ネコマタの居る生活 第一話
だが、それは既に予測していた攻撃……アカネコは寧ろそのまま前に転がるようにしながら、襲いかかる蛮刀をかわしつつ、足を薙いだ。
アカネコを覆い隠すように倒れ込む体、アカネコが居たであろうその場所に十数本もの手裏剣が突き立った。
その手裏剣から眩い紫電が迸り、その雷撃に回路をやられたのか、機巧兵はしばし奇妙なダンスを踊ってから、煙を噴いて止まった。
ヘキレキの手から放たれる武器は単純な刃物ではない。
彼女の力の一端を込められたそれは、雷火を発し、突き立った相手を蹂躙する。
「最後の味方の始末、ご苦労」
「ぐぅ……」
アカネコの皮肉に低く唸りながら、手裏剣を投げ尽くしたのか、それともこの距離では白兵戦しか無いと踏んだのか……軍隊で使われるようなコンバットナイフを取り出して、それを構えた。
「これで終いでは有るまい、次の芸は何だ?」
「何の事だ……」
「戦い方を時間稼ぎに変えた事に気付かぬ我と思ったかっ!」
吼えるような声と共に、アカネコは踏み込んだ。
地面に伏せている透が地響きを感じる程の勢いで、一息にヘキレキに迫る。
「覚悟!」
下段……いや、違う!
「ぐっ!」
それは歴戦の戦士だけが持ちうる、「自分が殺されようとしている感覚」が腕を動かしてくれた、そうとしか言いようがない。
咄嗟に中段に掲げたコンバットナイフが、凄まじい一撃に打ち叩かれる。
名工に鍛え上げられた鋼の刃と、最新の工業製品たる鋼のブレードがかみ合い、高く澄んだ音で穏やかな春の夜を騒がせた。
「成程……五十年遊んではおらなんだようじゃな……っ!」
「くくっ!」
アカネコは更に力を込めて押し込んでくるが、すでにヘキレキにはそれを押し返す余力は僅か。
歯がみをして腕に力を込め、圧倒的な一撃に抵抗する。
二人の力の間で、互いの得物が悲鳴を上げだす。
普通に考えれば、古代の製鉄技術で産み出された玉鋼と最新科学の分析から強靱さと粘りを与えられて産み出されたATS-34鋼の強度争いでは最新のコンバットナイフに軍配が上がるだろう……だが、彼女たちネコマタとテッソの戦いにおいては、その刃物に込められた念と魂こそが雌雄を決する。
「終いじゃ」
このコンバットナイフは、ナイフビルダーの誇りと拘りが込められた良い品だったのだろう……だが、それは余りに若すぎる刃だった。
長きにわたりアカネコと共に幾多の命を奪ってきた猫徹が、アカネコの闘気に呼応して更なる刀気を吹き上げる。
アカネコの目には、それに押されたコンバットナイフに亀裂が走るのが確かに見えた。
だが、更に踏み込んで、一息にヘキレキまで斬り伏せようとしたアカネコが、何かを感じ、慌てて透の前に飛び退った。
その透に向けて、何か、細長い物が、炎を噴き出しながら、途方もない速度で迫る。
「忘れたかアカネコ、我等が目的はその男よ」
「貴様!協定違反武器をっ!」
触れれば切れそうな視線でヘキレキをにらみ据えたアカネコが、左手で地面を叩く。
「火泥焼壁!」
裂帛の気合い声と共に、アカネコと透の二人の周囲に溶岩のような熱泥が壁と化して立ち上がる。
その飛来物が、その壁に凄い勢いで突っ込むが、その壁を抜ける前に、その殆どが溶け、焼かれ、その壁を抜ける事が出来ない。
「……む、これは【みさいる】ではないのか」
「ははははっ、その通り、これは火箭よ、ただし、我等が存分に改造はしたがな!」
ヘキレキの言葉に、アカネコの顔に初めて焦りが浮かんだ。
「考えおったな……確かに火箭なれば……」
ネコマタ、テッソ間で結ばれた近代兵器禁止協定の違反とは言えぬか。
