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ネコマタの居る生活 第一話

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 ずしーんと地響きを立てて、巨大な鉄鼠は開きにされた惨めな姿を大地に転がされた。
「ええい……かくなる上は」
 ヘキレキの手が脱出と書かれたボタンに叩き付けられ、間違って押されないように掛けられたカバーを砕きながら押し込まれた。
 施された脱出用の転送術が発動する中、ヘキレキは悔しさを露わにして叫んだ。
「この屈辱は忘れんぞ、アカネコ、ミーオ、そして須崎透っ!」
 狭いコクピットの中から、彼女の姿がかき消すように、消えた。
 
「にゃー、師匠」
 戦いは終わったと見て、ミーオと透が今は赤い着物を身につけたアカネコの側に近寄ってくる。
「なんだ?」
「あのネズミ、殴ってきて良いけ?」
「……ヘキレキか?」
「おう」
「ちと待て……何かおかしい」
「おかしいって?どうしました」
 透の言葉に、アカネコが眉間に皺を寄せる。
「上手く言えぬのだがな、何か……こう」
「にゃーーー、師匠ー」
「ええい、待てと言うに!」
「そうじゃにゃーよ、この鉄鼠どうするんにゃ?」
「ああ、明日にでもルリ殿に見て貰うゆえ、回収班を頼もうかと……な」
「そらいいにゃ、奴らの最高機密兵器らしいしよ」
 ミーオのお気楽な言葉に、アカネコは一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、それが何かに思い当たったかのように引き締まる。
「……しまった!」
 歯がみしたアカネコが、目にも止まらぬ動きで童子切りを鞘に収めると、透とミーオを両脇に抱え込む。
「にゃ?」
「え?」
「御免っ!」
 助走は愚か、身を沈める事も無く、軽く大地を蹴って跳躍しただけだと言うのに、アカネコは二人を抱えたまま、軽々と鳥の領域にその体を舞わせた。
 アカネコの胸の柔らかさと、空を飛ぶような爽快感の板挟みという、大変幸せな気分を味わう須崎君……その眼下で大爆発が起こった。
「にゃ、にゃんだぁ?」
「自爆?」
 透の言葉に、アカネコが軽く頷く。
「情けない……機密保持の為の自体焼却の可能性を忘れて居ったとは」
 離れた場所に着地したアカネコは、鉄鼠の残骸が上げる炎を、無念そうに見やる。
「まーまー、あのヘキレキだっけ、ありゃくたばったにゃろ、師匠も復活したし、にゃんも問題ねーよ」
「ヘキレキか……あの程度で死んでくれるなら、我も苦労しなかったが」
 アカネコの言葉に、ミーオは不思議そうな顔をしたが、師の険しい顔を見て、残る言葉を飲み込んだ。
「まぁ、ここで考え込んで居っても仕方ない、透殿の傷の手当てもせねばな」
「そうですねぇ、まぁ、左手は明日病院に行く羽目になりそうですが」
 これ、今は興奮状態だから良いけど、後で痛くなるだろうなぁ……今晩眠れるだろうか。
 そういう透の顔をみて、ネコマタ師弟は楽しそうな顔を交わした。
「ふふ、本来は人に使ってはならぬのだが、此度は特例で良かろうさ」
 そう言いながら、アカネコは透の左手を白く細い手指で優しく包み込んだ。
 ひんやりした感触が気持ちいい。
「焼浄」
 アカネコが傷と毒を癒すために使った蒼い炎が、透の左腕で燃え上がる。
「これで良かろう、傷が癒えれば消えるし、無論他に燃え移ったりはせぬ」
 実際に、痛みが見る間に引いていくのを感じ、透は感嘆の溜息を吐いた。
「これは凄い、便利ですね」
「そうであろうとーる殿」
「……んにゃ?」
「え?」
「む?」
 アカネコの言葉が、また舌足らずな物に変わる。
 いぶかる二人の前で、アカネコの体が縮みだした。
「おいおい、まさか……そんな」
「ししょー?」
 二人が見守る前で、更にアカネコは小さくなり。
「……ううむ、何たる事だ」
 ついには、透の家に初めて来た時の、あのネコマタ少女の姿になっていた。
 色々腑に落ちない様子で、ミーオが自分よりちょっとだけ大きい、見慣れたサイズに戻った師匠の体をひとしきり無遠慮にペタペタ触ってから、にまーっと笑った。
「ししょー、最強形態が三分しかもたねーとか、ヒーロー過ぎるんじゃにゃーか?」
「何の事じゃ?」
「……んにゃ、にゃんでもね」
 ミーオの人間族のサブカルチャーに毒された冗談はアカネコには不発だったようだが、幼い頃の記憶を刺激された透が、吹き出しそうになった口を慌てて押える。
 
