小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ネコマタの居る生活 第一話

INDEX|13ページ/30ページ|

次のページ前のページ
 

 話も長くなりそうだと思ったのか、美濃川は放り出された哀れなオフィスチェアを引き戻して、その居心地の良い背もたれに、深く体を預けた。
「何で今、僕に正体を明かしたか……その辺含めて色々聞かせて貰おうかな」
 美濃川の目に、この男本来の知性と好奇心の輝きが宿る。
「ええ、聞いて下さい……その上で、今後の事も含めて少し話し合いましょう」

3

「やはりネコマタが居ったか、しかもあの気は……」
「剣聖アカネコ」
 迷いのない声が、老いて嗄れた声に即答する。
「お主もそう視たか……」
 薄暗い一隅、その中で闇が擦れ合うように交わされていた囁きに恐怖の色が混じる。
「あの闘気、直接姿を視る事は適いませなんだが、あれは紛れもない剣聖」
 間違いようがございませぬ……そう呟いた言葉が、僅かに震えを帯びる。
「先の大戦にて名を馳せし魔猫が一人……あの戦以来行き方知れずであったが、未だ存命であったか」
 むぅ、と喉の奥で呻って、歳経た声を発していた側が言葉を失う。
「……かつて斬り結んだお主がそう言うならば間違い有るまいが、事が厄介になったのう」
「全く、あれを遣わすとは、ネコマタ共、随分とこの件に肩入れしているようですな」
 若い方の言葉に、老いた声が苛立ちの色を強める。
「ふん、とはいえあやつも先の大戦で力の大半は失った口であろう、相手のしようはいくらもあるわ。したが、それも隠密裡に事を運べばの話……我等のこと、未だ気付かれてはおるまいな?」
 力を失ったのは我等も同様だろうに……と思ったが、それを口にする程愚かではない、恭しい御辞儀にそんな表情を隠して、それは口を開いた。
「人に対してごく僅かな干渉をしただけでございます。同僚の零した茶を被る程度は命の危険の裡にも入りませんし、いかなアカネコといえど恐らくは偶然と見たかと」
 とは言え、護衛である以上、その湯のみの中が何らかの酸や毒物である可能性を排除出来る物ではない。
 あれを弾き飛ばしたアカネコの行動は正しく、それだけに、彼らとしても読みやすい行動であり、今回の干渉では、偵察としては最大限の成果が得られたとも言える。
「それでよい」
 この二人が喋る度に、周囲の闇が更に濃くなる。
「あの須崎という若造を確実に仕留められる、その時まで今暫くはアカネコには気取られまいぞ」
「ですが長老、奴らと我等は積年の仇敵……奴らが動き出したと言うことは、我等の影に気付いて居るのでは?」
「なぁに……」
 その言葉の後に、くっくと喉を引き痙らせるような笑いが漏れる。
 笑いと言ったが、明るさを振りまくようなそれではない。さながら、周囲の空気を汚染しながら消えていくような、音の形をした毒その物であった。
「あやつらの研究は、猫共にとっては紛れも無き福音であろうが、人の世にとってはこの上ない恵みと同時に諍いを招く混沌の種子よ、一度世間に事が知れたら、あれを巡って全世界が争いの坩堝と化そうな」
 故にじゃ……低く嗤いながら、老いた声は言葉を継いだ。
「人界の争乱、それをネコマタ共は恐れて居る、あやつらと眷属の心地よき生活は人界の安定有ればこそじゃからな……故にアカネコ等という代物まで引っ張り出してきおったのじゃろう」
「……成程、我等の影を察知してという訳では無さそうでございますな」
「事実、我等とて、このような発明がなされようとして居るなどとは、知らなんだからのう」
 親切で知らせて貰えたとは思えぬがなぁ……そう嗄れた声は人が悪そうに笑った。
「奴ですか……胡散臭い奴でしたな」
「あやつの詮索などは後でよい、今はあやつから得られる資金を始めとする援助を有り難く遣わせて貰うとしようぞ……我等の復権と復讐の為にな……では行けヘキレキ、準備を急がせろ」
「はっ」
 闇に還るように、二つの気配が、その空間から消え失せた。


 壁の拭き取り、カーペットの掃除と乾燥などにバタバタしていた透と有理だったが、ようやく一息付いて、今度こそ平和にテーブルでお茶を囲んでいた。
 透の膝の上では、相変わらずマンチカンの子猫が、自分の専用席と言いたげな顔で小さく寝息を立てている。
「本当、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、何事もありませんでしたし、手元が狂うくらいは誰にでもありますよ」
 何事も無かったのは彼女のお陰ですけどね、と転じた二人の視線の先では、相変わらずキャットタワーの上に行儀良く鎮座するスフィンクスの如きアカネコの姿があった。
 見る側の印象のグレードが上がったのは、ひとえに実績の賜物である。
「凄い動きでした」
「残念ながら僕は視てないんですけどね……」
 いやぁ、惜しかったですという透に、有理も苦笑を返す。
「見てた筈の私も、何が起きたか判らないくらいのスピードでしたけどね」
「流石にサイズは小さくても虎やライオンの親類ですねぇ」
「普段はとてもそうは見えないんですが、それもまた魅力ですよね」
 ふみー。
 猛獣の親戚らしからぬのんびりした顔で、透の膝の上で子猫が大欠伸をする。
「君も無事で何よりでした」
 透が耳の後をくすぐってやると、子猫は若干煩わしそうに、だが心地よさげに身をよじってから、再度丸くなった。
「そういえば、主任、その子を庇ったんですね」
「身を守るために丸くしたついでです、僕には亀の血でも入ってるんでしょう」
 何分咄嗟の行動でしたしね。
 照れるでも無く、否定するでもなく、透は肩を竦めるような冷めた声で、その話を打ち切った。
 小さくて弱い物を本能的に庇ってしまう、それは自然の情ではあるが、全ての人がそうではないし、咄嗟の時には、むしろその人の地金がでる。
 つまるところ、須崎透という青年はそういう人間なんだろう。
 有理はそれ以上は特に何も言わず、僅かに微笑む形になった口を隠すようにほうじ茶を啜った。
「ちょっと給湯室が寂しすぎますね、何かお茶買ってきますけど、何が良いですか?あ、ご飯買うついでにスーパーで調達してくるだけだから、あんまり良いお茶の銘柄言われても駄目ですよ」
「ご心配なく、お茶の味と違いが判る程、良い舌してないんですよ、玄米茶か蕎麦茶みたいな横着に淹れられる奴、お願いできますか?」
 あ、後共有財なので僕も負担しますから、レシートお願いしますね、そういう透に有理は頷いた。
 この辺りの金銭感覚は、実験を現場レベルで仕切る事が多い、透の立場では自然な物だろう。
「それにしても、横着に淹れられる奴は良かったですね」
 有理の微苦笑に透も似たような顔を返す。
「良いお茶だと、お湯の温度も気を遣わないと駄目ですし、色々大変じゃ無いですか」
「煎茶なんかはそうですね、さらに器を温めて……」
 そこで有理は、少し妙な顔をして言葉を切った。
「どうしました?」
「いえ、この子が」
 そう言って、有理はすこし屈んで、足許に纏わり付いてきたシャム猫を引っ張り上げた。
「遊べ……と」
 にゃー。
 絶妙なやりとりに、透は僅かにふきだした。
「確かに、そろそろ仕事に戻る時間です……仕事、と言って良いのか甚だ怪しいですがね」
「猫様のご機嫌を損じないのも、下僕の仕事ですよ」
 シャム猫をそのまま抱えて、有理は遊具が置かれた一隅に歩いていく。