭の頃の話し。

 所長が私を初めて事務所に招いてから、紅茶を用意しながらに発したのはそんな言葉だった。それを聞いて私は疑問半分、残りの半分のさらに半分でときめいて、後の半分で納得していた。本来いい大人がそんなことを真面目に言おうものなら変人認定まっしぐら、「そうですかごめんなさいではわたしはこれで」と即刻立ち去るような場面なのだが、なにぶん自分に心当たりというものが少なからず存在し、それを説明してくれるというのだから警戒しながらも私はこの怪しい女の人(赤嶺さんというらしい)に連れられて、大人しく話を聞くことにしたのだった。

「呼称は割とどうでもいい、私のいたところでは『オド』なんて呼ばれていたけど今はそうだな、君はゲームやる? RPG。あれでいうMPみたいなものなんだけど」

 はぁ、と曖昧な返事を返す私。三歳上の兄がいる影響で一応ゲームの経験は一通りあった。というか私自身あまり少女趣味的なものよりもむしろ男の子が好みそうなものを好んでいたような気がする。

「わかりやすくここでは魔力、ということにしておこうか。んでその魔力だがこれは人なら誰でも実は持っているものなんだが、大体の人はそれに気がつかずに過ごしているわけだね」

 言いながら私の座っている応接用ソファの向かいのソファに座り、自分と私の前にティーカップを置く赤嶺さん。

「普通に生活していればわざわざ魔力を消費することなんかはそうはないだろう、でも生物って上手くできているものでね、何も無駄に魔力を持って生まれてきているわけじゃない。そこにはちゃんとした意味があって、むしろ必須要素といってもいいくらいの働きをしてくれているんだよ」

 そこから魔力に関しての基礎知識講座の時間が始まった。長かったので以下は要点とその会話――。


『魔力は原則として生物にのみに存在し、無機物、無生物が特殊な要因なしに持つことはない』
「生物特有の力なんですね」
「逆に言えば特殊な要因さえあれば無生物でも魔力は宿るってことだね」

『訓練次第で多少の増減あれ、基本的に一生のうちの一個体の魔力の生産量は決まっている』
「要するに成長のための細胞分裂みたいなものだね。筋肉だって鍛えれば強くもなるし、そーゆーこと」
「魔力の鍛え方なんて想像もつきませんが」

『生産された魔力は常に一定量が身体を包むように調整されている』
「包む量を調節したところで若さが保てたりするわけじゃないけどね」
「……?」

『なんらかの原因で体を包む魔力が低下したとき、体力を消費し補うように体は魔力を大量生産しようとする』
「これも逆が言えて、体力の方が無くなれば魔力がそれを補うこともある」
「相互作用ってやつですかね」

『魔力が低下すると精神に異常をきたしやすくなる』
「体力が無くなると風邪をひいたりするでしょう。その魔力バージョン」
「どっちにしろ病むんですね」

 と、大まかにいうとこんな。

「なんというかほとんど体力みたいなものなんですね。どちらにしろ目で見えないから確認しようがないですけど……なにか決定的な違いがあるのかな……」

 と、小さく呟いたところでなにやら場の空気が変わった。どうやら私は赤嶺さんにじっと見つめられているようで、その見つめる顔は微笑み――というか、まるで同級生の意中の人を聞いた女子中学生のような、私にはちょっと嫌悪感を覚えさせられるしたり顔をしていた。

 なんだろう……なにか変な事言ったのかな……。

「気になる? いや私もあえて説明を省いたところもあるんだけどね、ちょっとむつかしい内容だし。でも気になるの? 知りたいの? ん?」

 ぐいぐいくるなこの人……だめだ、説明したくてうずうずしてる人の顔だこれは。こういうときは気の済むまで喋らせてあげたほうが後が楽になるものだ。心の中で一つ小さくため息をついた。

「ええまぁ、そこだけちょっと大雑把かなーって思って。興味のある内容でもありますし、聞けるときに聞けることは聞いておきたいな、なんて――」

「そうかそうか! やはり見所があるようだね君は! じゃぁちょっとだけ難しくなるかもだけど、知りたいのならしょうがない、じゃあ説明するからしっかり聞くのだよ!」

 まってましたといわんばかりに立ち上がり、わざわざホワイトボードを引っ張り出してきた。

 あぁ、今日は何時に帰れるのだろう。

 ホワイトボードにはつらつらと、見慣れない文字が綴られていく。おそらく英語の筆記体に近いものだと思うが学校や街中でみるソレとは少し印象の違うような独特の崩れた自体だったので、一介の都立高校生である私にはそれが本当に英語だとは確信が持てなかった。

「人は死んだらどこへいくんだろうとか、考えたことはある? あるだろうね、その年齢だったら一度はあるはずだ。そんで思考の谷間に落ちたように不安になって夜眠れなくなった事が、君にもあるはずだ」

 ……いやあるけどさ。そんな決め付けなくても良いんじゃないのかな。そのよくわからない文字がホワイトボードの半分くらいに届いたところで赤嶺さんは、文字を書きながらこちらを見ずにそんな事を言い出したのだった。
作品名:千歳の魔導事務所 作家名:こでみや