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東奔西走メッセンジャーズ 第一話

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 別に待っては居ないけど、会わないと、俺の社会人としての人生が始まらないしなぁ……
「はい」
 
 応接に戻って、ソファに腰掛けると、自然と壁に掛けられた先輩の綺麗な自転車が目に入る。
 看板であり、インテリアにもなるって意味では、良い配置かもしれない。
 ぼーっと壁に掛けられた自転車を眺めながら、最前の先輩の言葉を思い返す。
 初心者にしか見えない物がある……か。
 とはいえ、それは言葉ほど簡単な物では無いし、先輩もその辺は判って言ってるんだろう。
 誰だって最初は初心者、そして無知故に自分が画期的な事を思いついたような気になる事は多い。
 だが、それを突き詰めて行くと、結局先人もそれには気付いて居たが、様々な理由で捨て去った事を知っていく事もまた多い。
 だが、先達がそのアイデアを捨てる理由になった事が、彼らの知らない内に解消されている事も多いし、その解決方法を思いつく人が、中には居るかもしれない。
(貴方の優れている点はですね、既存の権威に萎縮も反発もしない事です)
 ……かつてそう言ってくれた貴女の言葉を、俺は信じて良いんですかね、教授。
「なーご」
 俺の心の声に答える様なタイミングで、なんというか、俺の10倍は図太そうな鳴声が向かいのソファから聞こえてきた。
 おそるおそる顔を上げると、10kgを超えていそうな茶トラ猫がソファにふんぞり返っていた。
 いや、実際にふんぞり返っている訳では無いんだが、何となくそう見えた。
 よく見ると、首に埋まりそうな感じで締められた蝶ネクタイから名札がぶら下っている。
 ちょっと身を乗り出して、名札を手にしてみる。
「野良さんと仰るんで?」
「うにゃ」
 大人(たいじん)の風格を醸し出しつつ、猫が重々しく返事を返して寄越す。
「あ、俺は今日からここで厄介になる沢谷通雄って言います、よろしく」
「なー」
「よろしくな、新人ってとこですか?」
「にゃう」
 ……間違ってはいないらしい。
 それにしても、野良……野良屋。
「まさか、オーナーさんで?」
「にゃ」
 思わず信じたくなる位、絶妙なタイミングで返事を返すな……この猫は。
「おいおい、嘘教えちゃいかんな、野良課長補佐臨時代理」
 実は身分詐称だったらしい。
 正体を暴露された平の猫社員が座るソファに手を掛けて、温和そうな眼鏡の男性が立っていた。
 年齢は30台半ば位か、前掛けが油で汚れている様子を見ると、近所の飲食店の人だろうか。
「あの……」
「や、どうも野良屋の名目上のオーナー、野本良治ってます」
 ……嘘。
 慌てて立ち上がり、差し出された名刺を一礼しながら受け取る。
「頂戴します……本日からお世話になります、沢谷通雄です」
「うん、さっきまりなちゃんから色々聞かせて貰ったよ。よろしくね」
 ……なんか、オーナーと言ってでてくるイメージと根本的に違うんだが。
 せめてスーツくらい着てるとかさ。
「ちなみに、本業は向かいでやってるお惣菜の店“ねこまんま”だよ、野菜から揚げ物に煮物ご飯物まで、一人暮らしの人の友達をモットーにやってるから、よろしくご贔屓に」
「社員割引きはあります?」
 ……我ながらとっさに何を聞き返してるのか、と思ったが、重要な事でもある。
 重要な事は後回しにしない。
「あっはっは、さすが瑠璃ちゃんの元で一年やってけただけはある」
 何か納得したような顔でオーナーは妙に満足そうに頷いた。
「社員割引は2割、売れ残りはタダで持って帰って良いよ」
「尤も、滅多に売れ残ってくれないけどね、特にメンチカツはお昼まで残ってた事ないですよね」
 後ろからまりな先輩もひょいと顔を出す。
「言えば取っておいて上げるよ」
「それだとタダにならないじゃ無いですか〜」
「80円の支払いに困るような給料じゃないじゃないか、少しはこっちに還元したまえよ」
「給料上げてくれたら還元しますよ」
 小規模だから当たり前なのかもしれないけど……アットホームというか、のんきな会社だな。
 気楽そうな雰囲気に安堵しつつ、俺はもう一度名刺を見返した。
 野本良治……野……良……。
「あの……野良屋ってもしかして……」
 名刺の名前の部分を指差しながら、先輩に物問いたげな視線を向ける。
「気が付いた?オーナーの姓と名から一字ずつ取ったのよ」
「本人もこの年になるまで気が付かなかった事実だよ……」
「に゛ゃー」
 
 


 その後、書類書いたり、色々と手続きを行って、俺は正式に野良屋の社員となった。
「やー、書類書いてると時間掛かって叶わないよね」
 天井を眺めるように、ゆっくりと首を回しながら、先輩はペンを置いた。
 まだまだ外は明るいが、時計の針は4時を示している。
「後はどうする〜、研修は明日スタートで、今日は後の予定なんにも無いから、家の荷物の片付けとかやってきたら?」
「いや……あははは、荷物が来るのって三日後の土曜日なんです」
「……どうするの、その間?」
「ネットカフェか漫画喫茶辺りで凌ごうかと思ってたんですが」
「そーいうハイカラな物は駅前に一軒ずつしか無いわよ、ついでに言うと営業10時まで」
「……マジすか?」
「残念ながらね……この街ではコンビニすら古式ゆかしくホントにセブンでイレブンよ、夜はちゃんと寝る街なの」
「五十年前の日本ですか……」
 呻る俺を見ながら、先輩は肩を竦めた。
「無駄な電力や燃料は使わない、ってのがモットーの街だからねー、各種補助金と公務員の身分待遇と引き替えの、体の良いモルモットなんだから、それなりに生活への縛りはあるわよ」
 ご尤も……。
 まぁ、その辺りの事は多少教授に言われては居たんだけど……正直甘く見ていた。
「じゃ、カプセルホテルやビジネスホテルは」
「有るけど……今から取れるかなぁ、まだ数軒しか営業始めて無かった筈だし」
 はい電話帳、と言いながら先輩が差し出してくれた奴をひったくるようにして番号を探し出す。
「部屋をお願いしたいんですが……って満室ってちょっと、どういう」
 誠に申し訳ございません、の声と共に四度切られた電話をしばし呆然と見やる。
「ま、諦めなさいな、この江都は都市部に各企業のソフトウェア開発部門を集中的に誘致してる最中だから、結構ビジネスマンの往来が多いのよ……大半は寮なんかに泊まるみたいなんだけど、中小だとそういう施設持ってない事多いから」
「ソフトウェア開発部門ですか?なんでまた」
「元々、日本におけるメッセンジャーってのが、ソフトウェア開発で発生したデータ類を記録したメディアみたいな軽量、高付加価値な商品を、都市部において車より迅速に運べるって事で誕生した業種だからね」
「な゛ー」
 いつの間にやら、戻ってきた俺の同僚……猫だけど……が、先輩の声に同調するように鳴き声を上げる。
「ふふ、野良も先輩顔したいの?」
「にゃ」
 その声に苦笑しながら、先輩は俺に向き直った。
「なので、江都の都市部では伝統的なメッセンジャーが多いのよ、今日見たロードレーサー軍団なんかは、その典型ね」
「へぇ……確かに東京なんかなら、あの速度を出せるなら車より自転車の方が早いでしょうね」