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ネコマタの居る生活 第一話

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違和感の正体をハッキリさせるべく、アカネコは、もう一度己の姿を見直しがてら、自身の手で触ってみることにした。
 ぺたぺたぺたぺた……。
「むぅ……」
 柔らかかったり張りがあったりすべすべしていたり……手触りは様々だが、紛れもない生身……それも、古い馴染みの体。
 これは夢じゃな。
 まさか、力を失う前の自分の姿な訳が……
「しーーーしょーーーっ!」
 ぽふっ。
 駆け寄ってきたミーオが、アカネコの胸に抱きつく。
 とくん、とくん。
 規則正しく力強い、アカネコその物のような鼓動がミーオの全身を包み込む。
「良かった、ししょーにゃ、師匠……生きてる」
 あの、傍若無人な化け猫が、ただ純粋な喜びに瞳を濡らしていた。
「……なんじゃ、泣くなどお主らしく無いのうミーオよ」
 そう言いながら、アカネコは、ミーオを抱き留めたまま、髪の毛を優しくくしけずる。
「だって……だってよ……つか、師匠、にゃんで元に戻ってるんでぇ」
「お主にもそう見えるか?」
 うむむ……と呻ってから、アカネコは何かを確かめるように、ミーオを抱いたまま立ち上がった。
 一糸まとわぬ姿に、膝まである艶やかな黒髪が絡みつく。
 頭にはやはり猫耳、そして……二股に別れる尻尾。
「ん?」
 思わず伸ばしたアカネコの手の中に、ひとひらの花びらがしずしずと舞い降りた。
「山桜か……」
 まだ咲くには早いと思われていた山桜の花が、まるで彼女の復活を言祝ぐように満開になっていた。
 辺りに満ちる息吹を感じて、アカネコは心地よさそうに目を閉ざした。
(生きて居る……この世界も、透殿も、ミーオも、そして)
 すっと、息を吸い込む。
 我もまた……この世界の和と命の中で生きている。
「どうにゃ、師匠?」
 不安そうに見上げるミーオに、アカネコは苦笑を返した。
「どうやら夢ではないようじゃな……久方ぶり過ぎて実感がまるで湧かぬが……な」
「やったじぇー、剣聖の復活にゃーーー!」


「きっ……貴様らーーーっ、私を無視するな!」
 鉄鼠の外部スピーカーからの声がヒステリックな響きを帯びる。
 怒りもあるが……それよりはやはり恐怖が勝る。
 あの黒髪をなびかせて、すんなりと優美に立つ、だが巌のような圧倒的な存在感を示す姿。
 夢だ……悪夢だこれは。
 あの女の力は、その殆どが協定の担保として封印されているはずなのに。
「けっ、びびってんのか?それより喜べよ、そのガラクタは剣聖より強いんにゃろ、いい機会じゃねーか、師匠に軽〜く遊んでもらえや、ヒスネズミ」
 酷い渾名が定着したようである。
「……ミーオよ、何じゃアレは?」
「呪力増幅器とか積んだ奴にヘキレキが乗ってるにゃ」
「成程のう……ん、それは協定違反ではないのか?」
「なんか、土木作業に使うとかで認可が通ってしまったそうです」
 透のフォローに、アカネコが眉を顰める。
「相も変わらず卑怯な事ばかり考える輩じゃな……ミーオ、透殿を守って、ちと離れておれ」
 そう言って、アカネコは今や、完璧な美貌を湛えた顔に静かな笑みを浮かべた。
「久方ぶりの体じゃ……手加減が上手く出来ぬかも知れぬからな」
「にゃいにゃいさー、高みの見物させてもらうじぇ」
「阿呆!如何なる戦いを見るのも修行の内じゃと、いつも申しておろうが!」
「うひえー、おっかねーの……」
 首を竦めるミーオから、アカネコは視線を外しながら、馬鹿弟子に見えない所で、僅かに苦笑した。
