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千歳の魔導事務所

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 普段はパンツスーツスタイルでいることが多い所長だが、日曜ということもあってか今日はこんなラフな格好らしい。ちなみに私も事務所に行くときは高校の制服で行くことが多く、今日も例に漏れずいつものスカート、ブラウス、ベストにネクタイの、『代わり映えのしないセット』の制服姿だ。

「いやー今日もあっついわねーホント。テレビで『今年は近年稀に見る暑さ』って言ってたけど去年も一昨年も同じ事聞いた気がするわねー」

「一年前の話なんて誰も覚えちゃいませんからね。知ってますか? 今日で連続猛暑日日数が十年ぶりくらいだかに更新されたそうですよ」

「それもそうだが毎年なにかしらの記録が更新されてる気がするね。まぁニュースで取り扱われるのがそんな平和な事柄なのは良い事だ。うん、今日も世界は平和平和」

 世界が平和なのはいいけれど、私は若干この暑さに参ってしまいそうだ……。なんでこの人はこんな涼しい顔をしてられるんだろうかと、所長の横顔をなんとなしに見つめていたら目が合ってしまった。そして見つめ合ってしまった。パッと所長は目を逸らし赤くなってしまった……。

 ……。

「なにをしてるんですかいい大人が……ほら、さっさと行きましょう。おなか空きましたしなにより暑くてしょーがないです。今ちょっとだけ涼しくなりましたけど。それに世界では紛争がまだまだ絶えませんし」

「クールだね君は。ちょっとくらいおねーさんにサービスしてくれてもいいんじゃないかなたまには」

 さっき私の躯を弄んだくせにまだ足りないというかこの人は。

 まだ半年足らずの付き合いだが、どうやらこの人の扱い方はこんな感じでいいらしい。迷惑だと思いながらも少し楽しんでいる私がかわいい。あ、そうだ。かわいい私はもう一言言うことがある。

「所長っ」

 三、四歩駆け足で所長の前に出て、手を後ろに組んで、振り向きざまに天使のような微笑みを心がけて。

「後でアイス買ってくださいなっ」

「買ったげるからホーゥミタイ」「あ、ごめんなさい」

 それは、暑いから嫌です。

 なんだよケチー。とわかりやす過ぎる程に膨れっ面を私に向ける所長。だから大人がそういう顔をしなさんなみっともない。

 さあて、さっきはあんなことを言ったが今日も世界は平和のようだ。少なくとも私の周りの世界は。

 こんな平和がいつまでも続けばいいのに、なんて決まりきった文句は言わないけれど。

 少なくとも私達の平和は私達で掴み取らなければいけないようだ。

 でも、その前に。とりあえずパスタを食べよう。所長の奢りで。




 割引価格でパスタを頂いた後、結局アイスクリームは買ってもらえた。セール中で普段のシングルサイズの料金でダブルサイズが買える、でもシングルサイズの値段はそのままというなにかがおかしい売り方を頻繁にしているチェーン店のものだ。

 パスタもアイスクリームも同じモール内の店舗で入っていた。私と所長はそのモール内のベンチに腰掛け、休日の人で賑わう雰囲気の中並んでこの甘い氷菓を食べることになったわけだ。

「たまに食べるアイスもいいものねー。このミントの不自然な色がたまらないよ」

 所長のはミントアイス、私はバニラ、チョコ、ストロベリー。二人共ダブルを頼んだのだが、所長は別にシングルで良かったようで、買ったそばからバニラアイスを私のカップに引越しさせてきたのだった。さすがの私も三種は多いんだけど……。奢ってもらっている身としてはいらないとも言うわけにもいかなく、複雑な心境で、そして恐らく複雑な表情で所長を見たらすごいご満悦な様子だったのでもう何も言えなかった。

 行き交う人々を眺めながら食後のデザートと洒落込む程度には、何度も言うようだが世の中は平和だった。

「さて、では一息ついたところだし、被害者チェックと参りましょうか」

 所長は唐突にそんな事を言い出す。でもなんとなく昼食を外で、と言い出したときからそんなことだろうとは思っていた。

「じゃ所長、アレ貸してください」

 私がそう言うと、所長はジーンズの後ろのポケットから手の平サイズの、細長くて黒いケースを取り出した。一般的にはメガネケースとして使われているものだが、この中身も、まぁメガネだった。度はほとんど入っていない。ソレを受け取り着けてモール内を見渡す。

「…………ふぅん」

 休日の大型ショッピングモール。老若男女色んな顔がありそれぞれに人生があって人格があって。そこには個人だけの世界が広がっていて私の世界とは交わったり交わらなかったりするのだろう。否が応にも自分は人類の中の一人に過ぎないことを実感させられるわけだが、こんなたかが視界に入る百人にも満たない人々でそんなことを思ってしまう私は本当にちっぽけな人間なのだろう。

 とか、痛々しいことを思ったり思わなかったり。

 頭の片隅のほうでそんな事を考えながら片っ端に行き交う人々に視線を運んでいく。そこに個人の判別は必要なく、ほとんど顔なんかみちゃいない。重要なのはこのメガネ越しだからこそ見えること。

「どう? 先々週見たときは確か二、三十人に一人くらいの割合だったと思うけど」

 そうだ、確かそのときは所長が実験に付き合えと、帰り支度をしていた私を駅前に連れ出したのだ。サラリーマンや学生が多くて、皆足早に無表情で目的地へ向かっていた。その顔からはなにが窺い知れるものでもなかったが、少なくとも今目の前にいるような人達のように休日のショッピングを楽しんでいるような気持ちではなかっただろう。

 だがそのときのそれは少し異常に見えた。

 その人は正に働き盛りのサラリーマンというような、初老というにはまだ早いスーツ姿の男性。学生のころはきっと体育会系の活動でもしていたのだろうか、すごくガッチリした体格なのがスーツの上からでもわかった。

 そんな男性が駅から出てきたのだが周りの人と比べて明らかに足取りが重い。というか遅い。

「所長、あの人……」

 私がそう言うのと同時か、男性は近くのベンチに腰を掛けてがっくりとうなだれてしまったのだった。

「ただでさえ体力が落ちてるところなのに仕事にいってきたんだねぇ、そりゃー動けなくなるほどに疲れるさ」

 ご苦労様と、誰に言うでもなく所長は呟く。このメガネでものを見るのにもやっと慣れてきて、それから私は同じような症状の人を見つけていった。

 ただその人達に統一性はなかった。サラリーマン、OL、主婦、大学生、女子高生etc……。一時間ほど駅前で張ってみたところその数は十五人。その統一性のない人達に共通するのは皆疲れているような表情をしていること、それに――。

 それに、ほとんど『命』が無くなっていた事だった。



「……やっぱり増えてますね。予想通り、ですね」

「んー?」

 すでにアイスを食べ終えて携帯をいじっている所長に伝える。

「あーやっぱりそうなったかー。もう完全に人為的だねこれは……まぁ過労寸前の人だったらそんな状態になることもありえないことは無いんだけど、それにしたって数が多すぎるし、なにより若い子や主婦もそうなることは不自然だしね……まったく、よろしくないわね」
作品名:千歳の魔導事務所 作家名:こでみや