千歳の魔導事務所
襲ってくる人々は容赦なんて無く、動きもあまり人のそれとは言い難かったがその軌道は単調で、私の身体は訓練と経験によりその程度だったら半自動(セミオート)で対応できるようになっていた。
なので余った集中力を思考することに割くことができ、私は今攻撃の対応よりもむしろこの状況について考えていた。
……十中八九この人々は傀儡(くぐつ)だろう、それがあの猫の力か一向に攻撃に参加してこないあの少女のものなのかはわからないが……それにさっきの口ぶりからするに、この人達はきっとまだ人として終わらされてはいない。まだ人なのだとしたら下手にこちらから手を出すのも得策ではないな。
多対一に見えるがあくまで対峙しているのは私と、そしてあの猫と少女なのであってこの愚直に襲い掛かってくる人々は道具でしかない。道具というのは使用者を叩いてしまえばそれ単体では機能はしなくなる。
だとすると、やはり狙うのはあの二人(?)になる。目まぐるしく攻防を繰り広げているように見えるこの状況は、単に私が攻めていないだけの事により作り出された、実際には進捗のない膠着状態だったりするのだ。
タイミングを見計らって一足でそこまで跳ぼう――まずは猫の方だな。
ピンポイントに金棒(ロッド)を少女の横の猫を狙って振りぬけるように突進する――あの猫の炎だがあれは球状にして打ち出すか、猫の体を数センチの範囲で覆っているかのどちらかのようだ。
炎玉を金棒で打ち落とすこともできたし、最初のわき腹への不意の一撃も衝撃と痛み意外は特になにも無いようだ。なぜか焼けてはいないが。
これ
とにかく、金棒で纏っている炎ごと猫は貫ける。
しかし自分を狙っていることに気づいた瞬間猫は少女の陰に隠れるように、少女は猫をかばうように位置をとった。
――これだと少女も一緒に叩き砕いてしまうな……なら。
上に跳び上がるかのように地面を蹴ったように見せ、身をかがめ瞬間的にスピードを上げて相手の後ろに回りこむ。
正面から背後をとるならこれがシンプルで一番早い。流石にプロ相手には通用しないがまあ今回はこれで十分だろう。
現に後ろに回ったことに全く猫も少女も気づいていない、終わりだ、さあ一息に――。
一息に……。
――一瞬の間隙、を肌で感じたと同時に横から鉄パイプが叩きつけられる。
「ちっ……」
その場から引いて少女達から距離をとる。……なんだ今の違和感は……いやだめだ、それは今考えてはいけないことのような気がする。
しかし何にせよ、絶好のチャンスを逃したのは事実だ。そして同じ手はもうできなくなった……少女の前には数人、傀儡の人間が護衛するように立っていた。
「……ほら、殺しに来た。最初からそのつもりだったんだ! せっかく気を使ってコワレナイようにしてあげてたのに……でももうわかったよ。そっちがその気なら――!」
少女の声に怒気が篭るとまた一斉に人々が向かって来た。またか……こっちもなるべく怪我をさせないように気を使ってるんだっていうのに――。
身体が迎撃体制に入ったとき――私の懐には少女の姿があった。
目を離してなんかいない、飛び掛る人々を確認しながらも意識の中心は常にその少女と猫に向いていた。
だからこそわかる。周りの人間が普通の速さと錯覚してしまうほどに少女の速さは狂っていて――私が目の前にいるのがその少女だと理解する頃には少女の肘は正確に私の胸を捉えていたのだった。
「――っ!!」
冗談じゃない……! こんなの……こんなの人の対応できる範疇を超えている。どうやら――一気に仕留めるつもりのようだ。
胸と……衝撃で倉庫の入り口に叩きつけられた背中が軋む。
しかしひるんでなんかいられない、私が体勢を立て直すとそれを見た少女はとどめだと言わんばかりにまたあの狂った速さで飛んできた。
・・
不意――にも本当は、ならないはずだったそんな初撃とは違う。流石に追撃は受けるわけにはいかない、驚いたがこの速さならまだ私なら対応できる。
私が避けたことにより少女が繰り出した蹴りは倉庫の入り口に突き刺さる。その衝撃に鉄製の扉がもう開くことがなくなったことがわかる。本当は粘土かなにかでできてたんじゃないかと思わせるほどに、歪んでしまっていたのだ。
これは――だめだ! 一刻の猶予もないというヤツだ。一気に選択肢の数が減った事を実感し、その残った選択を実行しなければならない。
多少の犠牲はやむを得ない、とにかく元凶(白い猫)を仕留める――!
でないと――あの少女の速さは人の限界を悠に超えている。鍛え上げられた肉体ならいざ知らず、あんなか細い身体でそんな動きをしたら肉体がそれに対応できずに壊れてしまう……!
少女を横目に猫へと駆ける、本当は生け捕りにしたかったが――仕方が無い。どうあがいてもこちらもやられるわけにはいかないんだ。
金棒の狙いを猫へと向けると、そこでまたしても少女が立ちはだかる――恨むなら、死ぬまで恨め!
そのまま少女ごと――猫を貫く。心臓の位置が狙いやすい身体の中心にあるのはなんとも皮肉な話しだと、昔誰かが言っていた。
金棒の先端が、猫を守ろうとする少女の胸へと突き刺さろうかという瞬間、先程感じた違和感がなんであるかがわかる。
それにより覚悟が鈍ったなんてことは絶対に無かった。あったとしても、あの刹那にそれが影響を及ぼせるとも考えにくい。
だから金棒がなにも捉えることなく空を切ったのはきっと、私が相手の力量を見誤ったからに違いない。
そうでも思わないと……あのイレギュラー達のせいにしてしまうことになるから。
少女は半身にずれると私の腕を掴み、信じられないほどの握力で握り折りにかかってきた。
やはりそれはありえないほどの力で、すぐに私の掴まれた腕からはベキベキと瑞々しい音が無数に聞こえてきた。
少女の目は真っ直ぐにこちらを見ている……苦痛にゆがむこともなく。
そんな人外じみた力に耐えられるはずもなく、先に耐え切れずに砕けたのは少女の指の方だったのだ。
しかし結果的には砕けたのが私の腕だろうが少女の指だろうが、それは瑣末なことに過ぎなかった。
そちらに一瞬気をとられた私は、全身を包んでいく炎からは逃れられなかったのだから。
炎は瞬く間に足元から駆け上り、不覚を取ったと気づいたときには一部の隙もなく私は火達磨となっていた。
その炎に温度は無く、だが代わりに全身の骨を直接捻られるような感じたことの無い刺激に襲われる。
「〜〜〜〜〜〜っ!」
くっそ……、せめてこいつだけでも――。
金棒は落としてしまった。そして体重を脚が支えきれなくなり崩れ落ちる。
服も皮膚も……見る限りダメージを受けている様子も無いが、新種の拷問のようなこの苦痛は確実に私のナニカを壊していく。
・・・・・・・
この炎は……私の一体なにを攻撃しているというんだ――?