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千歳の魔導事務所

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 私はミキに歩み寄る。相変わらずミキは無表情で立ち尽くし、その目は虚ろで何も見てはいないようだった。

 ミキの前まで来て私はそっと抱きしめる。

「大丈夫だよミキ……もう恐いものなんてなにもないよ……」

 そう耳元で囁く。

 そうしているとミキの中には何かミキのものではないのがあるのを感じた。これか、これがミキをこんな風にしたのか。
 ・・・・・・・・・・・・・
 それを全て私の中に取り込む。この紅い力はその点では私の思い通りに動いてくれるみたいだ。

「……こ……ちゃ」

 なにか、言いかけてミキの身体から力が抜ける。全体重が私の双腕と身体にかかって思わず落としそうになってしまうがそんな事は意地でもしない。

 なんとか傍の安全そうなガラクタに寄りかからせるように座らせる。眠っているのか気絶しているのか、素人の私には判別はつかないがとりあえず命の心配は無さそうだ。

「……待っててくれたの。あなたが今回の元凶、だね」

 入り口の傍で橙色の炎を纏ってこちらを見ている猫は、私がミキを休ませるのを待っていたかのようだった。

「今更なんだけどさ、あなたは一体何なの? どうして人を巻き込んでこんなことをしたの?」

 返事がくるかは半信半疑だったが、さっき聞いた感じでは言葉は理解できるようだったので問いかけてみる。すると――。

『答える義務はないよ……それにそれはこっちのセリフだよ、君こそ何者なんだよ』

 音ではなかった。それは頭の中に直接響いてくるような、いつも本を読んでいるときなどにそれを理解させてくれているあの自分の中の声のような。

 少し……気持ちが悪い。自分の頭の中に入り込まれているような気分になるが、こちらの言葉は届いているようだ。仕方がない。

「さあ? 確かにもしかしたらちょっと普通じゃないかもね、でも私にもわからないから答える言葉はこっちにはないよ」

『なんでみんな僕のことを邪魔するんだよ……君に直接迷惑をかけた覚えはないよ』

「言ったじゃない、私の親友に手を出したら許さないって。あと質問に質問で返すのは好きじゃないわ」

『……答える義務は――』

「答えなさい――」

 私が、答えろって、いってるの。

 あなたにはわからないかも知れないけれど、それがあなたの生死を左右することになるの。

 しかし猫からの呼びかけは無かった。

 代わりに纏う炎が勢いを増す、それが答えのようだった。

 わかった、答える気がないならもういいよ。どうせこれで最後だ。

 ミキを巻き込まないように離れる、猫も少しずつ近づいて来て、私達は倉庫の中心の結晶の山から少しずれる位置に対峙する。

 向こうに見える玲華さんは入り口の傍で動いていない――あの頑丈な人がここまでやられるか……。

 猫の炎がゆらゆらと揺れている、意思を持っているかのような動きをするその炎を見ていたが、それは本当に意思を持っていたようで、やがて空中にいくつかの炎の塊が形成されその猫の周りを浮いていた。

 その様子はまるで人魂のようだな、なんてことを思っていると、その火の玉は私に向かって飛んできた。

 へえ、そんなこともできるんだ。ああどうしよう、そんなのすごい熱そうじゃんか……だけど……それもたぶん無駄だよ。

 火の玉はあるものは真っ直ぐに、あるものは孤を描き私に向かってくる。

 だが私の身体に触れることは適わない。直前で紅い力にかき消されて、吸収されるみたいに燃え上がる私の力の一部になった。

『――なんだよそれ、反則だろそんなの……』

 猫は憎々しく語りかけてくる。その間にも火の玉はいくつも私に襲い掛かろうと向かってくるが、それはやはり全て私に当たる直前で無力に消え去っていた。

 とうとう猫はあきらめたのか、火の玉を作ることはなくなりこちらをただ睨み付ける。

 終わりね……。じゃあおとなしく、縊(くび)り死ぬといいよ。

 一歩、猫に向かって足を踏み出す。すると猫は横っ飛びに駆け出し、詰まれたガラクタの陰に姿を消した。

 面倒くさいな……、今度は何をする気だ……。

 姿は見えないが猫の炎の気配はわかる。回り込むように倉庫内を駆け、そして、一つ……二つとその数を増やして……いく……?

 撹乱のつもりか、しかしそんなもの私には、すごく、効果的だ。

 上手く視界に入らない位置に気配がいくつもある。一つ一つ調べるような真似はしたくない、その間にまたミキになにかされる可能性もあるからだ。

 畜生が……こういうのを小賢しいっていうんだろうか。

「何をするつもり? 言っておくけどこれ以上ミキや玲華さんに手を出すつもりなら本当に許さないよ!」

 いくつもある気配、私はその全てに牽制するように叫ぶ。

 やがて全ての気配は止まって束の間の静寂に倉庫内は包まれた。

(落ち着いて、集中しろ――)

 さっきまで肩越しに聞こえていたそんな声を思い出す。集中はするけど……落ち着くなんて今の私には無理だ。

 その言葉を思い出してしまって私の心は紅みを増す。

 そんな中、背後の気配の一つが動きを見せた。

 来たか――、だけど私にはその動きはわかる。振り向いて、その姿を確認する。

 ――炎の塊が、私に向かって上空から落ちてきた。

 大きさはバスケットボール大ほどだろう、雰囲気はさっきみた火の玉とあまり変わらないようだった。

 ……確かに大きいけど、これは、違う?

 違和感を感じる。その炎が大きかったからじゃない、ただあまりにも愚直過ぎやしないか?

『心配しなくとも、狙いは君一人だよ!』

 頭に叩きつけられるその言葉。同時に首筋に鈍い痛みと重さがのしかかる。

 やっぱりこの炎の塊は囮だったようだ。

「たっ……何!?」

 手を首に回して身をよじり、なんとか首に噛み付いた猫を引き剥がそうとするが、牙と爪を立ててがっしり喰らいついた猫はなかなか離れない。

 そして牙と爪による首と背中の痛み以外にも全身に鋭い痛みが走る。

 見れば猫を包んでいた橙色の炎は私の身体にも燃え移り全身を焼こうとしているようだった。

「なに? このっ……! 離れなさい、よっ!」

 なんとか強引に引き剥がし、そして放り投げられた猫は結晶の山に突っ込み埋もれた。

 私を包んでいた炎は残ることなく、猫が離れたらすぐに消えていった。

 やってくれる……。首に手をやると、白い掌は私の血で少し赤く染まった。

 痛いなあ……今更になって猫みたいな攻撃しやがって……喰らう私も私だけどさ。

 だがもういいか、猫みたいだというのなら、猫みたいに死ぬといい。

 倉庫中心の結晶の山に近づく。半透明の結晶はわずかだがその猫のシルエットを透かせていた。

 おそらく私も見られているのだろうが構わない。積まれている結晶の淵までやってきたところで――猫は結晶の山から私目掛けて飛び出してきた。

 やけにでもなったのか、その直線的な軌道は私でさえもその猫の首を捉えるには十分だった。

 さきほど玲華さんがやったように猫の首を掴み高々と掲げる。

「最期だし、なにか言いたいことがあったら聞くけど」
作品名:千歳の魔導事務所 作家名:こでみや