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ネコマタの居る生活 第一話

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「うん、成功報酬約束してね」
 透の方は冗談のつもりだったが、美濃川の返事は至って謹直な物であった。
 冗談というのは真面目な顔で言うからこそ笑えるという物だが、美濃川のこれは、そもそも冗談と理解して良いんだろうか。
 にゅう……ん。
 にゃーー。
(主任、本当に説得してるみたいに見えますね)
 猫同士の会話を邪魔しないためか、声を潜める有理に、透も同じトーンの返事を返す。
(案外、本当にそうかも知れませんよ)
 透の嫌な予感が当たってれば……。
 にゃにゃ?
 にゃん。
 どうやら、こちらでも話が付いたらしい、アカネコはひょいひょいとキャットタワーを下りて、ケージの前に立ち、開けろというように美濃川を見上げた。
「ああ、そうだ……アカネコちゃんにも付けて貰いたい物が有るんだけど?」
 そう言って美濃川が取り出したのは、銀の鈴が付いた赤い首輪だった。
 若干、ムッとした気配を漂わせながら、アカネコはキャットタワーから下りてきたルリに視線を向けた。
 みゃー。
 ……ぺしんっ!
 ルリの鳴き声に、いたく機嫌を損ねた様子で、アカネコは返事を返す代りに尻尾で床を一打ちした。
 みゃ。
 ……にゃ。
 だが、ルリの再度の声に、アカネコも不承不承といった様子で一鳴きし、承諾の意を示すように、美濃川を見上げた。
「まぁまぁ、あんまり気を悪くしないでよ……」
 ちりん、と澄んだ音を立てる鈴を首に巻かれたアカネコが、納得行かない様子で、尻尾を不機嫌に振り回す。
「あら、可愛い、三毛ちゃんにはやっぱりレトロな感じの首輪が似合いますね」
 有理の言葉も、アカネコにはさほど嬉しくなかったらしい、僅かに鼻を鳴らしてケージの前に立った。
「では姫、陋屋ではございますが、一時ご辛抱を」
 うにゃ。
 猫というのは自然に気品のある生き物である、姫と呼ばれたのを寧ろ当然というような顔で、アカネコはケージの中に収まった。
「……あの、室長」
 おずおずといった様子で、有理が美濃川に問いかける。
「なんだい、有理ちゃん?」
「この二匹は本当に猫なんですか?」
「さぁ?」
「……まさか、この研究所で開発した猫型ロボットじゃないですよね?」
 実際、災害救助や軍用などの目的で、様々な動物の動きを模したロボットを開発するチームは、この研究所内に存在しており、いくつかは既に実用化されている。
 この二匹の動きの滑らかさやしなやかさは、流石にまだ機械では再現できないだろうと思うが、かといって、この二匹、猫ですと言われてもおいそれと信じる気にはとてもなれない。
「猫型ロボットねぇ、面白そうだけどさ、肝心の色が青くないし、違うんじゃない?」
 期限付きとはいえ、彼女の上司になってしまった男の、甚だ科学者らしからぬ言い種に絶句した有理を放って置いて、美濃川は改めて透の前にアカネコ入りのケージを差し出した。
「それじゃ宜しく、須崎君」
「はぁ、それじゃアカネコさん、しばらくの間宜しくです」
 にゃ。

「んー、緑の匂いが強くなってきたにゃー」
 そろそろ夕方。
 山の稜線が薄く霞んだような、えも言われない淡い紅に染まる。
「もーちょいすりゃ、桜も開くかにゃー……」
 ミーオの、人では及びも付かない目には、そろそろ出ようとする山桜の赤褐色の若葉が見えていた。
 この若葉と共に、山桜の花は咲き出でる。
「近日中にゃー咲くだろうかね」
 山を赤と白に染める春の訪れである。
