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東奔西走メッセンジャーズ 第二話

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「こういう時間を逢魔時とか言うんでしたね、確か」
「理系君の癖に面白い言葉知ってるわね」
 車が殆ど存在しないこの街は、騒音や排気ガスの匂いとは無縁の為か、こうして人と話しながらゆったり歩くのが妙に心地良い。
「小説なんかは読む分には好きですよ、金掛けて深い所まで勉強しようとは思わないだけで」
「尤もな話しね」
 クスクス笑いながら、先輩は言葉を継いだ。
「黄昏時、暮六つ、酉の刻、人間の活動する時間の終わり……ね」
 ひょいとこんな言葉が飛び出す辺り、どうもこの人の知識や教養の幅が測れないな。
「ウチの終業時間でもありますね」
「まーねー、ちなみに、ウチでは基本的に残業はしないし、させないからね……あ、勿論、配達先の距離やらトラブルで遅れる分にはちゃんと残業付けるからね」
「ありがたい事で」
「あんまり稼がせないってのと同義でもあるけどね」
「個人的には自由時間が多めに取れる方が助かります」
 そもそも、ガツガツと寝食を削って金を稼ぎたかったら、此処には来ていない。
「ありがたい従業員君だねー。野良、あたしゃ泣けてきたよ」
「ぶにゃーん」
 そう言いながら足元を転がる楕円形の猫がのそのそと足を動かす様を眺めていた先輩が、ふとその視線を俺の方に向けた。
「そういえば、君ってば意外に足が長かったねぇ」
「……意外って事は、絶対値じゃなくて、期待値との差でって事ですかね」
「褒めた時くらい、ヒネた事言わないの、紫乃ちゃんだって、長いって言ってたじゃない」
「なーご」
 あの後、ポジション出しをするとかいう話で、不意打ち気味に股下やら腕の長さ等をうら若い女性に測られて、大層恥ずかしい思いをした。
「客商売の人は、ああいう時は短いとは口が裂けても言わないでしょう」
「どうして、この悩める若者はそんなに自分を短足にしたがるのかしら。ねぇ、真正短足猫」
「ぎゃー」
 野良よ、お前の怒りは正しい……短足なのは、その暑苦しい毛でも覆い隠し様の無い事実ではあるが。
 気にするな、マンチカンみたいでラブリーじゃないか、と慰めなのか、傷口に摺り込む塩なのか良く判らない言葉を掛けようか迷いながら、奴の虎縞の背中を眺めていた俺に、先に先輩から声が掛けられた。
「まぁ、いきなり手足の長さとか計られればいい気はしないでしょうけど、速く楽に自転車に乗る為には必要な事だしさ……」
 ひょいと一歩先に出た先輩の顔が振り向いて、俺の顔を覗き込む。
「機嫌、直してくれないかな」
 末端の方が若干ゆるく波打つ髪の毛が靡いて、夕日を透かして光が踊り、嫌味の無い彼女の笑顔を彩る。
 いきなりこんな風にされると、らしくも無く心臓の鼓動が一拍跳ね上がってしまう。
 ……紫乃ちゃんもそうだけど、この人は少し自分がかなりの美人だという事を自覚して欲しい。

 こちとら22歳、それ程初心な心算もないし、高校時代や大学時代にも、彼女と呼べる存在だって居た……まぁ、色々有って二人とも2年程度で別れたんだけど。
 ただ、どうもこの人を相手にしてると勝手が狂う。
 単純に今まで身近に居なかったタイプだからだとは思うんだけど、どうも間合いが変幻自在過ぎてこっちのペースが掴めない。
 大人かと思えば子供っぽいし、適当に見えて意外に職人気質だったり……。
 そして、それに振り回されるのを楽しいと思ってしまう自分が、未だに信じられない。

