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東奔西走メッセンジャーズ 第二話

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 まだ始業時間までは1時間30分ほどはあるので、慌てる事も無い。
「本来なら、昨日の内にでもゆっくりお湯に入って置けば、結構楽だったでしょうにねー」
「忠告を無視したツケですね……甘受します」
 昨晩の食事中に、しきりに二人から、今日はゆっくりお湯に浸かった方が良いと言われたんだが、元々シャワー派だしアパートに戻ってお湯を張って、入浴して、またねこまんまの2階に戻る、と考えただけで風邪を引きそうだったのを嫌がったのもある。
 どっちが良かったんだろ……。
「あ、そうそう、その袋に入れておいたから、忘れずに昨日買ったTシャツ着てきなさいね」
 ……やっぱり忘れてくれてなかったか。
「あんな無茶な賭けで後輩に恥ずかしい思いをさせるって、立派にパワハラじゃないんですか」
「やーねー人聞きの悪い、照れ屋の先輩が、口実付けて可愛い後輩にTシャツをプレゼントしただけじゃないのよー」
「ぶにょふー」
 なんという陰湿な職場いじめ……俺はこの先ここでやっていけるのであろうか。
「そういや、今日は俺は何に乗ったら良いんでしょう?」
「ここの共有クロスでも使えば良いんじゃない?メーカーが違うけど、大差ない物だし」
「了解しました、じゃ、一旦シャワー浴びてから、また出社します」
「はいはい、始業まではまだまだ時間も有るし、ゆっくりいってらっしゃい」
「ふえーい」
 

「シャツやシャツ、汝を如何せん」
 流石に、まだ我が家という実感も沸かないレジデンス三ノ輪のガランとした部屋で、俺は可愛らしい長袖のTシャツに向かい合って、2200年程前の人の辞世の詩の一節の改変版を呟いた。
 悲愴感において彼とは雲泥の差が有るが、外に出るのが躊躇われる状況にはお互い変わりない。
 胸にプリントされたツインテールの猫耳少女がにこやかにこちらを見ている。
(今日は結構気温上がるみたいだから、上着は止めておいた方が無難よー)
 こちらの思惑などお見通しなんだろう、上着で隠そう作戦にも釘を刺された今、俺に残された手は少ない。
 その1、仮病、その2、猛抗議して、この無茶な話を取り下げて貰う、その3……人生は諦めが肝心である。
「……勘弁してくれよ」
 重ねて言うが作品は嫌いじゃない、部屋着としてなら別に良い……ただ、これを着て白昼の街中に繰り出す度胸、もしくは突き抜けた趣味の持ち合わせまでは無い。
「どうした物かな」
 あの先輩なら、本気で抗議をすれば、多分あっさりと認めてはくれるだろう。
 本来が無茶な話なんだし、そもそも俺も同意して始まった賭けでもない。
 ただ、何となくだが、この事を本気で先輩に抗議するのは躊躇いがあった。
 自分で自分に説明が出来ないレベルのもやもやでしか無いんだが。
 野暮ってのとも違うし、大人気ないってのでもない……。
「ええ、畜生……着りゃ良いんだろ、着りゃあ」
 ただし、研修はこれ着て受けるって話だから、研修がスタートするまでは上着を着て隠す……それが俺の妥協ラインだった。
「しかし、これ着て外を歩ける連中ってのは、何か悟りでも開いてるんじゃあるまいか」
 煩悩も突き詰めれば悟りに至れるのであろうか、それとも単なる不感症か……。
 サイズはぴったりで、着心地も悪くは無い、その上から、この街に来た時に着ていたのとは別の、薄手のウィンドブレーカーを羽織る。
 腹は括った、なぁに、どうせ人のTシャツの柄なんて気にするほど暇な奴は居ないさ。
 自分で自分を誤魔化しながら、外に出てドアに施錠する。
 一拍遅れてドアの閉まる音と施錠音が隣から聞こえた。
 音の方向に顔を向けた俺は、205号室の前に、昨日の朝に出会った小柄な少女の姿を認めて、軽く会釈した。
「お早うございます」
「あ、おはようございます」
 こちらに近寄ってくる相変わらずの対花粉装備に身を固めた姿……の中に、一点俺の目を引く部分があった。
 上着のパーカーの胸。
 小さくプリントされた物だが、俺の悩みの種であるアニメキャラの仲間のドラム少女がニヤリと笑っていた。
 この子もファンなのかな。
「これからお仕事ですか?」
 何故か一緒に歩き出すようになってしまった俺に、彼女はごく自然に話しかけてきた。
 水月ちゃんの人懐こさとは違う、どちらかというと接客などで初対面の相手とでも話す事に慣れている感じの自然さ。
 バイトでもしてるのかな。
 小柄な彼女に合わせるように、ゆっくり歩きながら、俺は軽くリュックをゆすり上げた。
「ええ、まだ研修中の身ですが」
「そうですか、研修、大変ですか」
 マスクをしているせいで多少くぐもっているが、聞き取りやすい綺麗な声をしてる。
「何しろ小さな会社でして、実質先輩と俺の二人だけ……だもんで先輩が付きっ切りで苛めてくれる上に逃げ場が無いという」
「た、大変ですね」
 俺の情けない顔が面白かったのだろう、笑っては失礼だと思いつつも抑えられない様子で、彼女はマスクをした口元を押さえていた。
「いやもうね、しかもスキルの差が有りすぎるから、逆らう事もできやしない有様です」
「そうなんですか……でも、尊敬できる人みたいですね」
「尊敬……ええ、まぁ」
 してると言えばしてるけど、どうもそういう目で見にくい人でもある。

 彼女の歩幅に合わせているとはいえ、1階までなど僅かなものである。数語を交わしている内に、アパートの出口に出る。
 メッセンジャー達に支給されているアパートには、それぞれ駐輪スペースとして、“ボックス”と通称される、普通サイズの自転車を2台程を収納できて鍵の掛かる物置が用意される。
 自然な様子で、各部屋に割り振られているボックスに向かう彼女と、歩きの俺が別れるのを見て、彼女は足を止めた。
「あれ、沢谷さん、自転車使わないんですか?」
「ただいま入院中です」
 俺の愛車は、人間で言えば検査入院中。
 それにしても、自転車を使うのが当たり前のようなこの反応は、まだまだ俺には新鮮で面白い。
「それは大変ですね……レンタルも有りますし入院中だけでも使われたら如何です」
 この街では、確か1日24時間300円という破格の安さで、ママチャリ系のレンタサイクルなら利用できるし、クロスバイクや電動アシスト等も、多少上乗せは必要だが借りられる。
「いえ、会社まで行けば、自転車は借りられるんで」
「あ、そうなんですか」
 時間も有るし、ついつい話をするために、彼女のボックスまで付いてきてしまう。
 手馴れた様子で鍵を開けた彼女が、中から細長い物を引っ張り出した。
 なんだこれ?
 強いて言えば……細長いキャリーカート?
 俺の当惑を他所に、彼女がそれを前後に開いて三角形を作ったと思った途端、ハンドルが出て、サドルが有ってペダルが有って……形は変だが、自転車が出来上がっていた。
 しかも展開に要した時間は、物の数秒。
「……凄ぇ」
 俺の当惑と驚きを見て取ったのか、彼女はその不思議な自転車を引きながら口を開いた。
「これ、ストライダって言います。走行性能はさほどでもありませんので、平坦な街中の移動や、電車等の公共交通への持ち込みやすさを活かして、併用するとスマートに使えます」
「はー」