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千歳の魔導事務所

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「玲華さん? どうするんですか……?」

「始末する。見ないほうがいいぞ」

 言って――玲華さんの右手はその猫の首を狙って掬い上げるように一振りされた。

 口を挟む隙も無く、玲華さんは高々に首を掴んだその猫を掲げ、そしてその右手には力が込められていくのがわかる。

 思わず目を背けてしまう。今にも嫌な音が聞こえてきそうだった。だが――。

「ぐっぁ……!?」

 玲華さんはうめき声をあげて一瞬ふらつき、その隙に猫は玲華さんの手から逃れて駆け出してしまった。

「玲華さん!」

 ぐらついた玲華さんに駆け寄りその身体を支える。視界の外で、その猫が遠ざかって行くのが気配でわかった。

「くっそ……意識が……だが間違いない! あいつだ、どこ行った!」

 麗華さんの言葉には怒気が込められていた。そこにレオが嗜めるように言う。

「落ち着け、逃げられてもこいつが気配で追える。だが校舎にはまだ別の気配があるんだろう? そっちも放っとくわけにはいかない」

「だがこれでこちらの事は完全にばれた! 何か手を打たれる前に追うぞ!」
                                                      ルーキー
「お前が仕留められなかった時点でこちらは一手負けてるんだ。我武者羅に突っ込んで死んでもいいなら止めないがな、新人」

「なんだ、と……」

 一瞬、空気が張り詰める。玲華さんは前に見たあの敵意に満ちた視線でレオを見る。

 だがすぐに玲華さんが折れたようだ。いや、すまない、と一言謝って頭を一振りする。仲間割れなんかしている場合ではないことなど、三人が三人共、わかっていた。

 ――後ろからなにかを感じた。思わず振り返る。

「どうした? 孤――千歳」

「今、多分見られたよ、二階の気配に。――動いてる……飛び降り、た? ――猫を追って……倉庫に向かってる!」

 玲華さんの身体がぴくっと動くのがわかった。だが自制するように唇を噛み締め踏みとどまる。

「一階のやつは?」

 レオが落ち着いた声で言う。私もできる限り気を静めて集中する。

「……こっちも動いてるけど、ゆっくりだね。そこに見える教室のすぐそばの廊下にいる……」

「くっ……どの道あの猫を倉庫に行かせるわけにはいかないぞ……」

 と、玲華さん。

 先に倉庫に向かっている二つの気配のスピードはそれほどでもない、きっと今からでも玲華さんなら先回りできるだろう。

 レオもそのことはわかっているようだ、苦々しく言葉をひねり出す。

「追おう――いや、追ってくれ、俺達はあとから追いつく」

「それしか――ないか……」

 一階の気配、どうやらこちらも私達には気づいているようだ。きっと、こちら側の動向を窺っているのだろう。

 不安でしょうがない。きっとそれが顔にもでていたのか、玲華さんは私の頭に左手をぽん、と置いた。

「大丈夫だ、君の肩に乗っている奴を信じろ、それに自分の力もだ。……巻き込んでしまって、本当にすまない」

 玲華さんはそう言って、私から数歩離れると振り返り、

「すぐ戻ってくるから、それまで頑張るんだよ!」

 と、最後に八重歯を見せて微笑む。その姿に一瞬、初めて会った時の姿が重なる。

 そうだ、あれが私の日常だった。いや、あの時はもう遅かったのかもしれないが。

 そして直後、人とは思えないスピードで駆け出した。

「孤都、一階の奴はどうだ」

 うん、私の傍にはレオがいる。大丈夫、大丈夫だ。

「また動いてる。このまま行けばもうすぐそこの扉から出てくるはずだよ」

 やはりこちらの出方を見ていたみたいだ。そしてこの気配は急ぐこともなく、しかし真っ直ぐにこちら(・・・)に向かっている。

 扉が開く。その人物は前に見た時とほとんど同じ格好をしていたが、あの時のような柔らかな表情はしていない。

「そうか、あいつが言っていたイレギュラーというのは君だったのか、えっと――」

「もう、忘れたんですか?」

「人の顔と名前を覚えるのは苦手でね」

 自嘲するようにその人は笑って見せるが、それでもその目だけは――。

「確か――与那城さん、だったかな」

「ご苦労様です、土曜日なのに」

 柏木先生のその目だけは、この世の全てを蔑んでいたようだった。




「――さっき一緒にいた人はお姉さんかなにかかな?」

 柏木先生はさっきまで猫がいたベンチに座って私に話しかける。

「そんなところです。……先生、さっき教室から私達の事見てたんですよね?」

 この人のことだ、多分またあの国語準備室にでもいたのだろう。あそこからならこの中庭は良く見える。だとしたら、玲華さんが猫にしようとした事も見ているはずだった。

「ああ見ていたよ。全く、ひどいことをする人もいたもんだね。動物になんであんな事ができるのか、僕には理解できないよ」

「……先生、色々と単刀直入に聞きます。先生はあの白い猫の事、前から知ってましたよね」

 私は先生の正面に立ち、警戒を怠らないように、しかしそれを悟られないように努めながら先生に話す。

 なぜか先生は私の肩に乗っかっている猫人形のことは見えてないかのように無関心だった。

 先生は正面から私を見据える。一瞬気圧されそうになるが、私は負けない。

「ええ、まあ別に隠す必要もそこまで無かったんだけどね、なんとなく君達には僕が知ってることは教えないほうがいいと思ったからね。いやしかし、昨日の今日で君が探りに来るとは思わなかったよ」

 探りに来る。それはつまり探られるようなことがあるという事だ。あの時の先生の猫を見る目は本当に優しかった、でもこの人が舞樫の人を巻き込んで何かしていることは、それも事実のはずだった。

「教えてください。先生やあの白い猫は一体何をしようとしているんですか?」

「別に、なにか特別な事をしているつもりはないよ」

 座ったらどうです? と先生は私に隣に座るように促した。戸惑ったが、座ることにする。

 隣といえば隣だが、その間の空間は人が三人は座れるほどに空いていた。

「……あの仔を最初に見つけたのは僕がこの学校に来てからすぐのことだったかな」

 先生は語りだした。……ぶっちゃけていうとそんな悠長に聞いている余裕は私には無い。目的さえわかればそれで良かったし、なにより玲華さんの事が心配だった。

 だけど仕方が無い。レオも小声で聞いとけって言ってるし……。

「その時はまだ小さくて足取りも覚束ないほど子猫で、それが道に落ちてたんです、あまり元気も無く。辺りを見ても親も兄弟らしい猫もいない、仕方が無いからその日は家に連れて帰ったんだ」

 確か先生の住まいは市内で、そして一人暮らしだったはずだ。

 なぜ知ってるか。それはクラスの女子がひそひそひそひそ大きな声で話しているのを聞いた覚えがあるから。

「幸運にも何日かしたら元気になってね。でも僕のアパートはペットが飼えないし、一応獣医さんに見てもらおうとしたんだけど、その時急に逃げ出してしまったんだよ」
作品名:千歳の魔導事務所 作家名:こでみや