千歳の魔導事務所
猫や柏木先生、そしてミキや他の被害にあった舞樫の人達の処遇について所長が提案し、玲華さんはそれについて意見するがその言葉は圧倒的な所長の圧力に押しつぶされていた。
結局大方所長の思い通りに事が運ぶことになり、私と所長は後の事を玲華さんに頼むと倉庫を後にしたのだった。
「――本当にあれで大丈夫だったんですか? 今のところは駅前とかも変わったところはないですけど、明らかに大怪我してる人とか、いたと思うんですけど」
と、事務所に着いた私は作業机に向かってなにか細かいものをいじっている所長に向かって問いかける。
私はというと作業机のすぐ後ろのガラクタ山を、無駄だとわかりつつも切り崩すように整理しながら所長に問いかけていた。
「ん? まあ大丈夫でしょ、怪我した人はアイツやその後ろの連中が適当に治しただろうし。もし何か覚えている人間がいてもその辺りについては連中は専門家だ、少なくとも私らの事がばれることはない、さ」
「……だったら別に、良いんですけどね。ミキも階段から落ちたって本気で思ってたみたいですし」
ミキの怪我は完治はしなかった。私の腕はその時は少し痛む程度には治ったが、ミキの手足の怪我はかなり深刻で、即席での私の治療では重大な組織の再形成程度しか行えず、結局骨にはヒビ程度の損傷は残ってしまった。
そのことも所長は玲華さんと話して、いの一番に彼女の対処について行うように指示していた。
「玲華さんと所長って知り合いだったんですか? それも顔見知り程度じゃなかったようですけど」
というよりあれはどうみても鬼上司とその忠実なる部下だ。
途中から玲華さん、涙目だったし。
「昔ちょっとね。いやでもあれがいっちょ前に仕事するようになるなんて、時が流れるのは早いものだね……。それよりも今日はどうしたの? 夏休み一杯は別に来なくても良いって言ったはずだけど? ん?」
所長は私を見てニヤニヤしながら言う。この人、絶対わかってて言っている。
「別に絶対来るなと言われたわけじゃないですから。私としても色々確かめておかないともやもやするんですよ」
「へえ、そーお」
所長はニヤニヤしながら作業に戻る。見透かされている事を認めたくなかったので、会話が途切れたところでもう帰ろうかと思った。
と、そこでコンコン、と誰かが事務所の入り口を叩く音が聞こえた。
「――でますっ」
我ながらいい反応で作業室を出て事務所の入り口に向かおうとした、そこで――。
「ちょっとまちなさい」
と、所長が振り向いて何かを私に放り投げた。私は受け取るとそれを見ながら所長に問う。
「……なんですかこれ?」
それは大き目の銀色の指輪に紐を通したような、少し大人の男性が首につけるアクセサリーのようなものだった。
ただ首につけるにはこの紐は大分短い。これだと手首辺りに巻くのがやっとじゃないだろうか。
「君に渡した腕輪の改良版ってところだよ、溜められる魔力量がかなり上がってる。君から渡してあげな」
……本当に見透かされてるんだもんなあ。
でもそう言われた事に少し心が弾んだ自分がやっぱりかわいかった。
「――こんばんわ。あ、孤都ちゃんだ。元気してる?」
訪ねてきたのは玲華さんだった。小脇には飾り気のない木箱が抱えられている。
とりあえず応接用のソファに座ってもらい、隅の方に目立たなく置いてある冷蔵庫から麦茶を出す。
「お、来たか。お疲れ様だね」
所長が作業室から出てきて玲華さんの前に腰を下ろす。玲華さんはスーツのポケットから何か取り出しながら答えた。
「ホント疲れましたよ……。事後処理でまだまだ忙しいのになんであんな遠いところまで行かされなきゃなんないんですか、はいこれ携帯です」
「遠いからこそ私もこんな短期間で二度も行きたくなかったからね、急いで帰ってきたから携帯忘れたし、でも面白い人だったでしょ?」
「まあ確かに変わった人でしたけどね……。でも色々お土産もらったからそこはまあ、得でしたけど」
「ほお、あの人が初対面で。珍しい、気に入られたんだな。今度そのもらったヤツ見せなさい」
そんな所長と玲華さんのやり取りを聞きながらも、私の心は落ち着かなかった。
三人分の麦茶を出し所長の横に座る。その間も私の注意は三人の中心にある木箱に注がれていた。
そんな私に所長と玲華さんも流石に気づいたようだ。
「……さ、開けてあげなさい」
所長が優しい声で言う。
私が開けていいものかと、思わず視線で玲華さんと所長に訴える。
「君が適任だよ、やっぱり」
玲華さんも言ってくれた、では満を持して開けさせてもらおう。
「今回の功労者はこいつかもな。私が出先で異常に気づいたのも、倉庫に着く前に準備ができたのもこいつのおかげだ」
「私にはこの子はいなかった方が仕事がスムーズにこなせた気がしますけどね。まあ結果オーライですけど」
「結構派手にバラバラにされてたからさ。流石にあの時は大まかな部品しか回収できなかったからね、もうしょうがないからもう一度一から作ってもらうしかなかったんだよね。一応集めた破片も一緒に送ったけど」
それが大体三週間前の話し。
「それにしても早かったですね。もっとかかると思ってました」
と、私は口では言うが内心はすごく長かったと感じていたりしていた。
そして木箱を開け、藁と綿に丁寧に包まれて姿を現したのは――人形だった。
良くできたミニチュアの麦わら帽子を被り、厚手のシャツにオーバーオールを着ていて、どこか牧羊的な雰囲気をしていた。
しかしその袖や裾、そして前を見据える凜とした表情の顔は、金色の小麦畑を連想させるような毛並みを持った――猫のものだった。
私はさっき所長から受け取った指輪の紐をその人形の首に結び、そして今回の事で理解した私の力を指輪に向けて注ぎ込んだ。
すると指輪には紅い文字が淡く浮かび、しばらくするとその文字は消えて見えなくなった。
「…………」
しばしの閑静。しかしいくら待てども状況に変化は見られない。
不意に所長が人形を持ってその翠色の眼を睨むように見つめた。
そして一つ、小さくため息をつく。
「そういうこと……全く……よろしくないわね」
諦めたように呟く所長、私の声は思わず不安げなものになってしまった。
「どういうことですか……? まさか……」
所長は私に向けて人形を放り投げてきた。受け取ったその身体は以前と変わらない、命が宿ってるとは到底思えない軽さだった。
「いやどうってことは無いよ。ただ単に、久しぶりに会った女の子に声をかけるのが恥ずかしいだけのようだから」
「な!? 俺は別にそんなんじゃ……!」
弁明する声は私の膝の上の人形によるものだった。
「そうなのレオ?」
耳をペタンと伏せておそるおそるレオは私を見上げて言った。
「いや……まずなんていうか色々考えてはいたんだが、その、いざとなるとなんていうかだな……」
その眼が泳ぐこと泳ぐこと。おかしくなって思わず笑ってしまいそうになるが、まずは――。



