東奔西走メッセンジャーズ 第二話
昨日見たビッグダミーとは好対照だな……乗り手も含めて。
「そうは言っても、ママチャリ位の走行性能はありますけどね……それじゃ沢谷さん、私はこれで」
「あ、こっちこそ……えーと」
やばい、名前忘れた……というか、昨日は苗字聞いただけだったな。
名前を失念した俺に気を悪くする様子も無く、彼女は足を止めて俺に向き直った。
「そういえば、まだちゃんと名乗ってませんでしたね」
驚いた事に、彼女は手馴れた様子でポケットから名刺入れを取り出して、一枚抜き出したそれを俺に差し出した。
「私、こういう者です」
えーと……メッセンジャー、観光案内業務請負、株式会社大黒屋、根津優香。
って昨日先輩から聞いた、この街一番のグルメガイドって……まさか、この子かぁ?!
(が、学生じゃ無かったのか)
驚きに固まっている俺をどう見たのか、ちょっと小首を傾げてから、彼女はその変わった自転車を漕ぎ出した。
「それでは、何かご用命がありましたら、よろしくお願いしますね」
「は……はぁ」
間の抜けた返事は、果たして彼女に届いたんだろうか、当然クロスやロードには及ばないが、意外な程の速さで、あの奇抜な自転車は、彼女の背中を遠くに運び去って行った。
「やれやれ……世間は狭い」
そう呟いて、名刺を財布に仕舞って俺は歩き出した。
程なくしてビジネス街に通じる通りに出た俺の視界に、自転車専用道の追い越し車線を凄い勢いで一列になって駆け抜ける一団が入ってきた。
「あー、あれが虎ちゃん達かぁ……あれ」
思わず足を止めて、俺は慌てて彼らの姿を目で追ったが、既に彼らの姿は次のコーナーを抜けていってしまう所だった。
自分がクロスバイクに乗ってる時でも速いと思ったが、徒歩から見るともはや原付並か、それ以上である。
だが、俺が足を止めて、彼らに見入ったのはその速度ではない。
一瞬だったが、この目で確かに捉えた。
「今の、間違いないよな」
彼らの背中にプリントされたアレは……。
「先輩、どういう事ですっ?!」
「にゃんのことでござんしょう?うひひひひひ」
「にょふふふふ」
野良屋に駆け込んだ俺を、迎えてくれたのはTシャツ姿でコーヒーを楽しむ先輩。
その胸からは、あのアニメでキーボードを担当する子がちょっと拗ねてこっちを見ていた。
「街中、このアニメのキャラがプリントされたシャツ着たメッセンジャーで溢れかえってるじゃないですかっ!これは一体どういう事なんですか?」
気色ばむ俺の前に、先輩は余裕の表情で一枚のプリントアウトされた紙を差し出した。
「ほい、メッセンジャー組合全体の事業スケジュール……これのここ見て。おととい渡したよね」
貰いましたが、研修スケジュールとか、野良屋の事業スケジュールばっかりで、そこまで見てませんがな。
「えーと、何々……アニメ『へびめた』タイアップ企画デー、協賛企業の社員には該当するキャラのプリントされたシャツ、もしくはジャージ、他にステッカー、ポスター類を支給致しますが、お好みで正規販売された物であれば私物のキャラクターグッズ類を使用、着用しても可です。キャンペーン期間中は、該当するアニメのキャラをプリントした物を目立つように着用、展示して……下さ……い」
し、してやられた。
引掛けられた獲物を見ながら、先輩は心底楽しそうにくすくす笑って、机上に放り出してあった野良屋の鍵とキャスケット帽を手に立ち上がった。
「貰った書類は一通り目を通しておくのが社会人の嗜みよん。それじゃ、今日は都市部の走り方講座よー」
そう言いながら、彼女の私物だと言っていた可愛い折り畳み自転車を外に引っ張り出すまりな先輩の背中を目で追う。
俺……この人に頭が上がるようになる日、来るのかな。
東奔西走メッセンジャーズ 第二章「研修開始」 了
作品名:東奔西走メッセンジャーズ 第二話 作家名:野良