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千歳の魔導事務所

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「待ちなさい、普通ならアレだけどこれは今ならまだ間に合う。それに君が冷静じゃないと本当にこの子は一生歩けなくなるよ」

「――! …………わかり、ました……」

 所長の表情は今日一番真剣だった。

 それは冗談じゃなく、ミキの今後が私に懸かっていることを否応無しに認識させた。

「うん、それでいい。じゃあ手伝って、まずはこの子を広いところに寝かせよう、ゆっくりね」

 所長は傍の適当な広いところにミキを寝かせると、さっきの猫にしたのと同じようにミキの周りに文字か模様かわからないものを地面に書き出した。

 手伝ってと言われても出番は今のところ無かったので、私は所長に疑問を投げかける。

「所長、それって一体なんですか? さっきも書いてましたけど」

「ん? 魔方陣」

 ああ魔方陣でしたか、そうだと思いました。

 私はもうなにがあっても驚かない。

「それでさっきみたいにすると今度はミキの身体が治るんですか? 玲華さん……入り口の人みたいに私が直接したらだめなんですか?」

 その方が手っ取り早いと思うんだけどな……それに今ならこの倉庫内に蔓延した浮世離れした空気でなんでもできる気がする。

 所長はガリガリと地面を引っかきながら答える。

「軽い傷程度ならそれでもいい。でも君がやってるのは魔力を送り込んで、相手の自己治癒力を一時的に増大させて細胞分裂を早め、簡単に言うと時間を早めることで急速に傷を治してるんだ。だからこの子みたいな大怪我でそれをやると、変に身体が固まってむしろ後遺症を残すことになりかねない。だから君もその骨折、まだ治そうとしちゃダメよ」

「そうなんですか……不便ですね、この力」

 奇跡のような魔法なんてもの、そんな物を期待していた。そうすれば取り返しのつかないものも取り返せるのだから。

 カカッと最後に軽快な音をさせて所長は立ち上がった、どうやら準備が整ったらしい。

 それはさっき猫に対して書いていたものよりも随分と大きく、私とミキが大の字になって寝てもその円の内に納まりそうだった。

「それを不便なんて言うのは贅沢だよ、少なくともここで君は奇跡を起こせるんだから。さ、ついでにその腕も治しちゃおう、その子の傍に行きなさい」

 静かに眠っているミキの隣に立つ。

 身体を見ると、確かにところどころ赤く炎症を起こしているようで、手の指に至っては見るのも憚(はばか)れるような曲がり方をしていた。

「さあ、ちょっとだけ大仕事になるよ、集中して」

 所長の言葉に気を引き締める。どうしても右腕の痛みが邪魔をするが、私の事は今はどこかに置いておこう。

「痛いだろうけど我慢して……さっきの紅い魔力、覚えてる? あれをもう一度、できるだけ広くその陣の上に敷くようにするの」

 ……言われたとおり、身体の内にくすぶる魔力を感じ、それを少しずつ大きくするようにする。だけど――。

「! 全部解放しちゃダメよ! あくまでその範囲だけに留めるの、それ以上は帰って逆効果よ」

 そんなこと言われても……さっきまで大人しくしてたあの『どうしようもないもの』がまた出てこようとこみ上げてくる……。違う、今はお前は必要ない……!

「意思を強く持ちなさい! あなたが諦めたらその子は一生不自由な人生を送ることになるの!」

 あの時の私は……正直、憎しみで満ちていた。目の前のたった一匹の白い猫が玲華さんを、ミキを……そしてレオを苦しめた事に途方もない怒りを感じていた。

 だけど今はそうじゃない。この得体の知れない力で親友を助けられるなら――私はどうなってもいいから……!

(そんな悲しい事いうなよ、寂しいじゃんか)

 不意に――そんな声が私の中で響いた気がした。

 まあ……みんな助かるならそれが一番よね。

 それが自問自答なのか本当にだれかが言っていたのかはわからない。

 しかし荒れ狂う直前だった魔力はそれで大人しくなり、陣の上は心地良い空気に包まれていった。

「ん……なんとかなりそうね、その調子でしばらく頑張るのよ」

「はい……ちなみにどれくらいですか……?」

「ざっと一時間ってところかしらね」

 このペースで……!? それは結構きついなあ……。

「たった一時間で奇跡が起こせるんだから頑張るの、じゃあ私はちょっと外すから、なにかあったら呼んでね」

 所長はそう言うと倉庫の非常口から出て行ってしまった。

 倉庫に残った人(と猫)は相変わらず皆地に伏していて、改めて考えるとこの後一体どうなるのだろうかと、少し余裕のできた頭で心配したりするのだった。



 それからどれくらい時間が経ったか、時計を持ってなかった私にはわからなかった。

 いくら余裕ができたからといっても集中の為に身動きはあまり取れず、携帯もスカートの右ポケットに入っていたので些か取り出すのは面倒だった。

 そんな中、私の目の前にある人物が現れた。その人物は私の前まで来るとものすごく疲れたようにドカッと腰を下ろした。

「良かった……もう大丈夫そうですか? 玲華さん」

 顔をぐしぐしと両手でこすり、まだ本調子ではなさそうだったが、そのはっきりとした声はやっぱり玲華さんだった。

「ああ……なんとかね……君が助けてくれたんだろ? そして君が奴らも倒した……全く、私の立場がないね」

 自嘲するように笑ってみせる玲華さん。かわいらしい八重歯が覗く。

「それでその……聞き辛いんだが、あのレオとかいう使い魔はどうなった……?」

 その言葉に一瞬集中が途切れそうになって魔力が揺らぐ……。

「……私の目の前で砕けました。その後のことは……よく覚えてないです」

 あの時、派手な音と共にレオは砕け、その破片はあの場にゴミのように散らばった。

 私は確か、身体を締め付けられながらも無理やり暴れて、そして気づいたら倉庫に横たわっていたのだった。

「……そうか、気の毒に……だがまあ、君は無事なようでなによりだよ。それでその子は……治療中か」

「そうです、あともうちょっとで終わるはずです」

 そうか、と玲華さんは一つため息をついて立ち上がる。視線の先にはあの猫がいた。

 そこまで歩み寄ってから怪訝そうにそれを見つめる。

 ……私は内心動揺していた。何か聞かれたら一体なんて答えればいいのだろう、タイミング的に多分所長の事は見てないはずだし、でも下手に嘘をついてもすぐばれそうだった。

 だから先手必勝、聞かれる前に話題を振った。

「玲華さん。その猫、これから一体どうなるんですか? 明らかに普通の猫じゃないですけど」

「あ? ああ、そうだな……一応捕獲して、私の本部に引き渡すことになるだろう。そこの男も一緒にな」

 玲華さんは一瞬戸惑うようにしてからそう答えた。そして何か考え込むようにして先生と猫の間をウロウロしていた。

「舞樫の人はどうなんですか? あの襲ってきた人達はどうなるんですか?」

 玲華さんを質問攻めにする。間を与えない意味ももちろんあったが、純粋に気になるところでもあったのだ。
作品名:千歳の魔導事務所 作家名:こでみや