 猫の国から僕らのために、来たぞ我等のアカネコにゃん。

「ううむ、何とも無念じゃな……それにしても何故、あの姿に戻れたやら」
「わからにゃーのけ?」
「うむ……見当も付かぬ」
「にゃんだよー、やり方が判れば、ミーオちゃんもあだるつでせくすぃな、ウルトラミーオに変身出来るかと思ったのによー」
「百年早いわ、馬鹿弟子が……しかし、本当になんであったのだろうな、あれは」
 首を捻るネコマタ師弟。
 一部始終を見ていたはずの透にも、あの時何が起こったのか、まるで判らなかった。
 ただ、あの時、彼女が負っていた怪我は痕も止めていない……。
 良かった。
 透は、心からそう思った。
 あの光の中で何が起きたのかは判らないけど、彼女が死ななかった、それだけで今は良かった。
 透は安堵の息をつき、危険が完全に去ったことを理性も肉体も納得したせいか……腰を抜かして座り込んでしまった。
「あ……あれ?」
 力が入らず、足が言う事を聞いてくれない。
「にゃっはっは、情けにゃー……と言いたいけど」
「どうしました?」
 ふらふらと透に近寄ってきたミーオが、彼の膝の上にぽてっと倒れ込む。
「ちょ、ちょっとミーオさん、どこかお怪我でも?」
「ちゃう……燃料切れにゃ、あちきは無駄な体力消費を押えるために寝るにゃ。次に起動するときはメシを用意しておくれにゃ……いじょ」
 言いたいことだけ言ってミーオは透の膝の上でくーくーと可愛いいびきをかき出した。
「ふふ……無理もない、こやつにしては良く頑張ったしな」
「メシを用意で思い出しました……私、ミーオさんにカツ丼奢らないと」
「……何じゃそれは?」
「いえ、助けて貰う変りに、カツ丼を五人前奢れと」
「うにゃー、戦勝祝いに上天丼を追加にゃーご」
 弟子の能天気な寝言に、師匠の細くて形の良い眉毛がキリキリと急角度に釣り上がる。
「こっ、この煩悩塗れの馬鹿弟子めが……気が変わった、今すぐたたき起こしてくれ……る」
 そう言いながら透に近寄ってきたアカネコが、僅かによろけて、透の膝に手を着いた。
「す……すまぬ」
「いえ、それよりアカネコさん、お体、やっぱりどこか怪我でもされてるんじゃ?」
「いや、どうやら、元の体に戻ったり、この体になったりしたせいで、気脈が乱れてしまったらしい……上手く体が動かぬのだ」
 ぽてん。
 軽い音を立てて、アカネコも透の隣に座り込んだ。
「何たる不覚……」
「まぁまぁ、良いじゃないですか、少し休みましょう」
 透はボロボロの姿で、それでも妙に清々しい気持ちで、今や高く登った月を見上げた。
「桜まで咲いてくれて、一際良い春の宵じゃ無いですか……」
「ふ……外見に似ず、案外肝が据わって居るな」
 くすっと笑って、アカネコもまた、透と並んで月を見上げた。
「奴らの気配も絶えた……少しは良いか」
「ええ、良いんじゃ無いですか」
 こうして、またアカネコと月を見上げることが出来た。