千歳の魔導事務所
「私、魔術師なんかじゃ――!」
言いかけたところでそいつの姿がぶれる。
「――くそっ!」
レオの声が聞こえた気がした瞬間胸の辺りに強い衝撃を受けて、また、私は吹っ飛ばされる。
今度は転がった先に木の幹があった。思い切り背中を打ち付けて一瞬頭が白くなる。
「かふっ……ぁっ……!」
息が、できない。まるで肺の機能が停止したみたいだ……れお……れおは、一緒に飛ばされたみたいだけど……大丈夫……?
「最近じゃ若い魔術師は格上の敵に相対したときにまずそう言うらしいな。だがその使い魔は見逃すわけには行かないな」
掌を前方にした構えを解きこちらに近づいてくる。どうやら先ほどの衝撃はその構えから繰り出されたもののようだった。
苦しさと怖さで涙が出てくる。滲む視界で見つけたのは死体のように横たわるレオの姿だった。
ギリギリ手を伸ばせばなんとか届く距離、だが後数歩であいつが、レオを奪ってしまう。
息も整わない、視界もぼやけるがそれだけは許してはいけない。私は夢中でレオを掻き寄せて、あいつに背を向けて座り込んだ。
「……哀れだな。最初からこんなことに手を染めなければ良かったんだ。知らない方がいい事なんか、世の中には腐るほどあるというのに」
背中からそんな言葉が投げられる。なんで、この人はこんなことをするんだろう。
もう涙も堪えきれない、息も上手くできない。
「――な、なんなんですか! ハァッ……グズっ、わ、私達が一体、何をしたっていうんですか! あ、あそこに入ったことは謝り、ますから――! ごめんなざい、しますからぁっ……」
足音が私のすぐ後ろまで来て、そこで止まる。
「……何してるんだ孤都、早く逃げろ……」
レオが腕の中で言うが、それは無駄だってさっき自分で言ってたじゃんか。
「手こずらせたな……とりあえず一つだけ聞いておくが」
威圧的にそいつは言う。
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「お前はあんなに人を犠牲にしてまで一体なにをしようとしてたんだ?」
…………え?
違和感なんてもんじゃない、この人、まさか。
聞き逃さなかった。「え、いまなんていいました?」なんて聞き返す勇気は無いけれど、確かに言った。
「まあ別に後でゆっくり聞かせてもらえばいいな、とりあえず――」
振り向いて肩越しにそいつの目を見て思う。私は、そんな、理由で、こんな目に遭わされたのか――。
「――!?」
なぜかそいつは後ろに飛びのいた。その表情はなにか得体の知れないものを見たかのような猜疑の色が伺える。
が、すぐにその顔は怒りに変わり、何かを噛み締めるようにしてこちらをにらみつけた。
「……なんだお前、やっぱり魔術師じゃないか。最近の魔術師は演技も嗜むのか……全く、外の奴らは節操がなくて品も無い。もう少しだけ付き合ってやるよ」
……なにを言ってるんだこの人。だがそいつはまた構えを取り、その顔も凜として一切の油断も許さない表情になっていた。
私は立ち上がり、腕に抱えたレオは私にだけ聞こえるようにささやく。
「なんで引いたんだあいつは……? お前、何かしたか?」
「わかんあいよ……だだ目が合っだら跳んで、何ら言い出しだんだよ……」
鼻水と涙をぬぐいながら答える。
「でもレオ、あの人――」
言いかけた瞬間――そいつが地面を蹴るのが見えた。また突っ込んでくる気だ、もう、レオもボロボロでどうしようもないというのに。
目を瞑り、せめて右腕で頭をかばって衝撃に備えるしかなかった。レオがまだ左腕の中で動こうとしていたのが感じられたが、今度はもう動くこともできないみたいだ。
「くそっ……!」
(助けて……!)
ドォン! と、今日聞いた中で一番大きい音がした。
…………おそるおそる目を開ける。耳がショックで鳴っている。そして私は、立っている。
あいつは、どこいった?
辺りを見ると、そいつはいた。
倉庫の、二階部分にめり込んでいる姿で。
「――が、は」
剥がれ落ちるように壁から落下したそいつは、なんとか足から着地したものの膝を地面に付いて苦しげな顔をしていた。ところどころ服が破けている。
おそらく、この場の三人が同時に同じ事を思っただろう。『何が起こった!?』と――。
少しの時の後、どうやら一番先に納得したのはレオのようだった。
「…………そうか……全く、とんでもない……」
レオが肩によじ登って言う。
「おい孤都、さっきのあいつの言葉聞いたよな?」
「……聞いた。じゃあ結局のところあの人はなんなのさ」
「それも大体見当は付く。だがとりあえずはこの場をなんとかする。俺の言うとおりに動けよ!」
倉庫の前に膝を付いていたそいつは一つ、大きめに息をつくと立ち上がってこちらに視線を向ける。
……ありえない頑丈さだ。きっとお腹の上をトラックが通過してもこの人ならトリック無しに平気そうだ。
「孤都、集中しろ。あいつから目を離さないように、あせらないように。心を落ち着けるんだ」
そいつは足元にあったコンクリートの破片を手に取る。この状況で無駄な行動をとるはずもない、そのままその破片を持って野球選手のようにそいつは振りかぶる。
「目を背けるな、右手を前に」
言われるがまま、右手を前に出し、掌をそいつに向ける。
そして寸分の狂いも無く、一直線に破片が飛んでくる!
「――っ!」
だがそれは私に触れることなく、目前で砕けて粉になり、空中に舞い上がっていった。
「……なるほど、その猫の術は飼い主仕込みというわけか。ますます気に入らないねえ、だったら最初からてめえでやっとけば余計な傷も負わなかったってのに」
言いながら、服のポケットから何かを取り出す。
銀色の、棒状のものだった。それを一振りするとカシャっという音がして形状が変わる。
警察官が持つような、普通は護身用として使われるであろうそれを、西洋の剣のように構える。
あれは……警棒とかいう奴だ。武器を取り出して、いよいよ本気、というわけなのだろう。
そしてそいつは前のめりになって地面に倒れこんだ。
「……へ?」
カランカランと、コンクリートに警棒が転がる。
「さ、片付いたな。とりあえずこいつには聞くことがあるから、ふんじばってどこか引きずってこうか。このままここに置いてったら焼肉になるしな」
まだ日は高く、熱せられたコンクリートの地面は耐え難い熱を帯びている。
見切り発車から始まったこの状況は、置いてけぼりの私を乗せて、最終便は焼肉定食だ。
うん……? 一体私は何を考えてるんだ?
心の声に突っ込む声は、今はバグって平常運転になるまでは少し時間を要するみたいだった。
「ふう……これでなんとか……」
倉庫のガラクタから適当にロープを見繕ってこの人の手足を縛り、できれば倉庫からは遠くに離れたかったのだが大人一人抱えて移動できるほど私はナイスバルク(いいきんにく)していない。