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ネコマタの居る生活 第一話

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 事態は一刻を争うという、ルリの言葉を受け、長老はミーオを先発させ、それと同時に根子(猫)岳で修行中だったアカネコを呼び戻し、須崎透の護衛に付くように命令を出した。
 透の拒否の意を受けた場合、アカネコは透の近くに住み、彼の外出時を守る。
 許可を得た場合は、アカネコは彼の家に泊まり込み、食事レベルからその身の安全を図る。
 というプランだったし、日程的にも余裕は有った。
 有ったんだけど。
「あちきは悪くねーぞ」
 いいえ、全てはミーオの食い気によって破綻したプランです。
「……うっせー」

 恐ぇんだよにゃー、師匠。
 説教タイムだけで済めば御の字……場合によっては修行のし直しという事で、根子岳で一番過酷と言われるアカネコ道場三十六房に再度ぶち込まれる羽目になりかねない。
 一応、アカネコ道場にぶち込まれるのは戦闘部隊のエージェントにしてみると幹部候補扱いという事ではあるんだが、気楽に生きたいミーオにしてみると迷惑この上ない。
「あー、いっきに気が重くにゃった」
 かといって、ここで逃げ帰ったら、アカネコだけでなく、長老連からも説教地獄を喰らうのは必定。
 ここは、多少遅れたにしても、仕事だけは完遂しておくのがベター。
 と、理性はそういう答えを出すんだが、どうもあの人と顔を合わせるのは恐い。
「いっそ旅に出るかにゃー」
 ネコマタ一匹旅、さよならだけがにゃん生さ。
 いっそそれも良いかも知れない。
 港町での出会いと刺身、山中での怪異と鹿鍋、都会での別れとヤケラーメン。
 それらの試練を乗り越えて、ミーオは広い世界へと羽ばたく、まだ見ぬ美食を求めて。
「えーにゃー、栄光への旅立ちだにゃ」
 ただし、長老達に天眼の術でサーチされた挙げ句に、三日で連れ戻される未来も同時に見える。
「却下にゃ却下」
 無駄なことはしない、体力と気力とにゃん生は有限であり、なるべくクレバーに食い物と昼寝と喧嘩のために使う、それがミーオのモットーである。
 どーしたもんかにゃー。
 教えてお月様。
 美しい、夜の女王を見上げる。
 闇と夜を友とする生き物達の母は、霞がかった優しい光を地面に投げかけている。
 その光を浴びて、ミーオは心地よさげに目を細めて喉を鳴らした。
 日の光も無論心地よいが、ネコマタになったこの身は、月の光はまた日光とは別の心地よさを覚える。
「こんな月の日には白いメシに魚がんまいんだよにゃ……軽く塩振った鯛とか乙にゃんだけど、締め鯖やメバルも良い季節にゃ」
 流石に猫、魚の旬は良く判っているようである。
 くきゅーー。
 胃袋を刺激する妄想ばかりしていたせいか、ミーオの可愛いお腹が悲鳴を上げた。
「も、どーでもいいにゃ、怒られるのもなんでも受け入れるから飯……メシ」
 ふらふら……ぽて。
 黒の子猫は、ついに、須崎邸の玄関先で行き倒れた。
 アメリカンスポーツカー並に燃費の悪いお嬢さんである。
「くそー、死んだら化けてやるにゃー」
 それ以上、どう化ける気だよ、ネコマタ君。
「そら、今の時代は台所に立って、ホットケーキかお好み焼き数えるんにゃよ、一枚二枚……もう一枚くわせー……んあ?」
 それまで、暢気な顔で太平楽を並べていたミーオが、緊張に背中の毛を逆立てて身を起こした。
 須崎邸は隣家との間にそれぞれ畑を挟んでおり、至って静かである……だが、その生け垣の中や畑の畦に、ミーオの神経を逆撫でする気配が潜んでいた。
 いや、そこまで彼らが距離を詰めたところで、ミーオがそれを察知した……というのが正しい。
「おい、さっさと隠れてるところから出てきやがれよ……さもなきゃ」
 ミーオの姿が、目映い光に包まれると同時に周囲に風が巻き起こる。
「テメーら、空っぽの棺桶で葬式出す羽目になんじぇっ!」

