千歳の魔導事務所
だがあまり強力な結界だとすぐに外界から察知されてしまうので、今回のものは大きくても中型犬ほどまでしか操れないような効力をもつ程度のものにされており、あの程度ならばよほどのことがないかぎり中にいても気がつかないだろうとのことだった。
「ま、さほど上級な結界でもなかったし、俺からしたら見つけるのは割りと簡単だったけどな」
ふん、とレオは少し誇ったような顔をしていた。
『そうか……だとしたら結界内の動物達を操って魔力を集めていたということになるね。ん……それで孤都の方はどう? なにか見つけた?』
私に話が振られたことにワンテンポ遅れて気づく。話の内容に付いていけてなかったのだった。
「へ? あ、私ですか? いや、新しい発見とかは特に無かったですけど、昨日の時点で少なくとも駅前や私の家周辺では魔力のある人はもういませんでした」
『そう……ちょっと、よろしくなくなってきたわね』
所長の声のトーンが少し低くなった。ふとレオに目をやるとそれに同意だといわんばかりの眼をしている。
「どういう……ことですか?」
不安になった私はたまらず電話の向こうの所長に聞く。
『いやね、前にもちょろっといったけどやっぱり規模が大きすぎるのよ。いくら一般人といえそんな数万人分の魔力とか、第一溜めることも一苦労よ』
魔力というものは、電気や水のように蓄えるのならば物理的に装置なり媒体なりが必要らしく、もしも数万人の魔力がそのまま集められているとしたらそれは大体コンビニ一店舗ほどのスペースなりが必要となるらしい。
『とにかくもしその魔力でなにかするとしたらそろそろね。私もあと三、四日で戻るから、また何かあったら連絡して頂戴』
そういって電話を切ろうとしたところで私は一つの出来事が頭によぎった。
「あ、ちょっとまってください所長。今思い出したんですけど」
動物がキーワードになったところでそのことは思い出していたのだが、結界がどうとかのところで頭の回転が間に合っていなかった。それがやっと今になって考えが追いついたのだった。
私は先日ミキから聞いた一件を所長とレオに話した。
『猫の行進ねぇ……でも、いや、うん。もしかしたらそれかもしれないわね』
「ていうかもう正にそれがあたりだろ。そいつらの行った先に首謀者なり魔力の貯蓄所なりがあるはずだ」
『学校で見たって言ったわね? じゃあ私が帰ったら一回行ってみましょう。あいつらより早く行ければいいのだけれど』
あいつらってやっぱりあいつらのことかな。
「私が先に行って見てみましょうか? 自分の学校ですから普通に敷地内も見て周れますし」
『いや、詮索するのはダメ。危ないからじっとしてなさい』
まあそうくるだろうとは思っていた。一応口では了承の返事をしておこう、口では。
挨拶をして電話を切るとレオが私の顔を見ていることに気が付いた。これは、見透かされたか……?
「お前、行くつもりだろう」
おう、ばれてた。
「様子見に行くだけなら大丈夫でしょー? 危ないところまでは行かないって」
「しょうがないな……まあ、俺も行くつもりだったしな……。じゃあ行ってもいいが、その時は俺も行くからな」
なんだよ、人のこと言えないじゃないか。
「それで、いつ行くんだ?」
決まっている。善は急げだ。
中庭は上から見るとカタカナのコの字の校舎に囲まれていて、唯一囲まれていない一辺からは校舎の高さほどのフェンスの向こうに、手入れのされていない雑木林が見える。
雑木林も三階建てのこの校舎と大体同じくらいの高さで広がっていて、屋上からだとかろうじて見える樹海のような深緑を敷き詰めた向こうに県外へと続く山々が見えた。
そんな中庭は真夏のこの時間でも真ん中にある大きな一本桜のおかげで半分ほど日陰になっていて、風通しが良いのもあって清々しいさわやかな気温だった。それでも汗ばむ程には夏だったけど。
ミキはそんな、青々と葉をつけた一本桜を背に囲うように設置されたベンチで、ハンバーガーを美味しそうに頬張っていた。横に置いてあるアルファベットのロゴの入った手提げ紙袋がやたら大きいような気もしたが、ミキはあのファストフード店で買うときは大体クーポンを駆使し、多い時は二セット分買ったりするので今日もそんなところだろう。
それよりも意外だったことはミキの隣にある人物が座っていたことだった。その人物の足元には猫が数匹ゴロゴロと寝転んでいる。
意外、ではあったが同時に丁度良いとも思っていた。その人物は後で訪ねようと思っていた国語教師、柏木先生だったのだ。
校舎から櫻井部長と共に中庭に現れた私に気がついたようで、ハンバーガーを持っている右手とは逆の手を元気良くブンブンと振ってきた。それに答えるように私も元気良く日本皇室風に手を振り返す。横の部長のお淑やかさには敵わなかったが。
ミキと柏木先生のそばまで寄っていくとどうやら先生も昼食中のようで、菓子パンを持つ先生の横には紙パックのお茶がビニール袋から覗いていた。
先生は清潔感のある白いワイシャツにスラックス、しかし袖も裾も七分ほど捲っていて私物であろうカジュアルなサンダルを履いていた。
七三分けを今風にしたような髪型から覗く額には汗の粒が見える。
そこでまず口を開いたのは桜井部長だった。
「こんにちわ柏木先生。今日も暑いですね」
なんて社交辞令的な挨拶の言葉を口にする。私も続いて会釈をした。
先生は口の中のパンをお茶で流し込んで言う。
「こんにちわ櫻井さん。あと、ええと……」
「与那城です。一年三組の」
「ああそうだ与那城さんだったね。ごめんなさい、まだどうも生徒の顔と名前が一致しなくてね」
担当学年じゃない櫻井部長の事は知っているのにどうして担当の一年生である私の方を覚えていないのだろう。
その理由はどうやらこの夏休みにあるらしかった。
聞けば簡単な話で櫻井部長、それとミキは夏休みでも頻繁に学校に来ている生徒であり、それは文科系の部活としては珍しく、同じく文科系であり夏休みでも時々学校に来ている柏木先生とはよく顔を合わせるのだそうだ。
まだまだ若輩者であり、自ら進んで色々な事を吸収しなければならないので実質なところ一学期中のときよりも忙しく、一ヶ月も休みがある学生が羨ましい。でもこうしてたまに昼休みに猫達に会うのがいい癒しになる。
「だからちょっと餌をあげるのもしょうがないと思いませんか?」
と、餌をあげることを是としない事を自覚している風に先生は供述していた。気持ちはすごくわかります。
そんな内容の話をしている間にも猫達は足元でゴロゴロと、暑さでだれているようだった。
そのだれ猫達を見て私はあの話題を先生に振ることにした。
「そういえば先生、この猫達かはわからないですけどなんだか猫の行列がでるらしいじゃないですか。部長は見たことあるって言ってたんですけど」
それとなく先生の挙動に注意しながら私は転がる猫の一匹を撫でる。
先生は私の方を見て一瞬驚いたような表情を見せ、そして小首を傾げて言った。