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千歳の魔導事務所

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 すると猫の僕になっているその子は無表情で立ちすくみ、しかし目からは大粒の涙が溢れ出ていたのだった。

 それを見て、絶望しかなかった心に別の熱い何かが灯る。

(そうだよな、くやしいよな……悲しいよな――許せないよな!)

 首……肩から肘、指……、良し。腰から膝、足。これもなんとか。

(こんなところで、こんな形で終わらせるわけにはいかないよな)

「動かなくなった? そんなことあるのか?」

 男が聞いて少しの間。しかしその問いに答える声は無い。再び声を発したのもまたその男だった。

「……いいのか? まあ仕方ないって言うなら好きにするといいさ」

 そして直後に猫はまたあの炎に包まれる。その緑色の目は真っ直ぐに立ちすくむ少女に向けられているようだ。

(あの炎……そうかよ……こいつ、本当に)

 そして少女の足元から橙色の炎があがる。猫はそのまま、少女を始末するつもりなのは明白だった。

(いい加減に――しろってんだよ!)

 丁度猫の真後ろにいた私は身体を渾身の力で回転させ水平に猫を蹴り飛ばす――猫は完全に不意打ちを食らって入り口の方まで飛んでいった。そしておそらく止まったらもう今度こそ私は動けない、そのままの勢いで四本足で跳び、受身なんざ考えずに突っ込む。

 しかし避けるでもなく、私の身体は猫には当たらずに、入り口の内側に叩きつけられる。くそっ……格好つかないなあ……。

 この私の行為は結局少女の寿命を数秒延ばしただけのように思えた。だが、別にいい。あのまま見ているだけよりは全然良い。

 現にこの瞬間少女を包む橙色の炎は完全に消えていた。代わりに私の方がこれから焼かれることにはなるだろうが。

 ああ、流石にもう、目がかすんできた。

 だから……錯覚だと思った。

 無表情で立ちすくむ少女と、状況に付いていけずこちらをただ唖然とみている男。

 その間にもう一人、紅い眼の少女が立ってこちらを見ていたのだから。








 ――幼い頃の記憶、人は大体平均として二〜四歳の記憶が意識して思い出せる最古の記憶だそうだ。

 さらにその時の映像なりが残してあるならばそれをきっかけにもう少し古い記憶も引っ張り出してこれたりするらしい。

 人の脳はまだまだ解明されていないことも多くて本当は自身の経験のこと全てを、その脳に刻み込んでいるという説もある。

 私はその説に賛成だった。未解明とか未知の領域とか、そういったものにロマンを感じる女としては少数派な性格だったのだ。

 ところで私の記憶というのは五歳から始まる。

 思い出せる一番最古の記憶、それはお母さんが私の身体を拭いている姿だった。

 お風呂上りだったのだろうか。ただされるがままの私の身体を献身的に拭く姿が今でも目に浮かぶ。

 そんな何気ない日常の一コマだったのだが、何気なく記憶している事なんていうのは往々にしてそのような印象の薄い出来事なのだ。

 小学校低学年のとき、私は同じクラスの女の子のお誕生日会に誘われた。

 特別仲が良かったという子でもなかったのだが、その子はいわゆるお姫様な感じの子だったので、クラスの女の子はほぼ全員、お気に入りの男の子数人にも声がかかっていたようだ。

 結局クラスの半数ほどが集まったそのお誕生日会には、この中の誰かの親も数人来ていて、子供達が思い思いに遊んでいる横で主役の子のアルバムを開きながら親達が見栄と牽制の楽しい会話をしていたのだった。

 私はそれを見て感じたことをその日帰った後お母さんに聞いてみた。

 その答えは今にして思えば若干首を傾げそうなところもあったが当時の私は何の疑問もなくそれを受け入れたのだった。

 どうやら私の幼い頃の記憶や記録がないのもその『幼少の頃家が全焼』という事実によるものらしい。

 恐らくなにかものすごい恐い目にでもあったのだろう、度を過ぎた恐怖により精神が崩壊することを防ぐために、脳がその事象自体の記憶を消し去るという話しを前に何かで読んだ覚えがある。

 しかし自分という存在に疑問を感じたのはそれが最初だった。誰もが一度は通る『負の死んだら私は一体どうなるんだろうスパイラル』を初めて体感した夜だった。

 一応の結論を自分の中で出し、前向きに生きることにした私は中学校に入学し、そこで一人の少女と出会う。

 新しい環境で緊張して窓側の一番後ろの席で黙り込んでいた私に、一つ前の席から一番最初に話しかけてくれたのが彼女だった。

 彼女は比喩でもなく本当に誰とでもわけ隔てなく話しかけることのできる人間だった。

 持ち前の明るさと将来の可能性を感じさせるその容姿で瞬く間にクラスの中心が彼女の定位置となった。

 しかしそう思っていたのはむしろ周りのクラスメイトであって、彼女はあまり特定の人間と長時間つるむような真似はしなかった。

 彼女の存在は私にとって謎だった。どうしてそんな面倒くさい事を派閥を作るでもなくしているんだろうと。

 それとなく彼女の事を観察しながら過ごしていてしばらく経った十月。クラス内でも固定のグループがいくつか確定された頃にそれは起こった。

 自覚は無かっただろうが――もしかしたらわかっていたのかもしれないが――彼女が意識無くクラスの中心にいる事を快く思わない人間がいた。

 それはいつかの、私を誕生日会に誘ったあの子だった。

 いつも数人、取り巻きのように女の子を連れて歩いているその子は自分がクラスの中心でいないと気がすまなかったのだろう、あからさまな嫌がらせを敢行し始めた。

 最初は小さいことだった。彼女の筆箱からペンを抜き取ったり、髪に埃をつけたり、もしかしたら勘違いかもと思われるような事だった。

 しかしそれはそのうちエスカレートしていき、一ヶ月が過ぎる頃にはあからさまに椅子に画鋲が置かれるようになっていた。

 だがそんなことがあっても彼女は明るかった。クラスのみんなの態度はいじめの関わりたくないからだろう、次第に余所余所しくなっていったが彼女は変わらなかった。

 私はある日の放課後に聞いてみた。どうしてそんな風にしていられるのかと、いじめられてるのはわかっているのだろうと、なぜ何もしようとしないのかと。

 すると帰ってきたのはこんな言葉だった。

『そのうち飽きるよ。それに友達だもん、仕返しとかひどいことはしたくないからさっ』

 呆れてものも言えなかった、彼女はいじめているその張本人でさえも正面から友達だと言えるのか。

 だから代わりに私がやった。別に正義の味方を気取るつもりではなかったが、だんだんとエスカレートするその行為は確実に周りにも耐え難い悪臭を放っていたのだ。

 その日私は珍しく早めに学校へ登校した。教室に着くとその子は取り巻きと一緒に彼女の机の前にいた。

 大体いつもなにか仕掛けをするときは朝誰かが来る前に仕込む事はなんとなくわかっていたのだ。

 思わぬ登場人物に素晴らしい驚きの表情とわかりやすいアイコンタクトをしていたが、私はお構い無しに一直線にそこへ歩み寄る。

 彼女の椅子には液体ノリが満遍なく塗られていた。
作品名:千歳の魔導事務所 作家名:こでみや