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ネコマタの居る生活 第一話

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 仕事に起因すると思われる、若者の自殺、鬱、それによる働き盛りの労働人口の減少と、技術蓄積の機会喪失……そういった部分が社会問題として無視できないレベルとなってしまった現状改善の要請もあり、より効率のいい仕事環境という物を科学的に分析する必要性がクローズアップされ、その一環としてアニマルセラピーという物の有効性をより深く検証する、それが透と、彼の上司の研究内容である。

「ってのは、建前なんだよねぇ……」
 こちらは、モニターや何やらの計器類がごちゃごちゃと置かれた部屋で、一人のむさ苦しい男が、無精ヒゲに覆われた顔をつるりと撫でた。
 そのモニターには透がアビシニアンの成猫と猫じゃらしで戯れていたり、有理がペルシャ猫を膝の上に置いて撫でている様が映し出されていた。
「男女間でのNM波への有意な差異は、相変わらず無しと……分かっては居たけど、次の変数は何を加えようか迷うねぇ」
 この独り言の多い男の名前は美濃川麻斗女(みこがわ おとめ)、一応博士号を持っている透の上司である。
 なお、奇っ怪な名前ではあるが、ペンネームでは無い、歴とした本名である。
「猫の種類、年齢、性別、性格、遊具、生育環境、色々変えてみたし、テスターも有理ちゃんで六人目だけど、人の方を変えても、あんまり結果に差は出ないか」
 予測はしてたけど……と呟きながら、彼は伸び放題の髪を引っかき回した。
 雪のように……と形容すると詩的ではあるが、彼の頭から白いフケが周囲に舞い散る……それを迷惑そうに避けながら、一匹のアメリカンショートヘアの猫が近寄ってきた。
「ああ、ルリちゃんか、今日は遅かったね」
 愛想のない子である……美濃川の言葉にはにゃんとも答えずに、その猫は身軽な様子で机に飛び乗ると、彼の見ているモニターを、隣から覗き込んだ。
「あんまりモニターばっかり見てると、君たちの目にも良くないと思うんだけどねぇ……」
 いつもの事なのか、研究室内を猫が闊歩していても気にする様子もなく、彼は席を立った。
 コーヒーサーバーから、見るからに安物のカップにコーヒーを取って一口啜る。
 美濃川が戻ってくる気配を感じたのか、ルリと呼ばれた猫は、邪魔をしないように配慮したかのように、別のモニターの前にするりと移動して行った。
 そちらは、ちょうど透のNM波をモニターしている物だったが、相変わらず変動幅が狭い数値が折れ線グラフ状に表示されながら、計測され続けていた。
「君もそれが気になるのかな」
 伊達に、ここに長いこと出入りしてないね、と掛けて寄越した美濃川の言葉に、その猫は耳だけそちらに向けてから、興味なんか無いですよ、と言いたげに退屈そうな欠伸を一つ漏らしてから丸くなった。
「須崎君は助手としては申し分ないけど、君みたいな可愛い助手も欲しいねぇ……」
 猫の手を借りるほど忙しくなってみたいもんだけど……等と呟きながら、美濃川は有理のNM波をモニターしている機器に向き直った。
 こちらの方も、相変わらずフラットな姿を見せるグラフを一瞥して、美濃川は不味そうにコーヒーを啜ってから、傍らに置いた端末に何かを打ち込もうと、指をキーボードに置いた。
 その指が暫く軽やかにキーを叩く音が室内に木霊していたが、苛立たしげにバックスペースを連打する音が、その僅かな成果を打ち消していく。
「やれやれ、報告書に書く事もそろそろネタ切れだなぁ……なにかそろそろズガーンとした事が起きてくれないと、上からドヤされそうだ」
 そんな美濃川のぼやきに、ルリは小さな耳だけを向けながら、また小さく欠伸をした。
「そうだよね、ぼやいてる暇があったら、何か考えるか……」
 美濃川も、ぼやいて居ても仕方ないと判ってはいるのだが、打開策が見あたらない。
 そもそも、彼が今追っているのは、推測する為の材料も乏しい未知の分野の話である。
 この際は、思いつく限りの事をやって、何か変化が起きるのを待つしかない現状である事は重々理解してはいるのだが、先の見えない状況に、さしも図太い美濃川も若干の焦りを覚えずには居られないのだった。
 第一、こういうのはオープンにしちまってサンプルの数をとにかく増やさないと話にならんのに
(あんのクソ爺共め、何が極秘裏に、しかも早急に開発しろ……だ)
「ボケ老害どもめ、好き勝手ばかり言いやがって」
 覚えず内心が言葉に出てしまう……が、まぁ、この部屋に居る限りは、聞いているのはルリだけだ。
 この国で望める中では、最上級と思われる機密保護技術で守られた要塞に彼はいる……息苦しい思いもするが、同時に、この中では何をほざいても何の問題もないし、嫌な連中と付き合う必要もない。
「今のは忘れておくれよ」
 唯一の機密漏洩源とも言える、耳だけこちらに向けている猫に、わざわざそう言うと、ルリも分かったというように、耳をピコピコと揺らして返事を返して寄越した。
「猫ってのは頭良いねぇ……」
 人間もちったぁ、見習って欲しい物だ……そう口の中だけで呟いて、美濃川は白衣のポケットから、煙草を取り出して、今時流行らない、太くて短いそれを一本咥えた。
 そのまま、火を点けるでもなく、高級なメッシュ地の椅子に体を預けて、机の上に足を載せた。
 火の点いてない煙草を咥えるのは、考え事をする時の彼の悪癖と言っても良い習性である……が、そうそううまい知恵が出てくれれば、人生に苦労などない。
 ルリが何度か欠伸をして、水を飲みに立つ程度の時間が経過した後、美濃川は匙を投げるように手を振って、咥えた煙草を箱に戻した。
「あーあ、コイツの御利益も薄れてきたな……次は逆立ちか座禅でも組んでみるか」
 美濃川世代でもないと判らない考え事の際の定番ポーズではあるが、両方とも自分に向いていない事は重々承知している。
 そもそも、考えるための燃料その物が乏しいのだ。
 幾らプラグが火花を散らそうと、燃料が無ければエンジンは動き出さない……そして、燃料の補給は現在絶望的であった。
 こういう時に上からの重圧で自分を追い込んでも仕方ない……気を紛らすべく、彼は何の気無しに、実験棟内で猫と戯れる二人の姿を追っているモニターに目を向けた。
「あれ……、あんな子居たっけ?」
 美濃川の視線の先には、透の影に寄り添うように丸くなる、すらりとした一匹の三毛猫の姿があった。
 透に甘える位置でもないし、かといって彼を無視している距離でもない。
「ふぅん……」
 美濃川は興味をそそられた風で、透を中心に表示するようにカメラを操作してから、久しぶりに身を入れて実験棟内の映像を注視し始めた。
(こりゃ、面白い)
 他の猫が、一様に透や有理と戯れたり、思い思いの場所で寝ているのに、この猫だけは遊びもせず、かといって一人気ままに寝ているでもなく、透が移動する先々で、彼の死角になるような場所を選んでは、その近くで丸くなっている
「変わった子だ」
 猫は自分のルールで動く、それはこうして一日猫の観察していれば、何となく判る。
 人懐こい子も居れば、孤高の子も居る、一日寝てる子も居るし、一日遊び回る子も居る。
 だが、こんな行動をする猫は初めて見る。