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千歳の魔導事務所

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 観念したのか特に抵抗することもなく、力なく私を睨み付けるその猫は私の問いにあきらめるように言い放つ。

『……本当は人間は嫌いじゃないんだけどね……ユキヒコみたいなやつもいるってわかったし。でも君だけは好きにはなれないね……君は――人間じゃないんだから』

「そう、私も……私の事は好きじゃないよ」

 そうして腕に力をこめる。倉庫には確実に、重大な骨が折れる音が響いた。





「――っ!!!」

 解放された猫は結晶の山の傍に着地する。
                           ・・・・・
 私はといえばその耐え難い衝撃に思わず身を引いて、その現れた人物を睨み付ける。

「い、いい、いい加減に、しろっ! こ、この化け物! ミコに、触るな!」

 そこにいたのは奥歯をガタガタ言わせながら、たった今私の右腕をぶち折った角材を構える柏木先生だった。

 ああ、そういえばいたなこの人も。

 右腕はとりかえしのつかない方向に曲がっている、痛みは……きっと通り越しているのだろうか、変な感じがするだけだ。

「諦めるなミコ、こいつは化け物だ! お、俺も一緒に戦う! だから、諦めるんじゃない!」

 心外だな、化け物なんて。それにそれはお互い様じゃないか? だってその猫、炎が形を作ってもう、まるで大きなトラみたいになってるじゃないか。

 みるみる結晶が溶けていくのがわかる。そしてそれに反比例するかのように猫の炎は燃え上がり、それはそれは大きな、何かの映画の中でCGで観た様な作られた猛虎のようになった。

 私がそれに見蕩れているとその炎の虎は腕を、私に向かってなぎ払った。

 身を引いてその爪先が掠る――右腕を庇う様に支えていた私の左腕には焼けるように一筋の爪跡が残された。

 これは……さっきまでの炎とは違う……。

 でも不思議と恐怖や不安は無く、ああそれならもう仕方ないなと、私は――私自身を諦めた。

 本音を言うと、さっき目が覚めてからずっと意識を冷静に保つのがきつかったんだ。

 荒れ狂うような紅い力はそれでもまだ私の精神の中からにじみでているようなものだった。

 だけどこの状況だからもうしょうがないな。

 後の事はわからないけど――もしかしたら私もどうにかなるかも知れないけど――それでもこいつらのことは許せない。

 全身全霊――その全てを紅い力に委ねる……身体の中心から、どうしようもないものが膨らんでいくようだった……。

 もう……どうでもいい……。
 ・・・・・
「そこまでだ――」

 大きな虎と国語教師は私の目前にいた。

 だから私の肩に手が置かれながら聞いたその言葉に、私は今日一番、驚いた。

「なるほど……猫又か、それにしては随分貪欲だね。まあそれよりも……そこまで自棄になるな。まだ終わるには君は若いんだから」

 そう言って私の前に出る。

 いつものパンツスーツスタイルで、赤味がかった髪をなびかせる。

「未熟者共が潰し合って……どいつもこいつも見ていられないね、だけどそんなのも関係ないね――」

 気取るように腰に手をあてて、ビシっと音が出るほどに虎に向けて指をさす。

「全部まとめて――私が救ってやるよ!」

 そう言い放つ所長の声は、なんだかとても懐かしかった。







「……所長?」

 突然現れたその人物は今は遠い所に野暮用とか言って出張してる、私の所属する事務所の所長のようだった。

「元気? 孤都ちゃん。ちょっと見ない間に随分紅くなったね」

 身体を前に向け、顔だけ半分こちらを向いてそんな事を言う所長。

 突然の出来事に私の中で爆発しそうだったナニカは、拍子抜けするようにまた縮んでいった。

 そうなっても、この場はもう大丈夫だと思った。

「そうそう、とりあえず落ち着いて気を静めなさい」

 そして相対する男と虎に向き直して言う。

「事情は大体……わかってるから、下がっていなさい」

 一瞬、事務所で笑っていた猫人形の事を思い出す。

 元はといえば、私が所長の帰りを待たないで無理やり首を突っ込んだからこんなことになったんだ……それを考えると、私の紅い眼は真っ直ぐに所長を見ることができなかった。

『アンタモ……そイツの……仲間か! ドケ! 殺してヤル!』

 あの声が頭の中で何重にも響く。言い方からどうやらその声は所長にも聞こえているようで、しかし先程までとは違ってこの上なく耳障りに聞こえた。

 ……性格変わりすぎだろ。

「結構な自信だね。でも力の使い方を間違えちゃいけないわ、この子はどうかは知らないけれど、少なくとも私はあなた達を殺そうなどとは考えてはいない」

『五月蝿イ……どノ道もう終ワリだ! お前達ミンナ――道連レダ!』

 虎が吼えるように叫ぶ。耳から聞こえているわけでもないのだが耳を塞ぎたくなるほどに――不快だった。

 一番先に動いたのは柏木先生だった。さっきまで震えていたのが嘘のように、その手にしっかりと角材を持って所長を襲う。

「……取り付く島も無いね。とりあえずあんたはこれで(・・・)大人しくしてなさい!」

 所長は上から振り下ろされる角材を避けると、すれ違うようにして先生の顔に何か紙のような物を叩きつける。

 すると先生はそのままの勢いで、突然電池でも切れたかのように顔面から地面に突っ伏した。

 虎は一瞬驚いたようなそぶりを見せたがすぐに飛び上がり、覆いかぶさるように所長の上に着地する。

「所長……!」

 下がってろと言われて、倉庫の端に座らせたミキの傍に移動していた私は思わず声を上げる。

 体内からまたナニカが溢れ出そうになるが――。

「じっとしてなさい!」

 それは虎の背後から聞こえてきた。

 所長は虎を抜けてその後ろに回りこんでいたのだった。

 虎はその声目掛けてその燃え盛る腕を振り掲げて飛び掛る。

 どうみても当たっているように見えるのに所長にダメージはないようだった。

 虎は攻撃が効かない事を理解したようで、遂には攻撃することを止めてしまった。

 少し距離をとるようにして所長と虎は対峙する。

 そして所長は一歩前に足踏み出しながら言う。

「さて、洗脳するなら相手の全てを支配しなきゃだめだ。間接的な意味でなく、対象がなんの疑問もなく、あたかも自分の意思での行動のように錯覚させるまでにしなくては、こうやって付け入る隙はいくらでもできる。ちょっと魔力を乱せばその通りだ」

『五月蝿イ……ナンダ、お前達ハ! ナゼヤラレナイ!』

 虎の周りには再び炎が浮かび始める。大きさはバスケットボール大、数は……いっぱい。

「……本来ならな、何十年も生きた猫が、自分の魔力を操れるようになり順序を経て君のような猫又に昇華する」

 炎の玉は所長を襲う。四方八方、大きく回って背後からも迫る炎に死角はなかった。

「だがなにを間違ったのか、突然変異か人為が働いているのかわからないが君はまだ生まれて間もないだろう」

 次々に命中していく炎は私の時とは違い、確実に所長の身体に当たり弾けていく。しかしそれが所長の行動に影響を及ぼすことは無い。
作品名:千歳の魔導事務所 作家名:こでみや