「常住坐臥、心の持ちよう一つで全ては己を磨く修行となる」
 そう呟いて、視線を鉄鼠に向けた。
「さて……では勝負と参るか……刀魂焼錬」
 刃気焼結の時とは比較にならない力の存在を示すように、青白い炎が立ち上る。
「さ、させるか」
 あんな技、使われてたまるか。
 鉄鼠から、ひたすらに呪力を注ぎ込んだプラズマの熱球が放たれる。
 やれる……この熱量なら。
 途方もない高温が下草を焼き払い、アスファルトを溶かす。
「我に炎で立ち向かうか?うつけが」
 アカネコが空いた左手を翳すと、彼女に襲いかかろうとした炎球がピタリと停止した。
「な……」
「阿呆じゃのう……炎を手懐ける程度、我には造作も有りはせぬ……それ、返すぞ」
 アカネコはプラズマ物理学をあざ笑うかのように、その火球を手鞠のように放り返した。
 途方もないスピードを与えられて迫る火球を、慌てて鉄鼠は避けようと飛び上がった……だが、バランサーを兼ねる長大な尻尾が逃げ損ねる。
 ジュッと、気の抜けた音と共に、火球に巻き込まれた部分が蒸発し、残った部分が地面に落ちる。
「……あら熱いわ」
「色温度からすると、十万度は超えてましたね……」
 すっかりギャラリーと化した二人が、現実離れした神々の戦いに視線を釘付けにする。
「消散……」
 そこまで見届けたアカネコが、何かを握りつぶすように左手を動かした。
 その手の動きに応えるように、ふっと、火球が線香花火か何かのようにあっさりと消え失せる。
「ふむ……炎を操る方は多少勘が戻って参ったな。後は剣技が錆びて居らぬか不安じゃな。童子切、参れ!」
 轟と猛る青白い炎がアカネコの全身を包み込む。
「今度は出刃包丁か何かですか?」
 ちっちゃい姿の時は、刺身包丁だったし……
「しっけーなやっちゃにゃ、まぁみてれ、すげーのが来るから」
「それだけはさせん!」
 刃を手にされたら……剣聖相手では、勝ち目は完全に無くなる。
 バランサーを失った鉄鼠が四つ足姿で、いささかぎこちなく地を走る。
 ぎこちないとは言っても、4mを超える鋼の巨体の疾走。
 忽ちアカネコの眼前に迫り、その巨体で彼女を押しつぶそうとするように、上体を上げる。
「アカネコさんっ!」
 叫ぶ透と、余裕の表情で見守るミーオの眼前で、その鉄鼠の黒光りする巨躯を、淡い光が真っ直ぐ走り抜けた。
「剣技……茜光流璃」
 静かなアカネコの声。
 流れる黒髪と、いつの間にか身に纏われた紅の着物の袖、そして、微かに鳴った彼女の首に巻かれた首輪の鈴の音だけが、彼女がその手にした刀を振り抜いた事を僅かに示していた。
 二尺六寸五分、反りは六分半……小乱刃の刀身が朧な月明かりを受けて露のような青白い光を宿す。
 童子切安綱。
 かつて、大江山の鬼神を斬ったと伝えられる刃が、アカネコの右手に握られていた。
「師匠の刀魂焼錬はにゃ……」
 その美しい光景に見入る透とミーオ。
「名刀の魂を呼び出し、力を与えて実体化させるんにゃ」
 美しい春の宵を汚す醜悪な鉄の塊が、その手で呪印を結ぼうと動く。
「この距離なら逃げられまい、雷叉蜂箭!」
 ミーオの千鴉風葬を蹴散らした、最大級の雷撃と共に押しつぶしてやる。
 だが、その正確無比な筈のアームは、呪印を結べなかった。
 握り合おうとした手が、まるで見当違いの位置で、何もない場所を空しく握りしめる。
「……やれやれ、中々昔のようにはいかぬな」
「な……なーぜーだー」
 ヘキレキの乗るコクピットが右に傾き、重力に引かれて加速する。
「馬鹿じゃにゃーか、真っ二つにされてりゃ、印が結べるわけにゃーだろが」
「あ、でも完全に真っ二つじゃないですね、すこし斜めです」
「ほんとにゃ、師匠もだらしねーにゃー」