千歳の魔導事務所
大人しく聞いているふりをしているが……内心は気が気でない。玲華さんと……追っていた二つの気配はもう倉庫付近に辿りついたようだが、倉庫の魔力の気配が邪魔で詳細がよくわからない。
しかし先生の言葉を聞き流すわけにもいかず、心は私を焦らせるばかりだ。
「でも、結局帰ってきたんですよね? 現にさっきいましたし」
一応、聞いているということを相手にアピールするように相槌を打つ。
「ああ、丸一日経った後で無事に帰ってきたよ。でもその時に妙な石を咥えてたんだ……。半透明のガラスのような石でね、一体どこから持ってきたんだか」
――それは多分結晶のことを言っているのだろう。レオと視線を合わせると、レオは小さく頷いた。
「なし崩し的に家で飼うようになったその子猫は時々そうやっていなくなることがあったんだ。でも決まって一日二日で帰ってきて、その都度口には同じような石を咥えてた」
その時の先生の気持ちを想像すると恐ろしい。
なにせ拾った猫が恩返しよろしくどこかから得体の知れない石を拾ってくるのだ。それがもしよろしくない石だとしたら警察に届けるわけにもいかず、しかし石はどんどん溜まる一方で。
「一ヶ月程前だったか、そろそろ僕の部屋の一角がその石で埋め尽くされそうになった頃、僕はその日大学の仲間と飲んでいてね、帰りは終電ギリギリだった。柄にも無くハイになってたんだ」
残念ながらこの辺りは治安がそこまで良いとは言えない。それも駅前なんかは少し裏路地に入ると女の子にとってはとても深夜になんかは歩けない。
「若い二人組みだった。色も黒くてね、正に遊んでるって感じの子達だったよ。人気の少ないところに差し掛かるのを狙ったんだろう、突然後ろから襲われた」
言わんこっちゃない。私も半年ほど前から絶対深夜は一人で歩かないと決めているんだ。
「襲われたといってもそこまでやられたわけじゃない。所詮金目的だ、突き飛ばされて後はナイフを突きつけられて脅されただけだった。でもそいつらが目的を遂げて去ろうかというとき、突然時間が止まったみたいに動かなくなったんだ」
先生は少しずつ思い出すようにして話す。
「何が起こったか一瞬わからなかったね。でも落ち着いて見てみると、そいつらの後ろにその僕が拾った猫がいたんだ。そして足元には例の石が二つ、転がってた」
「……猫が、助けてくれたんですね」
私もごく最近猫に助けられた事があるから少し、ほんの少しだけど、その時の気持ちはわかる。
「逆に納得してしまったよね。ああ、やっぱりこの子は普通の猫じゃないんだなって。僕が気づくと財布を置いてその二人組みは何事もなかったかのように去っていったよ」
「それで結局その猫ちゃんは一体なんだったんですか?」
急かすような聞き方が良くなかったかもしれない。先生は少しだけ不機嫌な様子で答える。
「まあ……僕も思ったよ。それで聞いてみたんだ、『君は一体何なんだ』って。そうしたら、信じられないかもしれないけれど普通に答えてくれたよ」
――聞けばその猫は、当然普通の猫じゃなかった。生きる為に人や他の生物の生命力を糧とする存在で、そして一度生命力を分けた生物は自覚無く、その後も自身の生命力を献上するようになることになるという。
そしてその時生命力を結晶として保持しておくことによりその生物を意のままに操ることもできるのだそうだ。先生が襲われたときにおとなしく若い二人が去ったのもそういうことらしい。
「僕はそれで考えたんだ。その生命力の石を置く場所もそろそろ困っていたわけだし、どこかにいい場所はないかって」
「それで、あの倉庫を見つけたんですか」
「そうだね、君が昨日見つけたあの倉庫。調べたらあそこは昔は公民館として使われていたらしいね、それが使われなくなって倉庫のようになり、それも役目を果たして今のようなカタチになったみたいだ」
……嫌な感じだ。どうしようもない、袋小路に迷い込んだような、そんな気持ちだ。
慣れてきたのか、こんなとんでもない世迷い言な会話でも私の頭はなんとか理解しようと動いてくれているようだったが、たどり着く答えは認めたくないものになりそうだ。
「じゃあ先生、これからどうするんですか?」
先生やあの猫の目的は、魔力を集めて何かをすることじゃない、魔力を集めることこそが目的だったんだ。舞樫の人たちの所有権のおまけつきで。
先生は少し考えるようにしてから答える。
「だから、特別にどうすることもないよ。僕も変わらず教師として生活していくし、あの仔も普通の猫のように生きていくはずさ、人から少しずつ生命力を分けてもらってね」
「だったらなんで、舞樫全部を巻き込むような真似をしたんですか? なにも何万人分もの、その、生命力がなくても大丈夫でしょう?」
「うーん……僕にもよくはわからないんだけど、そんなこともないみたいだよ?」
……果たして本当だろうか? この人が私に全て話す義務はないわけだし、騙そうとしていることも十分にありえる。
でも一応話しの大筋はわかった。じゃあ後もう一つ聞いておこう。
「……わかりました。じゃあ先生、一つ聞きたいんですけど――ミキに一体、何をするつもりですか?」
――空気が一段階重くなるのを感じた。
先生は軽くため息をついて、ベンチに座ってから初めて私の方を見た。私もその視線を跳ね返すように先生の目を見る。
「君は彼女と仲が良さそうだったね。ただ勘違いしてほしくないのは彼女に対して僕が何かしようとしているわけではないよ」
そんなこと言うが関係ない。あなただろうが誰だろうが、ミキになにかしようとするなら許さないのは変わらない。
「どうやら彼女の生命力は素晴らしいものらしくてね、ただあいつがいたく気に入っただけなんだよ」
「それでも……こんなこと、やめてください……もっと別の道があるはずです……」
そもそもの元凶はあの白い猫だ。この人に何を言ってもしょうがないのかもしれないが――。
「どうして? あいつだってただ生きたくて生きているだけだ。ちょっと特殊なだけで、人間みたいに何かを殺しているわけじゃないし、僕らがそれを止める権利は無いはずだよ」
「それでも、あの仔は人を好きなように操れるんでしょう? そんな人質みたいに人の自由を縛る権利こそ無いはずです」
私は立ち上がる。大体の事はわかった、後はあの白猫をなんとかしに行かなきゃ。
「どこに行くのかな?」
立ち去ろうとする私の背中に先生が声をかける。
「その仔の所に行きます。言葉がわかるんでしょう? だったら説得しに行くまでです」
先生も立ち上がって、桜の木を回り込みながら言う。
「いやいやそれは止めてあげてくれないか。せっかく安住の地を見つけたんだ、できればそっとしてあげておいてほしいんだ」
そして両手をポケットに入れて見下すように私の前に立ち塞がった。
「……どいてください」
「あんな話しを信じてくれるなんて……僕から見れば君の方がよほど恐いよ、あいつも君だけは操ることもできないと言っていたしね。その背中の猫もそうだが……君は一体何者なんだい」