火箭とは中国で生まれた、一種の原始的なミサイルである。
原理や形状は簡単、ロケット花火の先端に矢尻を取り付け殺傷力を付加し、尾部に矢羽根を付けることで直進安定性を増した物だと思えば良い。
歯がみしたアカネコの額に汗が玉になって浮かぶ。
「かつての貴様ならともかく、その壁、今の惨めな姿でいつまで保たせられる!我等の火箭は、まだまだ有るぞ」
「むぅ……」
ヘキレキの言葉に、アカネコの顔が歪む。
成程、ヘキレキの時間稼ぎは、アカネコに察知されずに火箭部隊を周囲に配置するために必要だった……ということか。
しかし、まさかこの青年一人を殺すために、これだけの兵を動員してくるとは思ってもみなかった。
「あ、アカネコさん」
「とーる殿……何とかお主だけは逃がすでな、苦手かも知れぬが頑張って走るのだぞ」
「え?」
「今少しこの攻撃を防いだ後、この壁を解く……幸い機巧兵はヘキレキを中心に配置されて居るだけらしい。そちらは我が片付ける故、お主は研究所に向かって走れ、人に存在を知られる事を恐れるテッソ共は、あの中までは追っては行かぬ」
「……アカネコさんは?」
「我はどうとでもなる……」
そう言って、アカネコは透の方に寂しそうな笑顔を向けた。
「済まぬな……頼りなき護衛で」
そう言葉を交わす間にも、アカネコの張り巡らせた溶岩の壁に、火箭が飛び込んでは燃え溶けていく。
「次の斉射が終わったタイミングで術を解く……頼むぞ」
どれだけの力が込められているのか、彼女が右手に握る猫徹の柄から、一瞬だがミシッという音が響く。
「今じゃっ!」
まるで幻のように、溶岩の壁が二人の周囲から消え失せる。
それと同時に、アカネコはヘキレキと、彼女が従える火箭を構えた機巧兵に向かって斬りかかった。
彼女が壁を解くタイミングを計っていたのだろう、第二射が射放たれるが、その高速で飛来する無数の矢を、アカネコはにらみ据えた。
「させん」
彼女は残り少ない力を絞り出すように気合い声と共に呪と剣を同時に放った。
「燐火風刃」
横一文字に振り抜かれた剣風が音速の刃と化して迅り、その軌道上にあった全ての物が瞬時に炎を上げ、空中で哀れに燃え尽きる。
慌てて飛び退ったヘキレキの目の前で、火箭を放った機巧兵も、その悉くが胴を音速の刃に薙ぎ払われた後に、真っ二つにされたそれぞれが炎を吹き上げ、溶け爛れ、焼き払われた。
(力を失ったあの体に、更にあれだけの力を使わせてまだこれか……化け物め)
剣聖アカネコ……その圧倒的な剣技と世界すら焼き払うと言われ、恐れられた炎を操る猫又。
背中を冷や汗が伝う……だが、さしものアカネコも力を使い果たしたように膝を地に着くのを見て、彼女は作戦の成功……即ち勝利を確信して高笑いを発した。
「……何が、おかしい、火箭を使う機巧兵はもう居らぬぞ」
荒い息をつきながら、アカネコは殺気を込めた目をヘキレキに向けた。
「お前が先ほどまで把握していた分は……だろう?」
「……っ!」
慌てて振り向いた、そのアカネコの目に、懸命に走る透と、その背を狙うべく身を起こし火箭を構えた機巧兵の姿が見えた。
「そうだ、お前に気付かれないよう、あの壁を解いたと同時に起動させた機巧兵よ……我等の勝ちだ!」
アカネコの眼前で、透の背中に向けて数条の火箭が、まるで夜を引き裂くように放たれた。
「とーる殿っ!」
走り出して直ぐ、息が上がりだす。
両足を歩く以上のスピードで動かすって……なんでこんなに難しいんだよ。
作品名:ネコマタの居る生活 第一話 作家名:野良