「伏せよっ!」
 透の右手が衝撃を感じた。
 目映い光が、ケージの入り口を破って飛び出すと同時に、透に迫っていた何かを弾き飛ばす。
 それが道路に落ちて、鈍い音を立てると同時に、例の猫耳少女の姿を取ったアカネコが透の前に音もなく着地した。
 その拍子に、アカネコの首に付けられた鈴が、りん、と澄んだ音を立てた。
「あ、アカネコさん?」
「疑問は後じゃ、身を低くしてそこを動くな」
 アカネコの声が、今まで透が聞いたことも無い程の張りつめた鋭さと共に発せられる。
「ははは、はい」
 訳が判らないながら、アカネコの声の威に打たれたように、透はスーツが汚れるのも構わず道路に伏せた。
 その透の伏せた眼前に、古い建築で使われるような長大な釘が転がっていた。
 だが、透もそれがただの建材だとは思わない。
(確か、釘型手裏剣?)
 冗談だろ、おい、こんな時代錯誤な……。
「毒が塗ってある怖れもある、構えて触れるでないぞ!」
 その言葉に、透が、好奇心から伸ばそうとした手を、慌てて引っ込める……その姿を視界の隅に収めながら、彼女は一つ深く息を吸い、その呼気と共に凄まじい気合いを放った。
「出て参れ、そこのネズミ!」
 彼女の視線から、身を潜め続けるのは無理だと悟ったのだろう、路傍の闇が千切れ、それがそのまま漂いだしたかのように、それはアカネコから10m程の距離を取って対峙した。
 上から下までを微妙な濃い茶ともグリーンとも付かない色の服で隠しているため、詳しい姿はまるで判らない。
 大きさはアカネコより若干小さいか。
「……この距離まで我に気取られずに寄れるとは、ヒトでは有るまいと思うたが、嬉しくない旧知に出会った物じゃな」
「こちらも同じ事が言いたいな、何故貴様がこの男のガードに付いている?」
 覆面越しのためにくぐもっては居るが、紛れもない女性、しかも少女の声が朧な月夜の中に漂い出す。
「成り行きじゃ……貴様らは?」
「ご同様に成り行きだよ……他に答えようが無いくらい判っているだろう……剣聖アカネコ」
「ご尤もじゃな。第一そうで無くては我も困るしのう……雷火のヘキレキ」
 アカネコの顔つきが、肉食獣のそれに変わる、喜びも無く敵を仕留める事だけを考える、静かなそれに。
「この状況下での交戦は、停戦協定違反にはならない……過去に何例もある話だ」
 異論は無いな、というヘキレキと呼ばれた覆面に向かって、アカネコは静かに頷いた。
「頼豪阿闍梨以来の、そなたらとの因縁のケリ……そろそろ付けたい所であるしな」
「黙れ……力を失った化け猫など、我等が恐れるか!」
 その言葉と共に、信じがたいほどの跳躍力を示して、その覆面が飛び退る。
「出ろ、機巧兵!」
 どこに潜ませていたのか、妙に滑らかな動きで沿道のあちこちから1m程の人型をした物が、手に手に棍棒やら剣やらボウガンといった時代錯誤な武器を携えて姿を現し、アカネコに向かって歩きだした。
(あれ、あの足の辺りの動きって、確か……外国の研究所の)
 透にとっては専門分野ではないが、同期が何人か従事している研究分野という縁もあり、彼個人の興味も手伝って最新の研究成果に触れる機会が割とある。
 あの駆動方法とバランサーの感じは、外国の二足歩行ロボットの現状報告というレポートで見たような気がする……どの国のだっけか。