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東奔西走メッセンジャーズ 第二話

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「ええ、釣りの好きな方で、若い頃の武勇伝が面白いんですよ、野本さんと話が合うかも」
 そう言いながら、穏やかな笑みを浮かべる忍の表情を見ると、野本は彼女がエンジェルリングの社内でもトップクラスの成績を収める理由が何となく判る気がした。
(本気で自分たちの話を楽しんだり、心配してくれるってのは……やっぱ多少ボケが来ちゃってても判るんだろうなぁ)
「僕なんぞエサを付けなきゃロクロク釣れないヘタクソだけどね」
「またまたご謙遜、まりなさんに聞きましたよ、この間天南川の上流で大きな岩魚釣ってきたって」
 いやー新鮮なアレを塩焼きにした奴って日本酒が進むのよねー、忍ちゃんも今度一緒に呑もうね、なんて言っていたまりなの顔を思い浮かべて、忍が微苦笑を浮かべる。
「ありゃ、貰った毛ばりと、教わったポイントが良かったんだよ」
「ふふ、それじゃ、また運が良かったときには、私にも少し幸運を分けて下さいね、まりなさんに岩魚で一杯やろうって誘われてるので、楽しみに待ってるんですよ」
「やれやれ、人の釣果を当てにして飲み会の算段とは……あの化け猫め」
「可愛い社員にそんな事言っちゃ駄目ですよ」
「ぶにゃー」
「ほら、野良君も抗議してる」
「そいつは、常に美人の味方で、人間のオスの敵ってだけだけどねぇ……」
「中々社員に恵まれませんね、オーナー」
 そう言ってクスクス笑っていた忍が、何かを思い出したように、その笑いを納めた。
「社員といえば、野良屋さんに新人さんが入ったそうですけど、どんな方が?」
「おやおや、ライバル社の情報収集とは油断がならないな」
「そんな所です、凄腕さんでも来ましたか?」
「ははは、信じて貰えるか判らないけどその逆でね、スポーツ自転車に昨日初めて跨った、超初心者君だよ」
 野本の言葉に、忍は信じられないといった顔を向けた。
「……流石にご冗談ですよね?」
「いいや、事実だよ。僕もまりなちゃんも、それはそれで良いと思ってるしね」
 野本の言葉を聞いて、忍は僅かに心配するような、そして若干の非難を込めた表情を彼に向けた。
「でも、この業界は素人さんが来るにはちょっと厳しいですよね」
「かもね……」
 ただ、玄人じゃなくても何とかなる仕事じゃなければ、それはそれでこのモデル都市が目指す物は、今後に続かないんじゃないか……そんな思いが野本には有った。
 瑠璃が彼を送り込んできた理由はその辺に有るんだろうか……それとも、何か別の意図が有るのか。
 野本にはまだその辺りは判断が付かなかった。
「まぁ、野良屋の人材育成能力を篤とご覧あれ……って感じかな」
 はぐらかすような野本の顔をみて、忍も矛を収めるように笑顔を向けた。
「ふふ、そうですね……それじゃまた」
 そう言って、忍は傍らに止めて置いた、ロングテールと言われる、後部が非常に長く取られた自転車の、後ろの荷台に据え付けられた籠の中にお惣菜の入った袋を収めて、颯爽と走り出す。
「毎度あり、またのご利用を〜」
 忍のメイン仕事車、サーリーのビッグダミー。
 ワンドアの冷蔵庫すら運搬可能と言われる、荷物運びに威力を発揮する自転車を見送りながら、野本は傍らの野良を抱え上げた。
「そういえばあの新人君……いきなりの片道40kmだけど、大丈夫かね」
「ぶな」


 しんどい……。
 ポジションのおかげか尻の痛みの方はかなり低減されたし、体の負担も少なく速度を維持出来ているが、それでも前半で痛くなった分や、消費したスタミナが後を引き続けている。
 ただ、現状では先輩の後には何とか付いて行けてる。
 尤も、こっちは引き離されない事で一杯一杯なのに、先輩からは鼻歌が聞こえて来そうな位の余裕が、後ろに付いて見ているとひしひしと感じられる。
 実力では現状絶対に勝てない……だけど負けた場合、恥ずかしいTシャツが待っている。
 何となくだけど、あの人はそういう面白い部分は、冗談では流してくれない気がした。
 諦めて、明日恥を忍んで飛躍を誓う……等という大人な選択肢も浮かんだが、どうもそれはそれで気質的に面白くない。
 ただし、まともにやっても勝ち目は無い以上、それ以外の手段を模索するしか無いわけだが、考えるまでもなく、それもまた厳しい。
 ルート選択により勝つってのは土地勘皆無の俺には無理だし、コースの特定箇所で勝負しようにも、登りや下りやカーブや直線のどれかで彼女よりアドバンテージが有る訳でもない。
 だが、一つだけ……勝算とも言えないが、まだ彼女が本気を出さずに、俺を視界の中に納められる程度の距離を保ってくれている現状に、一縷の望みを託してみるしかない。
 そのためには、なるべく体力を消費せず、効率よく付いていく必要がある。
 だが、今のままじゃ無理。
 どう見ても、彼女と俺とじゃ、同じペースを維持していても、使ってるスタミナが全然違う。
 だからという訳ではないが、一か八か、俺は彼女の動作をそっくり真似してみることにした。
 今まで速度を稼ぐ為に、頑張って踏んでいた重いギアを一段落とす。
 そして、その分足の回転を上げる……。
 ここまで、彼女と俺の差は何なのか、注意して観察して来た。
 そして得た結論、彼女は殆ど重いギアを踏んでいない事と、足の回転速度が俺より圧倒的に早く、そして一定のリズムを保ち続けていて、決して止まらない事。
 これが長距離を高速で走る秘訣。
 ……だと思ったんだが、俺がやっても上手くスピードが乗らない。
 くるくると、空気を踏むような軽さに戸惑いを覚える。
 そして、当然のように遅くなるスピード。
 これで本当に良いのか……?
 それとも、同じ事をしても、マシン差でこれだけの差が付いてしまうのか。
 考える土台になる知識が不足している分、その辺りに確信が持てないのが不安になる。
「ちょっと車間離れた?」
 後ろも見ずに、いきなり先輩がそんな声を掛けて寄越した。
 実際、僅かだがギアを落とした事で彼女との距離は離れだしていた。
「……良く判りましたね」
 せいせいと、若干荒れた呼吸の合間にやっと返事を返す。
「江都は車が滅多に通らないし、通っても殆どが電気自動車だから、注意していれば結構色々な音は拾えるわよ。タイヤがアスファルトと擦れる音とシフトチェンジの音なんかは特にね……まぁ、実際に見てないから勘頼みのハッタリが半分位だけど」
 ……ハッタリってのは多分嘘だな。
 どの位かは知らないが、先輩はプロレースの修羅場を潜って来た人だけに、後続車の挙動なんてのを、耳だけである程度は把握できるんだろう。
「音で判るなんて……ふぅ……凄いですね」
 情けないことだが、喋ろうとすると、息が苦しくなっているのを悟る。
「そうね……でも特殊な話しじゃ無いわよ」
 そう言いながら、先輩が若干速度を落として俺に並んだ。
「少しリラックスして、周りの音、肌に当たる空気、四月の匂い、そんな物を感じながら走ってみて。きっと、五感が研ぎ澄まされてくるのを感じることが出来るから」
「なんか、ホントに漫画の師匠みたいですね」
 息が荒い中、必死にそれでも嫌味を返す俺に何を思うのか、先輩が苦笑を浮かべる。