千歳の魔導事務所
「そろそろ着くけどレオ、まずはどうしようか」
「とりあえずあいつと合流しよう。話しはそれからだ――あ、あと孤都、一応言っておくが俺は基本ずっとここに引っ付いてるからな」
そこんところよろしく、とがたがたの猫人形は陽気に言っていた。
「ん……そうだね、それが私もいいと思う。じゃ、しっかり引っ付いてなさいよ」
学校が見えた。世間的には今日は土曜日らしいので、正門は閉まっているが、それでも用のある少数の人の為に正門横の小さい通用口は開いている。通らないが。
そのまま正門を通り過ぎ、私は外周を回って倉庫へと続く雑木林のフェンスの前までやってきた。
「レオ、試してみよう」
私は腕輪を外し、ポケットへと入れる。昨日は突然の事でよくわからなかったが、落ち着いて集中すると自分の身体の表面をなにかが巡っているような感覚が、今はある。気がした。
「……そうだな、練習がてら、やってみよう」
なるべく木や草でわかりにくそうなところを見つけ、人差し指を天に向け、呼吸を整える。そして――。
「いち、にの、てぇりゃぁっ!」
――振り下ろす!
ギャリギャリ――と、金網を撫でる音がした。
「むう、だめか……もう一回!」
イメージは、私を経由してレオが魔法を使う――そんな感じだ。上手くいけば金網を両断することができるはずだったが……。
そう簡単な話しでもないようだった。
バキッ――ベギャッ――ズリッ――ゴリッ――ピシッ。
しかし何度やっても金網が切れることはなかった。
「相性の問題だな。瞬間的に魔力を一点集中して高密度で放つ――一個人でも大変なのに二人の呼吸を完璧に合わせるなんて無理だ。これは使えないな」
レオはのそのそと私の肩から降りると、地面に近いところで手(前足)を十字に切るようにした。
するとそこの金網は音も無く切断され、人一人通れるほどの抜け穴ができたのだった。
「むう……なんか納得できないなあ……」
ぶつぶつ言いながらもそこをくぐり、倉庫が見える位置まで雑木林の中を進む。外見はどうやら何も変化らしい変化もないようだった。
なるべく音を立てないように倉庫横まで辿り着く。さて、これからどうしようか。
「裏口を開けようにも中に誰かいたら一発でばれるからな。よし、俺を窓に放り投げろ、そこから中の様子を見てくる」
けったいな作戦だったが、シンプルイズベストという言葉もある。
レオをなるべく激しくぶつけないように、二階の窓ギリギリの位置に放り投げる。
ちょっとだけ外れたが、空中でレオは微調整をして、上手く窓枠に上半身をかけることができたようだ。
少し待つとレオが降ってきた。ナイスキャッチするとレオは、
「裏口から入って平気そうだ、あいつしかいねえ」
結局、私達は中で張っていた玲華さんと無事に合流できた。
「あれからここに来たのは今朝方に白猫一匹だけだ。おそらくもうここに結晶があるのがバレていることは、向こうにもバレているだろう」
玲華さんは淡々と話す。ふと思ったのだが、この人いつ休んでるんだろうか。
「そりゃああんだけ派手にやらかしたからな。で、どうするんだ。一度校舎の方にも行ってみるか?」
少し考えてから玲華さんは答える。
「それも考えたんだが相手の背格好が解らないからな、どの道ここで待ち伏せて現れた奴を疑うしか方法が無い。最初は動物達を追ってもみたが、結晶を持ってくる以外は至って普通だったよ」
「せめてなにか判別できる特徴があれば、か」
レオと玲華さんはそういって考え込んでしまった。
これは――なにか違和感があるな。
「ねえ玲華さん」
私の言葉に玲華さんとレオがこちらを見る。
「あの、もう舞樫の人って一人残らず、その、やられちゃったんですか?」
「ああ、おそらく間違いないだろう。結界内にはもう無事な一般人はいないはずだ」
「じゃあ今も舞樫で魔力が残ってる人がいたら、その人が怪しいですよね」
「私達を除けば、な」
言って玲華さんはレオを見る。レオはふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。そして、そこから百八十度首を回転させ目を見開いて私を見る。
「まさかお前――」
「……校舎に行きましょう。そこに、いるみたいですから」
「そんなにはっきりわかるの?」
私の少し前を歩く玲華さんは雑木林を掻き分けながら私に話しかける、目指すは焼却炉の裏の抜け穴だ。
「ええまあ、倉庫(あそこ)にいると結晶が邪魔でそこまで明確にはわからないですけど、こうして離れるとやっぱり校舎のほうにいくつか気配があるのを感じます。今はそれぞれ、そんなに離れてはいないですが別々の場所にいるみたいです」
それは昨日、倉庫を訪れる前に感じたものと同じもののようだった。ただ今はその時よりもより確かに感じ取れる。
「そうか、なら一つずつ確かめてみようか。もうこの段階でその気配の持ち主が無関係なんてことはほぼないだろうから、慎重にいこう」
レオが私と玲華さんに向けて言う。玲華さんも聞こえているはずなのだが前を向いたまま、特に反応は示さなかった。
抜け穴を通り、校舎に辿り着く。気温もだいぶ上がってきて私も玲華さんも結構な汗をかいていた。
玲華さんは途中で作業着の上着を脱ぎ、それを腰に巻いて上半身は白いTシャツ姿だった。いつぞやも思ったが、やはり良いプロポーションをしている。
額の汗を腕で拭いながら玲華さんは言う。
「――ふう、さあここからだ。一番近いのはどこ? 千歳ちゃん」
……? ……! ああそうだ、玲華さんにはそう名乗ってたんだっけか。一瞬ここにはいない人の事を思い出した。
「え、っと。一番近いのは――すぐそこの中庭です。後は校舎の一階に一つ、二階の奥の方にもう一つ。感じ取れるのはその三つです」
よし、じゃあ、行こうか。そう言った肩のレオの言葉に私と玲華さんは頷く。
まずは玲華さんが先頭に、壁から半身を出して中庭の様子を見る。
そして一通り見渡してから私の方を向いて言う。
「――誰もいないぞ?」
……いや、そんなはずは無い。私も中庭を覗いてみたが、やはり誰もいない。
「……でも、気配は確かに感じます。あの真ん中の木のすぐそばです。――行ってみましょう」
気を張りつつ一本桜に近づいていく。うん、ここから見てその木の裏のベンチの辺り、そこにいる。
「……こいつか」
回り込んで、玲華さんがそいつを見て言葉をもらす。
そこには日陰のベンチに、そよ風に吹かれながら気持ちよさそうに眠る一匹の白い猫がいた。
「その仔、ですね。間違いありません」
メガネを通して見ても、その猫からは燃え上がる炎のように魔力が溢れてるのが見えた。
その猫は私達に気づき、目を開けて猫特有の寝起きストレッチを前に一回後ろに一回。そうしてから座りなおして真っ直ぐに私達のことをその緑色の目で見つめる。
「見たところは普通の猫だが……今更そんなわけもないのだろうな。さて――」
玲華さんは呼吸を整える。右手で何かを確かめるように二回程握りこむのが見えた。