「別に機嫌が悪いわけじゃないですよ、おだてに乗らないよう常に自戒しているだけです」
 それを悟られまいと、若干無愛想に答えて視線を外したら、地面を転がるビア樽と目が合った。
「ブタ猫もおだてりゃ木に登るってのは、どうにも恥ずかしいですからね」 
「ふかーーーーー!」
 すまん……ちょっと言いすぎた。
「そうねぇ、おだてにホイホイ乗っちゃうのは恥ずかしい……か」
 そう言いながら、先輩は前を向いて、俺より数歩先を歩き始めた。
 背筋が自然に伸びた姿勢に、余裕のある精神を表すような早くも遅くも無い足の運び。
 思えば、知り合って間が無いとは言え、俺はこの人に関しては、背中を見ている時間の方が圧倒的に長い。
 そして、それは当分の間は変わらないだろう……さほど年が違わない筈の彼女の隣に並ぶには、俺は余りにも色々な物が足りていない気がする。
 そんな事を思う俺の視線の先で、先輩は僅かに脚を止めて、夕日を見上げた。
「でもね……」
 前を向いたままの先輩が何かを呟いた。
 俺の耳には、僅かな音の欠片しか届かない。
「あの、先輩」
 何と言ったのか、聞き返そうとする俺の目の前で、先輩は丁度すれ違った自転車と片手を上げて挨拶をした。
 帽子と埃除けだろう眼鏡の所為で、あまり顔立ちは判らなかったが、自転車乗りの好むぴったりした服装故に強調された見事な胸が柔らかそうに揺れる様に、ついつい視線が誘導される。
 我ながら、こういう時の男の動体視力というのは天晴れな物だと思わなくもない。
 そんな事情もあり、つい、乗り手の方にばかり視線が向いてしまっていたが、彼女の乗る自転車が傍らを通り過ぎる時に、かなりの違和感を感じて、俺は慌てて視線を自転車に転じてその姿を目で追った。
「……長い」
 普通の自転車の1.5倍は長さが有りそうな、不思議な自転車だった。
「驚いた?今のがエンジェルリングのエースと、彼女の愛車、サーリー、ビッグダミーよ」
 二人乗り自転車と見まごう姿は、確かにビッグと呼ばれるに相応しい。
「ロングテールってカテゴリの自転車ね、元々が低開発国の物資運搬用として広まった物だから荷物の運搬には滅法強いわよ、漕ぎ手の体力さえあれば、ドラム缶を両サイドに提げるとか、小型冷蔵庫も行けちゃうって代物だから」
 難点は、日本の一般家屋じゃ、室内保管が殆ど無理な事かしらね。
 そう呟きながら、先輩はビッグダミーのテールランプを視線で追っていた俺に目を向けた。
「実用車みたいな物、欲しかったりする?」
「いえ、そういう訳じゃ……ところで、エンジェルリングって、介護のお店でしたっけ?」
 良く覚えていました、というような顔で先輩は頷いて、俺の隣に並んで歩き始めた。
「確かに介護業務が主力だけど、正確にはライフサポートショップね、高齢者、身障者向けの買い物、配達業務からケータリングサービス、清掃業務まで手広くやってるわよ」
 なるほど、確かにその辺も配達業務ではあるか……。
「で、今の人がそこのエースですか」
「そ、牛里忍(うしざと しのぶ)さん、主として介護と老健施設への送迎を担当してるわね、昼食は『ねこまんま』をご贔屓にしてくれてるありがたい人よ」
「競合他社のエースにそれで良いんですかね?」
 若干嫌味な響きを感じ取ったのか、先輩がそれ以上に人の悪い笑みを浮かべた。
「ウチ如きが、どっかと競合出来ると思ってるの?エンジェルリングは従業員数がそろそろ200に届く大所帯よ」
「……ご尤もで」
 従業員2名、挙句に片方は半人前にも到達していないど素人と来たもんだ。
「警戒されない規模で、腕だけは確かな会社ってのは、案外と重宝な物よ。ウチは他所と競合しないように、大手の隙間に身軽に滑り込むのよ」
 そこで、昨日の先輩の言葉を思い出す。