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千歳の魔導事務所

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 リイトは果てしなく広いホールの玉座に坐する魔王を目の前に想う。此処に至るまでに出遭った数々の人々、仲間、そして家族のこと。皆この未来の見えない世界で懸命に生きていた。

 例えばあの母親を魔物に殺されてしまった宿屋の少女。彼女はそれでも旅人に太陽のような笑顔を振りまいていた。夜中に一人声を殺して泣いていたのを俺は知っている。

 例えば志半ばにしてその若い命を散らした魔導師のユズハ。俺の身代わりとなって彼女は消えた。だが彼女の遺志は、彼女の力は。まだ俺の中に確かにある。

 例えば俺をここまで大きく育ててくれた両親。やさしく、時に厳しく、そして嘘のつけない両親。大丈夫、本当の親子じゃなかったとしても俺はあなたたちを本当の両親だと思っているから。

 走馬灯というには自発的な、回想しているにしては受動的な思考が頭の中を巡る。不思議な気分だ。俺がここで死んだら全てが終わってしまうというのに、心はひどく落ち着き、体は今までで最高の状態だ。これならどんな敵にだって勝てる気がする。それがたとえ魔族最大の魔力を宿し、世界最悪の思考によって、その万物最強の体でもってこの世を死に至らしめんとするこの魔王だとしても。

「さて、準備はできたか? 勇者リイト。なに緊張することは無い、お前はただ黙ってじっとしていればいい。そうしているだけで全てが終わるぞ?」

 うるさい。

「今からでも遅くは無い、我が軍に降れ。お前には十分その資格があるからな、なにせお前は」

 そこで魔王は言葉を区切る。俺にはその先に発せられるであろう言葉はわかっている。だがよせ、聞きたくない。魔王は続ける。

「お前は、私の息子。なのだからな」

 目を細め、口端をわずかに吊り上げるようにして魔王はこちらの様子を伺っている。わかっていても改めて本人の口から真実を伝えられたことに、少しだけ剣を握った拳の力が入ったことさえも、俺は知られたくなかった。静かに怒りを宿した瞳で俺は魔王を睨み付ける。

「なんだ、反応が薄いな。知っていたのか? だとしたら喋ったのはクリーエ辺りといったところか。ふむ、あのお喋りペンギンめ。だが知っていたのなら話は早い、お前も実の父を殺すのは辛かろう、そしてお前が私を殺したとしても魔族のお前を果たして人間どもは快く迎え入れてくれるのか? いいやありえない。いずれは恐れられ、殺される。お前が救った人間たちによってな。ならばどうだ? 共に魔族として世界を築こうではないか! 世界の半分は皇子たるお前のものだぞ! 人間を飼いたいのならばそこで好きにするといい! 悪い話ではないだろう?」

「論外だ、世界はお前のものではないし、俺のものにもならない、生きとし生けるもの全てのものだ! それに俺は約束したんだ……必ずこの世界を平和にするって……だからそのためには! ここでお前を倒さなくちゃならないんだ!」

「そうか、見上げた心意気だな、流石は我が息子! ならば来るがいい、身の程というものをわからせてくれよう!」

 瞬間、駆ける。この身に自らの全てを賭けて。

 

 
 ――果たしてリイトは世界を救えるのだろうか。そして後の世界で彼は何を思うのか。物語の結末はまだわからない。なぜならば――。

 なぜならば、下巻がまだ発売していないから。

『救った世界で勇者な俺が新たな魔王になったわけ』上巻 了

(……タイトルで言っちゃってるんだから、さっさと倒しちゃえばいいのに)

 作者のあとがきを流し読んで本を閉じる。時刻は正午になろうかというところか、午前中の雑務を終えて一時間程事務所の応接用ソファで軽い読み物《ライトノベル》を読み終えた私は立ち上がり、事務所のさらに奥にある作業室の扉をノックして開ける。

「所長?? そろそろお昼ですけどどうしますかー? なんだったら何か買ってきますけどー」

 この作業室は、所長はそう呼んではいるが私に言わせれば物置のほうが表現としては合っていると思う。それほど狭くもない、かといって広くもない部屋の一面は本棚の壁、それに向かい合って作業台の机がくっついていて、そこ一箇所のみ切り取れば確かに時計職人などの精密作業台に見えなくも無いが、なにせそれ以外のスペースにモノが多すぎる。

 部屋の真ん中にはどう考えても本棚に入りきらない量の本が私の身長ほどの山になって積まれているし、その山にオブジェのように絶妙なバランスでガラクタが点在している。
 わかりやすいところで床には片手で持つには辛そうなサイズの地球儀、一番場所を獲っている傾きっぱなしのロッキングチェアーの上には重りを載せて計るタイプの古い上皿天秤(とやっぱり本いっぱい)、その横にはダンボールにギュウギュウに詰め込まれた模造紙、これにはなにか図面のようなものが書いてあるようだ。そんなガラクタ山の向こうの作業台から「あーそうねー、なにか外に食べに行こうか」と声がした。所長の赤嶺千歳《あかみねちとせ》さんの声だ。

 作業を中断して伸びをしたようで、ガラクタ山越しに二本の手が伸びてみえる。

「だったら駅前に新しくできたパスタ屋さんに行きたいです。友達がバイトしてて割引券もらったから安く食べれると思いますし」

「……若いくせに堅実だねぇ、全く良い子なんだから」

 と、作業台から立ち上がり、部屋の入り口の私のところまで流れるように歩いてきて、おもむろに両手を広げ、聖母のような表情で。

 ふわぁ……と、流れるように抱擁された。

 その羽のような体の動きに騙されがちだが一度抱きしめられるとされるとなかなか逃れられないほどにガッチリホールドされることになる。

「はな、れて、ください、あっつい、から!」

 所長の肩をグイグイ押して反抗するもなかなか離れてくれない。曰く、長い黒髪と細身の体、そこに女子特有のいいにおいが合わさることにより抱きしめずにはいられない存在に昇華されるのだそうだ。私が。
 四月にこの事務所に来て四ヶ月、夏が始まるくらいから抱きしめられる頻度が増している。所長が女じゃなかったらセクハラで訴えて勝ってるところだ。所長が女だから、勝てるがぎりぎり訴えてはいないわけだけれども。

「なんだよー嫌がるなよー。減るもんじゃないしー」

 減るんですってば色々。


 事務所をでて駅に向かう、正確には駅前のパスタ屋に向かってだが。この事務所、駅から徒歩二十分というなんとも中途半端な立地であるため大体行きも帰りも自らの足に頼ることになる。この炎天下の下歩くのは実に気が滅入る話だった。八月の第一週、夏真っ盛りである。さっきはさんざん抱きしめられたし、後で所長にアイスクリームでもおねだりしようか。

 横を歩く所長はなんとも上機嫌そうだった。タイトジーンズにサイズの小さめなTシャツ、上のほうで一つにまとめた髪は夏の太陽の下で赤みがかって見える。もう二十代も後半に差し掛かろうというのに見ようによっては私と同じくらいに見えるんじゃないかこの人は。いや流石にそれは言いすぎか。
作品名:千歳の魔導事務所 作家名:こでみや