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千歳の魔導事務所

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 なにか言い訳でもするつもりなのだろうか、その子らは口々にどもって結局なにもこちらに意思は伝わらない。

 しかし私は元々そのつもりで来ていたのだ。

 その子が後ろ手に隠した、工作などでみんなが使うその液体ノリを強引に奪い取り、中蓋ごと外してその子の胸ぐらを掴んで引き寄せると頭から逆さまに一思いにぶっかけた。

 悲鳴と共にその子は駆け出し、帰ってきたのは登校してきた生徒で賑わってきた頃で、担任の教師も一緒だった。

 その子はその日早退し、私は放課後進路指導室に呼び出され、担任に行為について聞かれた。

 正直に全て話して事を大きくするのは望むところではなかった。私は自信の突発的な感情による行動だと方便を並べ、とりあえずその日はそれだけで開放された。

 しかし帰り道、校門のところで心配そうな顔をして彼女が待っていた。

 そして彼女は開口一番核心を突いてくる。

 それは全て的を射ていて、私の奇行の原因が自分にあること、自分が何もしないから代わりにやってしまったこと、そしてその時の私の感情に至るまで、全てお見通しのようだった。

 分かれ道で別れるとき、私は彼女の悲しそうに微笑む顔をその日始めて見たのだった。

 学校から家へ連絡は行っていたはずだったが、お母さんやお父さんはいつもと変わらない様子だった。

 結果として次の日から、彼女へのいじめは無くなった。最初は彼女も疑問に思っていたようだがすぐに何事も無かったかのように笑顔を振りまいていた。

 そして代わりに、私へのいじめが始まった。

 まあ予想はしていた。それでも別に良かった。悪臭は放つ本人にはあまり気にならないものなのだと自分に言い聞かせ、気にしないように過ごした。

 彼女へ対してのそれとは違い、私に対してはかなりあからさまだった。

 ご丁寧に私が一挙一動する先になにかしらの仕掛けがしてあるのだ。

 登校して上履きを履こうとすると無かったり、教室に着くと机にはチョークで落書きがされ、教科書はノリでページが開かなくなっていて、トイレに行くと雑巾が降ってきて、体育から戻ると制服が濡らされていて、帰り際には靴が泥だらけになっていて。

 シャレにならないギリギリのラインを攻めてくるやりかたに半ば感心しながらも私は耐えた。

 しかしそれさえも一週間も続かなかった。

 ある日いつも通りの時間に学校に行くとそこは騒然としていた。

 教室にまばらに散らばるクラスメイト、そのみんなの視線の先にいたのはいつもとりまきを連れているあの子と、この前去り際に悲しい笑顔を見せた彼女だった。

 お互いの髪をつかみ合って罵り合っている。普段のあのかわいらしい笑顔からは想像もできないほどその表情は怒りに満ちていた。

 騒ぎを聞きつけて教師が数人やってくる。それに連れられて私の横を通り過ぎる彼女は私の事なんて見えていないかのように真っ直ぐ前を見つめていた。

 結局二人ともその日は早退した。私も放課後呼び出され話しを聞かれたが、今日の事は本当に何も知らないのでそれについてはなにも言うことはなかった。

 それから一週間ほど連日放課後に呼び出される日が続き、時にはその場に彼女やあの子やその母親なんかもいたが、私と彼女は頑なに核心については何も言わなかった。

 全て話してしまえばわざわざ親まで出張っているその子の一人負けで片がつくはずだったが、私達はそれをしなかった。

 結局お互いに謝ることで手打ちになった。一体なにに対して謝っているのか、全く感情のこもっていないその儀礼めいた言葉は、私が人生で吐いた最も薄っぺらい言葉だった。
                                  ・・・
 そしてその日からいじめは無くなった。彼女は相変わらず明るくクラスのみんなに笑いかけている、何事もなかったかのように。

 変わった事といえばあの子がとりまきを連れなくなり常に独りで行動するようになり、そして彼女と私の距離が近づいたという事くらいか。

 きっとその時から私と彼女のくされ縁は始まったのだろう、

 彼女はどう思っているか知らないが、私はそのときに一つ借りをしていると思っている。

 それは罵り合いながら目に涙を浮かべ、廊下まで響くほどの声で叫んでいた言葉――。

『突然なにもしてこなくなったと思ったらそーゆーことだったんだ!? 卑怯者! やるならミキを狙えよ! ミキの友達を泣かすやつは――ミキは絶対に許さない!』

 別に泣いてなんかいなかったが、彼女は高々にそう叫んでいた。

 私の事を友達と、そしてその友達の為にこんなことをしている彼女に、私は自分の愚かさを憂いた。

 しばらくしてその時の事を話すと照れくさそうに彼女は言う。

『そんなこと言ったっけ? 覚えてないなもうそんなこと……それにちょっともうそれは違うかな』

『違う? どういうこと?』

『こっちゃんはもう、ミキの親友、でしょ?』

 恥ずかしげもなくそんな事を言うミキ。恥ずかしくて言葉を返すことができなかった私は、顔を背けて照れるように悪態をつくしかなかった。





 ――だからこそ今その時の返事と、勝手に預かっている借りを返そう。

 辛うじて肉体に留まっている私の精神は、そんな指向性を帯びていた。

 私の眼はミキを見ていた。橙色の炎が身体を包もうとしている、ミキはなぜか動けないようだ。

 そして無表情の目からは大粒の涙が溢れている。

(――私の……)

 玲華さんがなんとか猫を蹴り飛ばし、そして自身も猫に突っ込むが命中することはかなわなかったようだ。

 猫は平気そうに立ち上がって玲華さんにとどめをさそうとしているように見えた。

 ……自分の身体じゃないような感覚、離脱していない幽体離脱のような。今私の身体を動かすものは筋肉や骨ではなく、この身体の内から突き破るほどの勢いで湧き上がる何か。
     ・・
(――私の親友を……)

 私が立ち上がったことに気づいた猫はこちらを向き、威嚇するように毛を逆立たせていた。

 あの猫を包む炎はまるで今までに見てきた魔力のようで、そして感覚的にそれがみんなを苦しめた原因だと確信する。

 あいつのせいで……レオは死んだ。玲華さんも虫の息だ。ミキも人形のように泣いている。

 許すわけは、ない。
     ・・
「……私の親友を泣かせる奴は――」

 立ち上がった私の視界、身体から燃え上がるように湧き出る魔力、そして私の心……なにもかもが狂おしいほどに――紅い。
 ・・・・・ ・・・・
「私は絶対に、許さない――」

 そこでじっとしていなさい。

 私がお前達を、殺してあげるから。








「な……本当に一体なんなんだお前は!? ひっ……やめろ、こっちにくるなぁ!」

 横で情けない声をあげて尻餅をついている男を一瞥する。こいつは……もう後回しでいいだろう。どうせこいつ自身にはなにもできない。

 猫は様子を伺っているようで動く気配はない。そうだな、じゃあまずはそこのかわいそうな彼女をなんとかしよう。
作品名:千歳の魔導事務所 作家名:こでみや