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ネコマタの居る生活 第一話

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 普通、あまり反応が良くない猫だって、猫じゃらしには顔くらいは向けるし、狩りの獲物だと思えば、無関心を装いつつ、それを狙えるようなポジションを取ろうとする。
 余りの猫らしからぬ佇まいに、美濃川が傍らの、こちらも余り猫らしくないルリに苦笑を向ける。
「ホントに彼女は君のお仲間なのかい?」
 艶々した、自然に撫でたくなるような美しい毛並みの子だが、美濃川は声こそ掛けるが手は出さない。
 前に軽く触ろうとしただけで、強かに引っかかれた、文字通り痛い経験の事もあるが、どうもこの子は猫として愛でるというより、対等の研究者として扱いたくなる風格というか、知性の存在を感じさせる何物かがあって、美濃川としては彼女が自由に振る舞うことを尊重したい気持ちの方が強かった。
 みゃ。
「おや、返事が貰えるとは珍しいな」
 ルリは無駄口は嫌いです、と言わんばかりに鳴かない猫で、この気むずかしい彼女がここに出入りするようになって二ヶ月程経っているが、その間、美濃川が鳴き声を聞いたのは、両手の指で数えられる程度であった。
 だが、短く簡潔に意図を伝える鳴き声は、この猫のなみなみならない賢さを感じさせる物でもあった。
「……ん、そりゃ、この子は君並みに変り者、いや猫か、って事かい?」
 今度の問いかけには答えはなかった、ルリはただ、ご想像にお任せしますと言いたげな一瞥を美濃川にくれてから、その綺麗なラピスラズリ色の瞳をモニターに戻した。
「やれやれ……どっちの意味なんだろ」
 このアカネコという、一風変わった子は、猫という種族の仲間なのか、ルリという変な猫の仲間なのか。
「まぁいいや、さて須崎君、ゴッドハンドの見せ所だぜ」
 そう呟く美濃川を、ルリは、さてどうでしょうねぇ、とすました顔で見やっていた。


「君は何がしたいの?」
 透は匙の代りという訳では無いが、手にしていた猫じゃらしを放り出して、アカネコに向き直った。
 猫を相手に視線を合わせるのは本来御法度だが、この変な猫に対しては、寧ろそれが良さそうに感じて、透は視線をアカネコの高さに合わせようと身を屈めた。
 相変わらず、この三毛の猫は、透の方をじっと見たまま、姿勢を変えようとしない。
 猫は姿勢が良い物だが、これほど長時間、崩れが無いまま座っていられるというのは、非常に珍しい。
「もしかして……“あの”アカネコさんなんですか?」
 美濃川にモニターされない程度に低めた声の問いかけだったが、当然と言うべきか、これに関しても返答は無い。
 彼女は、透の言葉にとりあう様子も無く、前足でひとしきりヒゲの掃除をすると、また不動の姿勢に戻った。
(困ったなぁ)
 無理矢理抱き上げたり、構い付けるのは猫との信頼関係を考えると宜しくない……お互いの距離感や遊びたいタイミングという物は個性その物で、それはある程度の時間を掛けて理解した上で形成していくしか無い。
 とはいえ、それを計る材料すら与えられないというのは流石に辛い。
 透は先ほどから、何とかこの猫の気を引こうと、餌や遊具を試していたが、彼女は興味を示す素振りすら見せてくれない。
 気難しい子は確かに多いが、それでも怒るなりの何らかのリアクションはしてくれる。
 ここまで無反応に徹されると、もはや猫と言うより、良くできた猫の置物にすら見える。
 餌もだめ、玩具もだめ……となると、これはどうかな。
 透はブラシを手に、アカネコを手招きした。
「こっちにおいで、ブラッシングしない?」
 そんな透の言葉が判るのか、アカネコはセルフでやるから結構と言わんばかりに、その場で毛繕いを始めた。
「君、もしかして僕のこと嫌いなの?」
 暖簾に腕押し、糠に釘……等というフレーズが頭の中で騒々しく反復横跳びしているような気がしてきて、透はこめかみを軽く揉んだ。
 ここまで人を無視するなら、いっそ何処かに行って一人で丸くなってて欲しい。
「主任、手こずってますね」
 苦戦する透を見かねたのか、有理が微苦笑を浮かべて透の顔を覗き込んだ。
「この仕事を始めて二ヶ月ですが、こんなに手強い子は初めてです……」
 にこりともしない、心底あぐねきったような主任の顔なんて初めて見た。
「試しに、私がお相手してみましょうか?」
「そうですねぇ、こういうのは相性の問題もありますし……お願いします」
 そう言って、透がその場を立ち、有理に席を譲る。
「それでは、お願いします……私は他の子と遊んできますので」
「はい、それじゃ猫ちゃん、今度は私がお相手。よろしくね」
 猫じゃらしを取り上げた有理に、アカネコは軽い一瞥だけくれて、ソファの影から身を起こした。
「お」
 覚えず、透の口から声が漏れる。
(……やっぱり僕が嫌われてたのかな?)
 まぁ、そういう事もあるだろう。
 軽く肩を竦めた透は、後を有理に任せて他の猫と遊ぶべく、歩き出した。
「ほらほら、お姉ちゃんと遊ぼう」
 ふりふり。
 有理が振るカラフルでフワフワとした猫じゃらしの先端にアカネコは近寄っていく。
 そろそろ射程圏内……すばしこい子なら、飛びかかってくる気配を見せ出す頃だ。
 アカネコの優美な姿に目を懲らし、緊張に引き締まる背中、張りつめた後足、全ての知覚を得物に向ける、狩人の殺気……それら肉食獣の持つ美を部屋に居ながらにして見られるが故に、人は猫を愛するとすら思える一瞬を待ちわびる。
 ……が、その有理の期待を薄紙のように破って、アカネコは眼前に揺れる猫じゃらしに目もくれず、透の方に歩いていってしまった。
「え、ちょっと……」
 こうまで露骨に無視されるとは思っていなかった。
 慌てて目を転じた有理の眼前で、アカネコはちょうど透の背後に設置されたキャットタワーにヒョイヒョイと軽やかに登っている所だった。
 一瞬の遅滞もない、素晴らしく身軽で柔軟な身のこなしと、何処から登れるかを見極める判断力は、瞠目に値するほどの素晴らしい身体能力と知性の存在を伺わせるに充分な物。
 人の目線よりちょっと上になる段に到達したアカネコは、面倒そうに後足で耳の後を軽く掻いた後、今度は香箱座りをして、眼下で猫と戯れる透を、再び観察し始めた。
「……ちょっと、それは酷くない?」
 なるほど、この寧ろ感心する程のすげなさは、あの須崎主任にげんなりした顔をさせたのも頷ける物だった。
 実験対象に逃げられてしまってはどうしょうもない、有理も腰を上げ、アカネコの鎮座するキャットタワーを腕組みして見上げた。
「もしかして、君さ」
 自分に呼びかけられている事は判っているらしいが、目まで向けようという気は無いらしい……三角形の耳だけ向けて寄越したアカネコに、有理は言葉を継いだ。
「須崎主任のこと大好きなんじゃないの?」
 その有理の言葉に、アカネコは透に向けていた目を一瞬だけ有理に向け……馬鹿馬鹿しいと聞こえてきそうな欠伸を、返事代わりに漏らした。
 
 
「テスター全滅か……」
 透も有理もアカネコに見向きもされなかったのを見て、台詞とは裏腹に、美濃川は更に興趣をそそられた様子でニヤリと笑った。