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東奔西走メッセンジャーズ 第一話

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 壁のハンガーには他にも、道中俺たちを快調に追い抜いていった奴らと同じような、精悍で綺麗な曲線を描くフレームを持つ、こちらも青の自転車が掛かっていた。
 これが先輩の言う“それなりの機材”って奴なんだろうか。
 また、その下にちんまりと収まっている、タイヤの小さな折り畳み自転車も置いてあった。
 折り畳まれた状態で、行儀良く自立している様が結構可愛らしい。
 こうしてみると、自転車ってのは中々絵になるな。
「こっちの3台は私の私物なんだけど、奥に会社共有の……と言っても私と君だけだけどね……自転車が置いてあるわ」
 こっちこっちと手招きする先輩に付いて行くと、全体を覆うようなボディーに後部座席の着いた、東南アジアで見かけるような自転車タクシーを近代化した奴が、でんと納まっていた。
 初見の俺が驚いている様を、してやったりの表情で眺めていた先輩がボディを手で軽く叩きながら口を開いた。
「これがベロタクシー、ベロってラテン語由来で自転車の事なんだけど、まんま自転車タクシーって事ね、人を二人乗せられるわ」
「二人乗せて走る……というか走れるんですか?」
 軽い人でも二人乗せれば100kg近くなるだろうに……
「電動アシスト自転車って乗った事無い?アレと同じ機構が組み込んであって、結構軽い力で走れるのよ」
「生憎乗った事は無いですが、存在自体は知ってます」
「そっか、まぁ、この稼業やってるとあんまり乗ろうって気にはならないけどね」
「プロの意地ですか?」
「ううん、そんな結構な物じゃなくてね……25km/h超えるとアシストが効かなくなるから、速度的にはあんまり価値を体感できないのよ、坂を軽〜く上れるのは魅力だけど、この辺、電動アシストが欲しくなる程の坂も無いしね」
 先輩には要らないのかもしれないけど……俺は欲しくなるのかもな。
「ま、使って駄目って話じゃ無いから、使ってみたくなったら購入を検討するのもアリじゃない?……ま、それはさておき」
 そう言いながら先輩がグリップを示す。
「普通の電動アシストとベロタクシーが違うのは、ここでアシストのON/OFF、強弱が任意に調整できる事ね、バッテリーは普通に使ってれば6時間程度は余裕で保つから、充電忘れでもしない限り困った事にはならないと思うわよ」
「成る程……所でタクシーって事は営業免許とか要るんですか?」
 良い所に気が付きました、と言いたげな笑みを浮かべて、先輩はベロタクシーの座席に腰を下ろした。
「そうね、二種免許までは要らないけど、公道で人を乗せるから、自動車の一種免許の所持が人を乗せる際の条件になってるわ……そっちは確か大丈夫よね?」
「ペーパーですが一応」
「大丈夫、私もペーパーだから、とはいえ、他にも接客とか観光案内なんかも出来ないと不味いから、直ぐに君に乗ってもらうって物でも無いんだけど、大きな荷物の運搬にも使えるから、研修期間中に一度乗ってもらおうかと思ってるわ」
 ま、こんな機材もあるって事で、一応ね。
 なんて笑いながら、その傍らの自転車に手を置く。
「こっちは未舗装の道路をメインで走るための装備にしてあるマウンテンバイク、請け負う仕事次第では自由に使って貰って構わないけど、専用のタイヤだから、アスファルト舗装された街中での利用は適してないから注意ね」
 太目のゴツゴツしたタイヤは素人目には街中でも安心感が高いんだが……街中では何故駄目なんだろうか?
 そう思った俺は、素直にその事を口に出してみた。
「そうね、この手のコンパウンドが多めの奴は夏場は融け易いし、意外だろうけど雨天時なんかはスリップし易いし、およそ快適とは程遠いわ……舗装してない所に出るまでが苦痛で仕方ない位だから、一回乗ってみれば、舗装路で使おうって気は無くなると思うわよ」
 まさに返す刀で瞬殺……素人のイメージなんぞアテにもならないという良い例か。
「で、こっちがカーゴとセットで使うためにアタッチメントが取り付けてあるクロスバイクね、自分の自転車がメンテ中の時なんかに、代車として使ってくれても良いけどね……で、こっちがカーゴ」
 赤い旗が立った大八車の小さいような奴を先輩が引っ張り出し、その自転車の取付金具に引っ掛けるようにして接続する。
「これでOK、旗は取っちゃ駄目よ。ちょっとしたお買い物を頼まれる事も多いから、意外に重宝するのよね」
 メッセンジャーバッグと違ってパンが潰れないのが重要なのよ、うんうん、などと頷いている先輩に最前からの疑問をぶつけてみる。
「買い物の請負……それが仕事になるんですか?」
「そうよ、この町の成立は瑠璃ちゃんから聞いてるでしょ?この街は元々の居住者に占める高齢者の比率がかなり高いのよ……だからお買い物やらベロタクシーなんかでの病院の送り迎えなんかでも、十分仕事に出来るわけ」
 なるほど、最高時速的な速度の要らない仕事……だな。
「そういうの専門でやってるお店もあるしね、そういう所だとヘルパーさんの資格持ってたり、出張調理の資格持ってたり、いろいろ付加価値付けようと頑張ってるみたい」
「ははぁ……」
 事はさほど単純なお使いって訳じゃ無いって事なのね……。
「まぁ、ウチの現状では依頼が有ったらお使いする以上の事は考えてないけど、そういう方面に進みたければ、資格取得とか考えても良いんじゃないかな」
 そこで先輩は僅かに表情を真面目な物に変えた。
「今、この都市では自転車に出来る事を、各自が切り拓いている状況なの……だから、君が見出した自転車の価値が新しい道になる……そんな可能性だって沢山あるの」
 だからね……
 そう言いながら、先輩は何を思うのか、傍らのクロスバイクのサドルに手を乗せて僅かに言葉を切った。
 不思議な感じの沈黙。
 居心地が悪い訳でもないけど、声が出せない。
 何となく思ったのが、彼女は自転車を介して、今までの自分を省みているのだろうという事。
 その中で……何かを俺に伝えようとしてくれている事。
 ややあって、先輩はサドルから手を離して、俺に向き直った。
「だから、自分が初心者である事を決して恥じないで……私達みたいな“自転車”という存在に慣らされ過ぎた人間には見えない物や忘れてしまった可能性の中で、君にだけは見えるという事がきっとある筈だから」
 そうなんだろうか……。
 俺には判らない。
 自分が学んできた事や、自分が生きてきた中での経験が、果たしてそういう道を見出す力になってくれるのか……。
 ただ、どうであれ、判りましたとか、はいとか、安易な返事だけはしたくなかった、いや出来なかった。
 だから、頷いた。
 それが先輩の見解に同意しただけだったのか、何となくの行為だったのか……俺にも判然としなかったけど。
 ただ、俺がその言葉を聞き流さなかったのは、先輩には判って貰えた気はする。
 その俺の様子を暫く無言で見ていた先輩だったが、ふっと柄でもない事を言った、という感じの苦笑を浮かべてから、戸口に向かって歩き出した。
「あはは、まぁ色々考える事は多いって事で、頭の片隅にでも置いといて……さて、お待ちかねのオーナー呼んでくるから、応接で待っててね」