「春の宵が価千両とはちっちぇーちっちぇー、あちきの目からは、価万両、万万両」
 どこぞの天麩羅にされた大泥棒のような台詞を吐きながら、周囲に人気が無いのを見計らって、黒の子猫は心地よさげに、んーーっと伸びをした。
 この辺りまで走ってくると人家や高い建物が目に見えて減ってくるし、ちょっと意識して主要道路を外せば、土の道の上を歩くことも出来る。
 猫は都市部に住む物かもしれないが、同じ歩くならコンクリートの上よりは土の方がやはり嬉しい。
 山の方から吹いてくる風も、木々の間を吹き抜けて来る中で、微妙な匂いや潤いを含み、ヒゲを優しくなぶっていく。
「良い風にゃー、あちきの野性を呼び覚ますじぇー」
 うにゃおー、と吼えてみる。
 戯れではあるが、猫科動物の頂点に立つネコマタの咆吼である。
 塀の影や、生け垣の隅で、その威に打たれた小さな眷属達が怯える気配が走る。
 無論ミーオに害意は無い……無いが、巨大な力とは、そこに有るだけで力ない物を怯えさせる物だ。
「……あ、悪ぃ」
 里から出てるの忘れてたにゃ。
 キマリが悪いのを誤魔化すように、ミーオは何度かせわしなく顔を洗ってから、害意は無い事を示すようにその場から足早に動き出す。
 走りながら吸い込む空気も春の精をたっぷりと含んでおり、まことに良い気分である。
 日本は大都市でも、少し郊外の方に移動すれば、直ぐに大自然が拡がっている。
 変化に富んだこの国が、都市も田舎も等しく好きなミーオには有り難い。
「しかし、いーとこに住んでやがるにゃー、この須崎ちゅー兄ちゃんは」
 農家でもやってんのかにゃ。
 それとも、長時間の通勤を我慢してんのか。
(ま、んな事ぁどーでもいい事にゃ)
 使者たる自分は彼に長老からの書状を渡し、その返事を貰ってネコマタの里に帰る、それだけである。
 走った距離と方角からすると、そろそろ彼の住む地域に入っているのは間違いない。
 すくっと立って、黒の子猫は、何かを感じ取ろうとするかのように、心地よい春の風の中にヒゲを遊ばせた。
 風の中に色々な物を感じる、木々のざわめき、土の香り、草や新芽の萌え出でようとする気配、人を含む様々な生き物達の動き回る音、息吹、水の流れ、鳥の羽ばたき、太陽のぬくみ、そして月の登らんとする密やかな気配。
 心地の良い物ばかりではない、大陸や日本のあちこちからはるばる運ばれてくる、気配を感じるだけで奥歯の奥をきーんとさせるような金属の粒や、変な物を燃やしたような煙の尾。
 風は、そんな物を全てその懐に抱きすくめて運び、世界全部を攪拌する力。
 そんな中に、僅かな気配を感じる。
 他の何物とも違う、彼女たちの一族だけが持つ気配の欠片。
「ふ……ん、確かに感じるにゃ、こっちけ?」
 感じるのは匂いではない……いや匂いでもあるのだが、もっと言うとそれは彼女たちの存在その物の影のような物。
 ネコマタマーキング。
 猫に限らず動物は、己の縄張りを示すために自分の匂いを付けて回るが、縄張りという物を理性で管理するようになったネコマタ達には、その必要はない……というより、同族の数が少なすぎ、縄張り等という物を争う事態その物が減ったという事情もあるが。
 その代りというわけではないが、匂いではなく彼女たちの特別な力の一部を、その目指す場所に残しておく事により、目印とする事が出来る。
 長老くらいになると、遠見した場所を意識するだけで、その気配を残すことも出来る。
 アカネコが過たず透の家にたどり着けたのも、この力のお陰である。
 ミーオは、ネコマタ族の中でも特に鋭い感覚を持っており、この気配をかなり遠方からでも探知できる事と、純粋に足が早い事から、使者の役を任される事が多い……のだが。