千歳の魔導事務所
この時点でお互いの視点からは外れるわけだが、そこから私は急いで校舎へ入り二階へ駆け上がる。
幸いにも中庭、校舎、階段、窓と辿り着くのに三十秒も掛からない。
そして目的の二階の窓まで辿り着いてなるべくゆっくりと覗き込む。一応周りには人もいないようだったので変な目で見られる心配もない。
そして期待通り、眼下にはこちらに気づかないで歩みを進めるレオの姿があった。
フェンスの、向こうに。
「あんにゃろう……」
やっぱり一人で調べるつもりだ。そしてタイミング的に抜け道はすぐ近くにあるみたいだった。
レオの姿が木々の奥に消えて見えなくなったのを確認し、私は再びレオと別れた校舎裏の焼却炉付近まで出てきた。
焼却炉の裏を調べるとやはりというか、上手い具合にバスケットボールよりは一周りか二周り大きい穴が、フェンスに開いていた。
これはもう行くしかないだろう。一旦立ち上がり辺りを確認し、穴の切り口の針金で制服を傷つけないように注意しながら潜り抜ける。
潜り抜けたところで一旦気持ちを落ち着けて意識を集中する。
………………。
ここからやや横に折れてまっすぐ行ったところに小さな魔力の気配。これはきっとレオのものだ。
そしてその向こう、それほど遠くはないだろう位置に一際大きな、いや、沢山、か……? とにかく、なにかざわざわという気配があるようだった。
さらに。集中することで初めて気がついたのだが校舎の方にもいくつか魔力の気配があることが感じ取れた。数は少ないが、どうやらまだ無事な人がいるようだ。
では行くとしましょうか、まだ日は高いし、なにより私のほとばしるリビトーは抑えられないのだ。
意気揚々と腐葉土を踏みしめて歩き出す私のさらに後ろ。校舎の脇から見ている二つの視線。そんなものには、気がつかない。
ローファーを履いてきたことに少し後悔しながら道なき道を進むと、変わり栄えの無い景色もどうやら終わるようだった。
十五分ほど雑木林を掻き分け進んでいただろうか。開けたその場所には夏の強い日差しが降り注いでいた。
そこはバスケットコート程の、ヒビ割れたコンクリートが敷かれ、ヒビからは雑草が生えているのが見える。
そしてそのすぐそば。いかにも怪しい、二階建ての汚らしい倉庫のようなものがそこに建っていたのだった。さっきから感じているあのざわざわとした気配もどうやらその中から感じる。
これは……テレビドラマなどで観た事がある、ヤクザとかそういうアレな人が夜の港とかで怪しいアレに使うアレのような建物だった。
朽ち果て具合も良い感じで、重厚そうな扉や外壁は赤錆が目立ち、二階の窓ガラスは割れていたりそうでなかったり。
「おお……これはこれは見るからに怪しいですな」
私が呟くと足元からは呆れたような声が聞こえる。
「そうだな……。一応聞いておくが戻る気は」
「ないねっ」
視界が開けた時、その足元にはレオがいた。流石に途中で追跡に気がついていたようで、ここで私が来るのを待っていたそうだ。
「実際問題本命だとしたらもうここがデッドラインだろ? 悪い事言わないから、ほら、帰ろう。あ、おい聞いてるか、おーい」
後ろからそんな声が聞こえてくるが、とりあえず今は聞こえないフリをしておく。ガチャガチャ。
「あれ? どうなってるのこれ?」
倉庫の入り口は重そうな鉄製の引き戸で、一応申し訳程度のカンヌキがしてあり、特に南京錠などの鍵もついてない。だが錆付いてしまっているのだろうか、力を入れてもびくともしない。
「全くお前は……どれ……ふうん……。ただ錆が固まってるんじゃないか? お前の力じゃ無理だな」
私の肩に飛び乗って扉のカンヌキを見てレオは呟いた。くそう……。
仕方が無いので扉から一旦離れて倉庫を見上げて少し考える。……中になにかあるのは確かなのに……。
レオが肩から降りて「ほら、戻るぞ」と言っていたが、このまま引き下がるようでは女が廃るというものだ。
そうだ、倉庫の裏手に回ろう。
・・・・
「所長が調べに来るにも事前情報があったほうがいいでしょ。ほら、レオも付いてきて」
倉庫の右手から周ることにした。その後ろからレオは渋々ながらも付いてきてくれるようだった。……これでも一応申し訳ないとは思ってるんだけどね。
裏手に周る道は、……道という程のものじゃなかったが、しかし雑草が膝ほどの丈まで生え狂っていたが、一応は裏手に周ることができるようには人の手が入っているようだった。
足元を気にしながら倉庫の壁沿いを見上げつつ歩を進める。真ん中辺りに来たところで後ろを振り返ると――。
ざぶざぶ、ざぶざぶと、なんとも進みにくそうに、緑を泳いで首を掲げて近づいてくる猫がいた。
「……抱えてあげようか?」
「……頼むわ」
レオを腕に抱えあげて倉庫の壁を見上げる。
「一階に窓は無いみたいだね。二階にはあるけど……脚立でもない限り届かないね」
窓までは五メートルといったところか。一番近い木から飛び移るにも距離があり、そんなことができる人間ならきっと普通にジャンプしても届くだろう。
レオを肩に乗せてそのまま倉庫の裏側に着く。するとその壁には窓こそ無かったが、代わりに、というかやっぱりというか。
「お、ほーらあった。さてさてこっちはどうかなーっと」
裏口、非常口、勝手口、倉庫についているのは正しくはなんていうのだろうか。心の底からどうでもいいけど。
そこにあったのは、一般的な鉄製の開閉ドアだった。さっそく開けてみることにする。
「……開かないや」
「だろうな」
そしてまた表の入り口に戻ってきた私達。もちろん逆側面の方から戻ってきたが、特に反対側と変わりは無かった。
「うー……」
「手詰まり、だな」
コンクリートの照り返しでじりじりと暑い、なんかちょっとむかついてきた。
もう一度入り口扉の前までいってカンヌキをいじる。やはり、びくともしない。
「満足したろ。帰ろうぜー」
レオはコンクリート上から離れて雑木林の日陰に座りながらそんな言葉を投げかける。あ、とうとうあくびしやがったこいつ。
私は足元から欠けた手ごろなコンクリートを足で掘り返す。当然ながらその裏には小さな生き物達がわさわさしていたので、なるべく触れないように慎重にそれらを振り落とす。
「……? おい、なにを」
それから軽く土をはたいてから持ち上げる。両手で持ってずっしりとした丁度良い重さだ。
「まてまて、おいこら」
背中の方からレオが駆け出したのだろう微かな足音が聞こえる。うん……この丁度出っ張ったところを狙うと良さそうだ。
あんまり振りかぶると跳ね返って危ないな。顔くらいの位置から……いち、にの――。
「なにしてんだお前は!」
パシンっ! 後頭部に渇いた軽い衝撃が響く。
ごとん、とあわや足の上にコンクリートを落としてしまうところだったがそれは避けられたようだった。
「ったいなあ、なにすんだよう……」