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千歳の魔導事務所

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 これはきっとレオの声なんだろう。所長の言いつけどおりにつけていた腕輪を、紐をなんとかほどいて外し、それをレオの口にくわえさせる。

「……そこまでだ魔術師、あがくと容赦しない」

 そいつの手がレオに触れようかというとき、翠色の瞳が確かな力を帯びるのを、曖昧な意識で私は見ていた。







 しかし結局その指が触れることはなかった。

 私の顔に影がかかり、その指先がレオに届こうかというとき、私の頬を風が撫でた、気がした。

 するとまたあの鈍い破裂音。そして今度は見える、その破裂音がした瞬間にその人は吹っ飛んだ。単純に、空中を吹っ飛んだのだ。

 少しずつ意識が鮮明になり、痛む身体をなんとか起こす。

「大丈夫か? どこか折れたりしてないか?」

 レオは半分だけこちらを見るようにして私の事を気遣ってくれた。吹っ飛んだその人は、なぜそんな動きができたのか、数メートルの距離を吹っ飛んだ後に片手から着地し、倉庫前に肩膝を着きこちらを見据えていた。

「……痛いけど、うん、平気……なんなのあの人?」

「だから言ったんだ……完っ全にヤブヘビじゃないか……」

 レオは憎々しく言う。相手は立ち上がって軽く身体を手で払っていた。レオはこちらをかばうようにして四本足で立ち相手の様子を伺っている。どうやらくわえた腕輪に残っている私の魔力が力になってくれているようだ。

 立ち上がったその人物は全身黒い作業服を身に纏い、両手足にはそれぞれ黒い手袋に黒い安全靴、その手のプロだと言われればああなるほどと、納得してしまうだろう。

 だが何か違和感がある。その人物がどこかで見た顔だった様な気がしてならないのだ。

「……まさかあの人が本命?」

「多分な、やばいな、とりあえずこの場をなんとかしないと――」

 そしてそいつは一足に突っ込んでくる! 姿勢を低くし、半身を捻るようにして十メートルはあろうかという距離を一気に詰めてきた!

 私もレオも反応できない。ものの一秒もしないうちに私達の目の前に迫り、その脇に構えた拳を繰り出――されない。――消えた?

 完全に見失った私だったがレオには見えていたに違いない、それはそいつが消えた瞬間に翠色の瞳がこちらを向き、同時にレオは私に向かって跳躍したからだ。正確には私の後ろに回りこんだそいつに向かってだ。

 目の端で見えたのはレオが私の肩に両前足を置き、それを軸にするように斜めに、素早くコマのようにように瞬間的に回転する様だった。

 私のすぐ後ろにいたであろうそいつは、私がやっと視界で捉えたときはすぐ頭上の木に器用に片手で捕まっていた。そして幹を蹴ってまた私達の前のコンクリートに着地すると、その木はバキバキと派手な音をたてて倒壊した。

 おそらく、いや確実に私がこの場において最も状況についていけてないだろう。そいつは半身になって両の拳を腰のところで構えて、私達から五メートルほどの距離で明らかな臨戦態勢をとっている。

 だがそうなってやっと、このめまぐるしい状況に一時の間隙が訪れる。レオもそいつの方へ意識を集中し、真夏の蝉の大合唱だけが時間の経過を感じさせる。

 言葉を発したのはそのどこか中国武術を感じさせる構えをとるそいつだった。

「……残念だよ、君がここに来るなんて」

 その言葉にレオが反応し、私の方へ二、三歩後退してくる。

「お前、あいつを知ってるのか?」

「ちょっと待って、確かにどこかでみたけど、どこだったか……」

 そんな古い記憶じゃないはず、つい最近だ。思い出せ。

「君がわざわざ自転車で走ってたのも、そういうことだったんだな」

「――あの時の!」

 そこまで言われて合点がいった。この人、あの時駅前で学校の場所を聞いてきたあの人だ。

「思い出したよレオ、でもこの人道を聞いてきただけで面識もなにもない人だよ……」

「他人か……じゃあしょうがないな」

 レオは構える。獲物を狙う猫のように身をかがめ、その足に力が込められるのがわかる。

「速攻で――決める」

 短く言うとレオは跳ねた。スライドするようにそいつの足元まで一瞬で移動し、格闘でいうサマーソルトな縦回転をしながら垂直に舞い上がる。

 しかしそいつはそれを横に飛び出すようにして避ける。片手を地に着き避けた勢いを殺すそいつと私は一瞬目が合う。寒気がした。こっちに、来るか――。

 だがその視線はすぐ外され高く舞い上がったレオの方を向いた。見えない天井に跳ね返るように、飛び上がったとき以上のスピードで一直線にそいつに向かってレオが落ちてきたからだ。

 咄嗟に身を引いてそれも避ける。レオが地面に衝突すると重厚な衝突音、そしてコンクリートには蜘蛛の巣状のヒビが新たにできていた。

 丁度私から離れるように距離をとったそいつは倉庫の扉を背にし、そしてそいつを追跡ミサイルのように追うレオ。空中でまた縦回転し、弾丸のように一直線に突っ込む。

 ガギィン、と金属音が響く。

「――くっ!」

 なんとかかわし、今度はバランスを崩しながらもレオにその拳で一撃を見舞った。

 パァンと、風船の破裂音のような音がした。レオは真横に数メートル飛ばされた、が、空中で姿勢を立て直すとそのまま、またそいつ目掛けて飛んでいく。

 扉にはさきほどまでにはなかった深い溝が斜めに一筋できていた。そしてその溝はレオがそいつに攻撃するたびに倉庫の壁やコンクリートの地面へと増えていく。

 空間を縦横無尽に飛び回るレオと、それを紙一重でかわす相手、お互いに決定打が無いようで破裂音と衝突音が数回にわたって繰り返される。私はただ見ているしかなかった。

 私が動こうとする度に一瞬、そいつの目がこちらを見たような気がして思わず体が硬直してしまう。だがその視線は次の瞬間にレオが突撃して外させる、といった瞬間が何度もあった。


 しかし唐突に、レオが私の足元に着地したのを最後に飛び回ることを止めた。

「くそっ……だめだ、当たらねえ。このままだとこっちが先に止まる」

 相手には聞こえないようにレオは呟いた。

 レオは原動力そのものを魔力に依存している。それが限界、止まるということは魔力が底をつきるということだ。

 その身体もよくみるとところどころ歪にゆがんでいる。このままじゃ……。

 相手もレオの様子の変化に気がついたらしく、今度はじりじりとこっちに近づいてくる。

「ねえレオ……もういいよ、逃げようよ……」

 するりと私の肩に乗ってささやくようにレオは答える。

「ダメだ、逃げるにしてもどう考えても向こうの方が速いしスタミナもありそうだ。どうやら肉体を強化してるみたいだしな。最低限あいつを行動不能にしないかぎり生きる道は無い」

「――!? 殺され、るの?」

「五体満足でいられたら良い方だ。魔法の絡む戦闘に敗北した者を待つのは、生きることも諦めさせる地獄の責め苦だ」

 そんな……なんで――。

「打つ手無しか? 魔術師、お前は見てるだけか?」

 焦る私に少しずつ近づいてくるそいつは言う。およそ五メートル。そいつのさっきみせた速さなら、きっと瞬きをする間に詰められる距離だろう。
作品名:千歳の魔導事務所 作家名:こでみや