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千歳の魔導事務所

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 桜の木の中に引っかかるような格好になるが、とりあえず怪我は無いようだ。

「……ありがと、レオ」

「ああ、なんとかな、だが……」

 レオは言い淀む、だがすぐに周りがガサガサガサと騒がしく音をたてる。

「そぅら! もっかい跳ぶぞ」

「う、うん!」

 自分が突っ込んできた方向に丁度筒状の枝のトンネルができていたのでそこから一足に脱出する。

 ガサガサ音をたてて私を捕らえようとしていた人達は私から視線を外さない。その視線は中庭だけではなく校舎の各階からも感じられた……確実に、増えている。

 流石にあの中庭にはもう降りれない、降りた瞬間にやられる。

 なんとか屋上に降り立つが、当然そこにも待っている人はいるわけで――。

「っと!」

 ガキィン! 間一髪私がいた所に叩きつけられる。金属バットは痛いよ主将! 全く冗談じゃない。

 もうそうなると不可侵な領域は空中しかない。自分から投げ出されるように屋上から飛び出し、丁度桜の木の真上に位置する空中に停止する……いよいよやってることが魔法少女染みてきた。

 ここなら少しは時間が稼げるだろう……そう思ったが屋上の野球部主将の様子を見て嫌な予感がした。

「ちょっと……まさか……」

 距離をとるように後退する主将……そして、予想通り一気に駆け出した! 真っ直ぐにこちらに向かって!

 屋上は私の胸の位置ほどの手すりが周りを囲っているのみで、主将はそれを踏み台にするように空中に飛び出した!

「なっ……!」

 レオが肩で驚嘆の声を挙げる。主将の手には金属バットが握られていた。が、空中で動きの制御なんて常人にできることじゃない。着地までの運命は踏み出した瞬間に決まっている。

 だからその攻撃自体を避けることは簡単だった。だがレオと、そして私が焦ったのはそんなことじゃない。

 案の定、私の身体に当たることなくバットは空を切る。しかしその後、空中に何も引っかかることなく飛び出した人体はどうなる? ましてや三階建ての学校の屋上ほどの高さから落ちたら……?

 主将は桜の木の天辺に頭から突っ込むとそのままバキバキと派手に音をたてて落ちていった。そして最後に鈍く地面に当たる音……。

「レオ……」

「まずいな……このままだと死人が出るぞ、さっさとこのまま飛んでいこう」

 言ってレオは私の足元にある風の塊の勢いを強くする。だが、それはまずいっ……。

「あいつらが届かない高さまで上昇すれば大丈夫だ。いくらあいつらでも人間の限界は超えられないはずだ」

「そ、ダっれっ……!」

 焦って噛み噛み。肝心なときに……それはダメだよレオ……!

 言う暇も無く、私の身体は一気に、高度を上げる。……だから……あの高さでも……私には限界なんだってば……!

 ――そして、世界が白くなった。

「!? おい、孤――」

 重力のままに、落下していく。

 この状況で一つ褒められるところがもしあるとしたら、それは私の深層意識だろう。どこかの彼方へ飛びそうになっていた私の意識は気絶なんかしてる場合じゃないと、地面に叩きつけられる直前に私の中へ帰ってきてくれたのだから。

 だがその代償は大きく、自信の中の魔力を使ってなんとか地面との激突を抑えてくれたレオはどこかへ弾け飛んでしまい、朦朧とする意識の私は後ろから瞬間的に首に腕を回され、両腕もがっしりと後ろ手にされて固定されてしまった。

「ぐ、ぁっ……」

 やってしまった……。これは……私一人じゃ……。

「……全く、君は本当に何者なんだ?」

 そして、柏木先生が近づいてくる。心底呆れているようだった。私は身動きも口を動かすこともできず、ただ先生を睨み付けるしかなかった。

「さて、とりあえずここは神聖な学び舎だ……あちらも気になるし……一緒に行こうか? 与那城さん」

 手ぬぐいを咬まされ、両手、両足も縛られる。そこで気づいたが私を捕らえているこの人、腕の間接が二つある……?

 いや、そういう風に見えるだけだ……。この人はさっき、私を空中でぶん殴った青い作業着の人だった。腕の関節が二つあるように見えたのは手首と肘の中間の部分で不自然に折れ曲がっていたからに過ぎない。

 きっと……着地のときに腕から落ちたんだろう、しかしその折れた腕であれほど頑丈に私の首を絞め上げたんだ、通常だったらどれほどの力がでていたんだろう……。

 何が『手荒な事はしたくない』だ、結局暴力にものを言わせて……だけど、それならこちらに分があると思ってたのも事実だった……甘かった……。

 身動きのできないまま作業着の男に小脇に抱えられ、柏木先生の後ろを連れられる。

 フェンスの一部をはがし、雑木林に入る。どうやら倉庫に向かうらしく、そして付いてくるのはこの作業着の男だけのようだ。

 暴れようとする度に抱えられた腕が絞まりお腹が圧迫される。下手したら肋骨が折れそうなその力にもう私からははどうすることもできないことを悟ってしまった。
              ・・・・・
 だから、精神を集中させる、タイミングだけは逃さないように。

 じっとして、大人しく、観念したように黙り込む。……もう少しだ。

 先生も、この男も気づいている様子は無い。私はまだ、終わってなんかやらない。

 ――そして、差し掛かった。そこで、頭上から小さな気配が鋭く落ちてくる!

 レオが、なんとか先回りをして待ち伏せていたのだ。まだだ、まだ私とレオが一緒ならなんとかなるんだ……!

 ここしかないというタイミング、完全に死角に入り込める――はずだった。

 しかし男は身を翻し、降ってくるレオに対して完璧なカウンターの拳を振り上げる。

 ……この瞬間だけは、辺りの蝉の声も一斉に鳴き止んだような静寂に包まれた気がした。

 頭上で……渇いた枝が派手に砕けるような嫌な、とても不快な音が鳴る――。








 太めの枝を確認し、体重がかかる時間対圧力を調節しつつ降り立つ。

 私の体重は身長に対してなら平均より幾分か軽い。

 筋肉の分があるとしてもそれを差し引いても脂肪が圧倒的に少ないからだ。

 体重ギリギリの重さに耐えられるであろう枝を見極め、そこに向かって跳躍する。跳ぶ際も本当は気をつけなくてはならない、人が地面を蹴って跳躍するとその瞬間、地面には体重の数倍の圧力がかかる。

 ましてや今跳ぶために蹴る対象は木の枝なのだ、下手にすると簡単に折れてしまう。

 しかしそんなことは今更確認するまでもない、そんなことは無意識の反射でできるようにさんざ訓練してきた。

 次から次に、枝から枝を伝って行く。目的はあのぼろい倉庫だ――絶対にやつらより先回りしなくてはならない。

(ばらけたのは……かえって正解だったかもな)

 あの子……正体はわからないが本当に素人のようだった。

 しかしそれにしては高度な使い魔とあの能力……得体の知れないのはむしろ彼女達の方ではあった。

 けれど……今回の事に関しては本当に協力しようとしてくれているのも確かだ。彼女達の事は、もう少し後で考えよう。
作品名:千歳の魔導事務所 作家名:こでみや